後悔先に立たず(じょ)

 料理、スケート、それ以外になにがある? ある日南城は悩んだ。何故なら、××と話す殆どがその関連しかないからだ。(他に、もっと話すことはあるだろ?)そう自問自答に陥るが、結局そこだ。一番話が弾むのは『料理』と『スケート』である。前者は××が食べる側で、南城が作る側だ。提供者と与えられる側の二つにより、会話が弾む。なにより、自分の料理で喜ぶ××の顔が見れて、一度にお得だ。次に、スケートに関してはどちらもいける。××も南城もボードを離さない身であるから、自然と話は弾んだ。(そもそも、それで知り合ったようなもんだからなぁ)スケート、S。同じ女性という括りであれば、自分はファンの子の話をよく聞いている。それも、多種多様な職場の悩みや趣味、好みの話だ。
(話題のレパトリーは、いや。聞き手と話し手の条件は違うから一緒くたにするのは不味い。やっぱり)
 ──共通点を増やすのが、まず先──。そう思い切った結論を出し、××に尋ねた。手っ取り早く、一番共通性の遠い話題から攻めた方が早い。そうすれば、そこから徐々に距離を詰められるはずだ。
「なぁ」
 自然と声に緊張が籠る。「ん?」となんてこともなさそうな顔で、××は振り返った。(よーし、落ち着け。落ち着けよ、俺)柄にもなく緊張する心臓を、深呼吸で落ち着かせる。声の通路が開いたことを見て、南城は思い切って尋ねた。
「今度、一緒に図書館に行かないか? ほら、随分と前にいっただろう? 俺に本を紹介するとかってヤツ」
 それをしないか、と言葉を続ける。キョトンと見上げる顔を前にすると、不安が込み上がった。(言い方が不味かったか?)(いや、これで下心はないことは伝わったはず)(いや、あるにはあるが)(それでも、目的と理由は伝えた。これで、大丈夫なはず)ゴクン、と固唾を飲む。南城の誘いを聞いて、××は難しい顔をした。視線を下に逸らし、眉を顰める。一方の眉は下げ、もう一方の眉は吊り上げる。斜め下に向いた顔も、左から右へ移る。ギュッと目を瞑って考え込んだあと、南城に提案した。
「それなら、どちらかの家で読まない? 本を持ち寄るかAmazonで送るから。それなら、いいでしょ?」
(なににだ?)
 一瞬期待が過るが、××の様子を見るに違うだろう。何故なら、なにかを危惧している顔だからだ。恐らく、自分がその場で口説くことを考えてのことか。(いや、でも、可愛いんだからよ。仕方ねぇと思わねぇか?)浮かんだ仮定に疑問で返すが、所詮自問自答。答える者はいない。南城は黙ったあと「いいぜ」と答える。××の手間を考えて、自分の家で本を読むこととなった。
 結果、今に至る。テーブルに南城の読み止しが置いてあり、××が栞を入れて閉じてある。一方、××の読んでいた本も閉じて膝の上だ。厚紙で作ったオマケの栞ではなく、本に繋がれた紐の栞だ。南城の読んだ本の何倍も大きく、何倍も分厚い。テーブルには南城が、ありあわせのもので作った料理が並んでいる。伝統的なイタリア料理から因んだものだけでなく、創作イタリア料理もある。それを××は抓み、南城に説明をする。
「あとは、こういう作品の脚本や設定の検証なんかをやっている」
「へぇ。見たことがないな」
「結構有名なのに? もしかして、こういったのってあまり見ない方?」
「まぁな。デートとなれば、見るかもしれんが」
「でも、結局“観ない≠ナしょ? 一緒に見たり話を合わすためなら、だろうけど」
「他になにがあるっていうんだ? もしかして、俺に文系のマッチョになってほしいとでもいうのか?」
「そうじゃないよ。『鑑賞』って言葉、虎次郎は知らないの?」
「言葉だけは聞いたことあるさ」
「でも、実際にやったことはないんでしょう?」
 そういわれれば、言葉に詰まる。××の指摘に、南城は黙った。──そもそも、今までナンパに応じた相手と××の見ている『前提』が異なる。南城のナンパに応じた相手は【自分の感情移入を基にした】話をするが、××の場合は違う。自身の感情と切り離して【作品の背景にある意味合いや隠された意図】【作品を構成する演出】などをメインにして楽しんでいる──ような気がする。あくまで、南城の感じる範囲でだ。
(どっちが良いとか悪いとかの話じゃぁ、ないが)
 どっちにしろ、××の楽しみ方は南城に馴染みがない。全く未知の楽しみ方だ。南城の理解を超える。(まだ、ナンパした女の子の話の方がわかりやすかったな)渋い顔をする南城に、××も渋い顔をする。
「本を読んでない時点で、ある程度予測してたけど」
「あー、そうかい。悪かったね」
「そう拗ねないでよ。作品自体も楽しむ、って手もあるんだから」
「ふぅん? っつーと、マトリックスみたいなヤツとかか?」
「ラインナップが結構わかりやすい。じゃぁ、ヴェノムは?」
「おっ! それ、結構前から気になってたヤツだ!! で、結局はどうなったんだ?」
「それは見てからのお楽しみ。もしかして、虎次郎。ファスト映画とかは見てないよね?」
「ふぁす、はぁ? なんだ、それ」
「知らないなら、いい。はぁ、本当に知らないだけなら」
「なんか、わからないけど」
 疲れた様子の××の気持ちに、南城は寄り添う。心持ち距離を詰めたが、仕方ない。頭を抱えた××が顔を反らしたからだ。片手で傾くタブレットを支えながら、××にいう。
「嫌なことでも、あったみたいだな?」
「直接的な被害はないけど。と、いうか。それで数多の女の子を口説いてきたの?」
「ハハッ、それは言いっこ無しだぜ?」
「それは、どうだろう。結構、虎次郎のことって気になるし」
「えっ」
「ナンパする男の気持ち、ちょっとわかりにくいからね」
「は、ハハッ。なんだぁ、そういうことかぁ。はぁーあ」
「えっ、ちょっと」
 今度は××が驚く。トクンと強く胸をときめかせてから裏切られた南城は、泣きそうになっていた。「なんだよ」強く言い返そうとした声も、涙が滲んでいる。これに狼狽えながら、××は続けた。
「そう、溜息を吐くことはないんじゃない? だって、ナンパをしていることは事実だし」
「はいはい、そうですね。事実だ、事実」
「だって」
 まさか、といいかける口を××は隠す。南城もそれを自覚しているから、いっていいものだと思っていたのだ。己の立場と南城に対する気持ちを整理してから、××は切り出す。
「ナンパしてる、って自覚しているものだと」
「そりゃぁな。自覚してないと、引き際がわからないものだぜ?」
「じゃぁ、やっぱり自覚しているじゃん」
「あぁ。『俺はナンパしている』っていう自覚はな」
「じゃぁ、大丈夫じゃん。なんだって、ナンパされていることを指摘されて、傷付くの?」
「そりゃぁ」
 と言いかけて、口を閉じる。視線を××から逸らした。天井を見つめ、暫し考え込む。「なに?」と××が下から覗き込んで聞いてくるものだから、南城は切り出した。
「本気で口説こうとしている相手から、そういわれると、傷付くもんだろ?」
「へ、はっ、えっ。え、うん? えっ、は?」
「はぁ、こうなると思ったぜ。あとな」
 そうっと××の耳に顔を寄せる。ビクッと××の身体が跳ね上がったが、それ以上はない。顔を赤くして、口をパクパク開けている。まるで、酸素を求める金魚みたいだ。(キス、してぇな)下心が背中を押すが、グッと堪える。どうにか押し殺そうとした欲が、色気として低く声に出た。
「本気じゃなきゃ、家に上がらせねぇよ」
 例えナンパをしても、そう滅多に家へ上がらせるようなことはしない──。トドメとなる線引きを出されて、××はボッと顔を赤らめた。「あっ、そっ、その」あたふたと手を動かし、咄嗟に本を取る。膝に乗せていたものだ。それで顔を隠そうとするが、赤くなった耳だけは隠せなかった。俯いた矢先に、本の影から出てくる。
(クソッ、可愛いな!?)
 抱き締めたい衝動とキスをしたい衝動を同時に抑える。その反動で、ギリっと手の平に指を食いこませた。プルプルと震える南城に気付かず、××はいう。声をどうにか絞り出そうとした。「あっ、そっ、えっ、あっ」言葉が出てこない。本の後ろで、カーッと益々顔を赤くした。
「わっ、私、こっ、虎次郎のこと、そうとは見てないし」
(それ、そんな顔でいえることか? 本当に?)
 咄嗟に聞き出したい真相を、寸前のところで堪える。ギリッとまた手の平に指を食いこませた。強く握りしめた拳の指を、グリグリと床に押し付ける。痛みで平静を微かに取り戻すと、距離を詰めた。ジリッ、と××が距離を開けようとして、バランスを崩す。「うっ、わ!?」地面へ肘を衝けるより先に、南城が受け止めた。
 片手で分厚い本を掴み、もう片方の手で××の身体を支える。
「まぁ、我慢している男がいるということくらいは、知っておいてくれ」
 こうも据え膳で顔を赤らめながら堪えていわれては、頷くしかない。「あ、うん」と弱々しく××は頷いた。のろのろと体勢を立て直す。南城の手で座り直すと、先の話題に戻ろうとした。
「あっ、えーっと。うん。その、えっと。ヴェ、これ、から見ようか」
(しまった、早かったか?)
 顔を真っ赤にして俯く××を見てしまっては、いつまで我慢が保つかわからない。映画の視聴を促された南城は、その時間分の耐久戦を強いられてしまった。──後悔先に立たず。それでも、映画如きに××の動揺が消えてしまうのは、少し悔しく思えた。(やっぱり、あのときキスをすれば──)それこそ後悔が先に立たない。南城は自制した。


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