やむちん通り(ちぇ)

『桜屋敷書庵』という家屋がある。昔ながらの面影を残す通りに面して建っていた。通りは書庵の他に、陶器などの焼物を作る窯元もあった。そこで作られた焼物を売買し、そこで作られた食器を用いたカフェも存在する。その通りを、××は歩いていた。共同井戸の入り口にも、書庵同様に魔除けの獣像を置いてある。唯一違うのは、伝説の獣像が塀と一体化していることだ。そこで寛ぐ猫を眺めたり、店先に並ぶ陶芸品を眺めたりして、目を楽しませる。沖縄独特の願いを込めた紋様に、若手作家の個性的な作品。実に芸術を詰め合わせた通りといえた。窯で焼く香りが漂う。(薫も、良い趣味をしてるよなぁ。こんなところに、書庵を構えるなんて)戦略としては優秀だ。唯一の欠点は、たまに食欲を誘うカフェが頃合いの良い場所にあるところか。財布の紐を緩ませる。
 そのように時間を潰して『桜屋敷書庵』へ向かうと、特徴的な看板が見えた。二階の壁面端から道路へ突き出しており、遠目で場所が分かる。あの木材も、桜屋敷が自分の目で選別してから使ったのだろう。後ろから見えない看板の文字に対して、そう思った。加えて、風通しの穴が桜の模様として作られている。看板だけでなく、家屋の佇まいから一目で場所がわかる。
(店を構えるとしたら、これくらいわかりやすい方がいいもんな。印象に残るし、場所もわかりやすいし)
 一挙両得だ。何度目になるかわからない感心を抱くと、塀から中の様子を覗いた。中庭の様子は変わらない。薄く開いたサッシから家の中を見ると、まだ書道教室が続いていた。(しまった)どうやら早く来すぎたようである。
(どうしようか。今、薫に出てもらうと困るしな。教室の子たちも混乱するだろうし、困惑するだろうし。あぁ、そうだ)
 既に家主の許可は取ってある。敷地内に入っても、問題ないだろう。ポチポチとスマホで打ち込み、家主へ連絡をする。通話ではない。メッセージを送っただけだ。家主の敷地に入り、玄関を通り過ぎて中庭に入る。桜の木は新緑の季節だ。もう花は咲かせていない。日陰を広くした屋根の下に入り、縁側に腰かける。家屋の許容量を超えた屋根を支えるように、柱が数本、屋根の先端から抱えるように建っていた。(沖縄特有の構造なのかな、これ)だとしたら『桜屋敷書庵』は日本の和と沖縄の古民家の二つを取り入れた建築様式といえる。そんなことを考えていると、後ろの障子が開いた。下の客間から、桜屋敷である。和装に正座の状態で、××を睨んでいる。
「早い」
「ごめんって。時間通りに来たはずなんだけど」
「教室が終わる一〇分後に、時間を入れたはずだぞ?」
「可笑しいな。もしかして、長引いている方?」
「色々とあったんだ。大人しくそこで待ってろ」
「はいはい」
「『はい』は一回で結構」
「このお母さんめ」
「誰がお前の母さんだ! 誰がッ!!」
「ごめんって。冗談だから」
「笑えない冗談はやめろ! ったく」
 ブツブツといいながら、桜屋敷は引き下がる。(それにしても)桜屋敷が廊下へ出た頃を見計らって、××は考える。
(時間を金銭感覚で測る薫が、なんだって延長を受託する流れに? なにか事故でもあったのかな)
 それとも桜屋敷の方になにかがあったのか。(なにもなければいいんだけれど。薫は、見た目元気そうだったし)そう考えていると、すぐに原因が判明した。書道教室の方から、元気な声が聞こえる。「先生、書けたよ!」「はい、上手に書けたね。迎えが来るまで、もう一つ書いてみようか」「はーい」(なるほど)××は得心する。
(託児所の代わり、と)
 どうやら親か保護者の迎えがあるらしい。それまで、生徒の面倒を見ているということだ。(風変りというか、なんというか)体裁を良くするには好都合だが、それでも桜屋敷にとっては珍しい。のんびりと考えていると、迎えが来たようだ。インターホンが鳴り、桜屋敷の出迎える足音が聞こえる。「遅れてしまって、すみません」「いえ、構いません。蒼汰くんは今片付けているので、待っててください」「あっ、それなら私がやりますので」(『蒼汰くん』)生徒の名前だろうか。それにしても、あの桜屋敷が『蒼汰くん』と子どもを下の名前で呼び、『くん』付けするとは。××は、自分の手で口を隠す。(なにか、見てはいけないものを見た気が)そう後悔に苛まれる××を余所に、親子連れは帰って行った。
 一拍置いて、桜屋敷が来た道を帰る。扉を閉め、廊下に上がる。真っ直ぐ客間に続く扉に向かい、スパッと開けた。いうまでもなく、××の耳へ直接届く。スタスタと大股で客間を横切り、縁側にいる××へ近付く。
 スッと縁側の床に膝を衝いた。
「すまない。待たせた」
「いいよ。ちょうど、スタミナが回復しかけてたから。んっ、よし」
「スタミナ? って、お前なぁ」
「暇潰しの手段は、色々とあった方がいいでしょ?」
「俺と一緒にいるときはするなよ」
「調べものならいいでしょう?」
「ゲームの、だったら許さんぞ」
「話している内容に纏わること。それだったら、いいでしょう?」
「なら、いいが。ところで」
 立てた爪先を寝かせ、縁側で正座をする。「足、痺れない?」庭へ足を伸ばす××に対し「慣れてる」と桜屋敷は返す。チラッと××の方を見た。
「茶とそばだったら、どっちが好きだ?」
「『そば』って、えっと、蕎麦粉で作った方?」
「違う。本州でいうと、うどんや中華麺に近いか」
「なんだって『そば』という名称に」
「なんというか、食感が蕎麦やうどんに近いんだ。そのせいだろう」
「食べたことあるの?」
「一度、本州へ上陸したときにな。ここだと『日本そば』やら『大和のそば』『黒いおそば』などと呼ばれているが」
「酷い言い様。蕎麦を作ったのはこっちなのに」
「侵略をしてきたのはどっちだ」
「ここで大和琉球の対立争い、しちゃう? いやぁ、うーん」
「もう少しいえば、ラーメンに近い」
「蕎麦が食感でうどんにも近くて、ラーメンに近い? どういうこと?」
「食べればわかる。で、どっちだ」
「うーん、そばも気になるけど。今は軽いものかな。じゃ、お茶で」
「わかった。今回は、俺が奢ろう」
「今回は、って。相変わらずドケチなんだから」
「ドケチじゃない。必要なとき以外に使わないだけだ」
「そういうの『ケチ』っていうんだよ? 知ってる?」
「知っている。だからといって、俺はケチではない。使うときには使う」
「ふーん」
「なんだ、その目は」
「いや、それだと『ケチ』というには。いや、お金を厳しく管理することを考えれば、やっぱり『ケチ』かと」
「下らん。とりあえず、茶をしばきに行くぞ。この時間帯だと、まだ開いているはずだ」
「『茶をしばく』って。どこかのヤンキーじゃないんだから」
「なんだ、悪いか」
「別に? ところで、どんなところ? あっ」
 乗り気な××は、あることに気付く。既に客間を出ようとする桜屋敷の背中に、話しかけた。
「これ、どうする? お茶請けに買ったお菓子」
「持って帰れ。ここに置いておいても仕方ない」
「薫と食べるために、買ってきたのに」
「悪かったな。またの機会があったら頼む」
「あとで食べたりとか、しなよ」
「おい。襟元へ無理に突っ込もうとするな!」
「ダメ?」
「ダメに決まってるだろ!!」
 ギッと××を睨む。例え恋人同士の関係になろうとも、これだけは許さなさそうだ。「ちぇっ」と××は悔しがる。桜屋敷の襟元に入れようとしたものを戻した。
「じゃぁ、カーラと話すときの茶請けにしてよ。私の食べる分は、貰って帰るから」
「一日のカロリー摂取上限や栄養バランスというものが、あってだな」
「カーラに聞いて、食べれるときに食べてよ。賞味期限は、一応持つから」
「ムッ」
「カーラ、そういうの得意でしょう?」
「当然だ。カーラをなんだと思っている」
「頼りになる最先端のAIで、常に最先端を行く技術を詰め込んだ人工知能。薫が溺愛するのも、わかっちゃうね」
「フンッ、ならいい」
(本当、こういうところとか子どもっぽいよなぁ)
 と思うものの、口にしない。高い確率で桜屋敷が拗ねるからだ。
 ××から袋を受け取り、桜屋敷は客間を出ようとする。「どうした。行くぞ」動かない××を肩越しに見る。不躾な視線に、××は足を遊ばせていった。
「私はすぐに出れるから。薫、迎えにきてよ」
「はぁ」
 ゴロンと縁側から寝転がれば、溜息を吐いた桜屋敷が出る。呆れた反応だけで返し、桜屋敷は客間を閉めた。廊下を歩く音が聞こえる。(戸締り、しているのかな)カーラ、と愛機に尋ねる声も聞こえる。階段の途中で引き返し、教室を開いた室内の窓を閉める。草履を履き、玄関を閉める。鍵が掛かり、日除けの和傘がバサッと開いた。中庭へ周り、××を迎える。
「ほら、行くぞ」
 未だに寝転がる××に呆れ、手を出してきた。
 差し出された手を、××は暫し見つめる。その手がただ手の平を見せていることを見ると「あぁ」と頷いた。桜屋敷の手を握る。その瞬間、力強く握られて身体を起こされた。慌てて空いた片手で縁側に手を着く。桜屋敷は手の掛かる××へ、小さく息を吐いた。
「さっさと行くぞ」
「あー、うん。ところで、近場?」
「近場だ」
 即答した桜屋敷に、××は憶測を立てる。(多分、あの香りがしたところかな)玄米茶の香りがした。来た道を、少し戻ることとなるだろう。
 桜屋敷が手を離してくれないものだから、そのまま行くことにした。陶工の作品が並ぶ通りを歩く。またしても、××の目がそこへ釘付けになった。


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