この痛みが美しくなる頃にも | ナノ




「まさか名前ちゃんがいるなんてな。うちほんまびっくりしたわ」

と今もイヨちゃんは変わらない笑顔で言う。


「うちもそれに招待されたかったわァ」

とあの泣き虫だったキミちゃんはどこへいったやら、キミちゃんがグラスを飲み干しテーブルへ置くとカランと氷の音がする。



チラリと壁をみると、"攘夷浪士桂小太郎"との文字と、そして今も変わらぬ綺麗な顔立ちである写真が印字されているポスターがあった。



あれから、随分と経ってしまった。こたちゃんに言われて小屋を抜け出した後、私達は運良く近藤という男の集いの上京途中に遭遇し、これから女手も必要となると言われそこへと合流した。


それからは、まあ色々あったのだが結局真選組の女中として働く今の形に落ち着いた。やっていることは今と昔変わりないが、近藤の人柄もあってか真選組は和やかな場所であった。


つい1年前まではキミちゃんとも一緒に働いていたが、寿退社をしてしまった。そして先週、松平のおっちゃんに、名前ちゃん今度パーティーがあるんだけどきてみねえかい?、と気前よく誘われた将軍の誕生日パーティーにいってみると、偶然イヨちゃんに再会したのだ。



イヨちゃんは何だかんだ幸せそうだった。夫のことを貶しているようでその顔は嬉しそうだった。キミちゃんも今はお互いの価値観で多少揉めているが、そろそろ仲直りせんとなあとぽろりと言う。


そろそろ、私も身を固めないとなあとぼんやり思う。だけど、実際に行動に移すのとはまた別の問題だ。


「名前ちゃん、あんたも誰か捕まえないといかず後家なるわ」

さすがにイヨちゃんのこの言葉はぐさりと胸に突き刺さる。


その時、キミちゃんが思い出したように、あ、と漏らした。


「そうやそうや。うち、名前ちゃんに渡すものがあってんな」

と今度はバッグの中をごそごそするキミちゃん。うちの旦那な、よう歌舞伎町で飲んでくるんやわ。そん時、隣の男からもらったゆうもんが服の中からでできたんや。ほら、


そう言ってキミちゃんが取り出したのは、"万事屋銀ちゃん"と書かれた名刺だった。

























「戦争が終わったら何でも屋っつうのやってみてえな」

"お前と一緒に"

"え?"

"なんてな"

"いいよ、私。私、銀時ならどこでもついていくから"

だから、




ピンポーンとこの場に相応しくない音が横切る。はっと目を覚ますと今はもう部屋全体が赤く染まった夕方。神楽は、酢こんぶよこせヨ、とまた食い意地の張った寝言を言いながら腹を出してソファで寝ていた。新八はと辺りを探していると、そういや昨日コンサートまでいってくるとか言ってたような。



はあ。ガキがいないことにも腹立たしいが、今のやり取りが夢であったことにも失望した。そうだよな。夢だよな。あの時の俺はまだ幼くそんなくさい台詞をいう勇気もなかったはずだ。


あの時の判断が正しかった何てのは今も分からない。あれから、名前とは一切会うことはない。運命なんてのはこんなもんかと思うが、もし生きてるとするならばいい男でも見つけて楽しく暮らしているといいと思う。この前一緒に飲んだ男みてえに妻を大事にする夫に。





また、ピンポーンと音がする。


「ハイハイ、今出ますって」


玄関までいくと、うっすらと女物の着物が見えた。ああ。でももっと欲を言うならば、こんな夕刻時にぽろっと訪ねてきてはくれねえかと思ってしまう。


まあ、どうせ壺売りとか新聞の勧誘とかだろと考えながら鍵を開け、引き戸を引いた。


















本当にここの近くであっているのかと歌舞伎町に詳しくない私を不審に思ったのか、少し人間離れした綺麗な髪をした若い女が声を掛けてくれた。どうやら、彼女は私の目的地の1階で働いているらしく、そこまで一緒に案内してくれることとなった。


"スナックお登勢"との看板の上に"万事屋銀ちゃん"とでかでかと書かれた看板がそこにはあった。


一緒にそちらまでご案内しましょうか、と彼女は言うがここまでくれば大丈夫だと告げた。彼女は、そう言った私に対して少し微笑み、そうですか。また何かありましたらお尋ね下さいと言ってスナックお登勢へと入っていった。


2階に上がる階段はボロいのか、それとも私が緊張しているかなのか、妙に響いた。


震える手つきでインターホンを鳴らす。が、誰も出ない。留守かなと思ったものの、折角来たわけだし諦めきれない自分がいたので、もう一度押す。



すると、突然中から、ハイハイ、今出ますって。と声がした。懐かしい、ずっと待ち侘びていた声だった。

鍵を開ける音が聞こえ、戸が開かれる。

「名前、お前…」

あの頃のようなあどけなさはもうないし、身長もずっと伸びた。だけど、少し眠たそうにした眼に、陽に照らされた美しい銀髪は変わらない。

「久しぶり、銀時」

そういうと、銀時に抱きしめられた。ちょっとそれは痛かったけど、それ以上に銀時の胸はあったかく、嬉しかった。


fin.

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