空が美しく染まる夕暮れ時。多分、あと数十分で日は沈んでしまう。
だんだんと見慣れた小屋がみえて来たので、私は手を緩めた。それに対して、私を握る手はより一層強く手を絡めた。
「もうこんな近くだから、」
離してよ、と言うも本人はそれは何処吹く風のように聞き流す。
「銀時っ、」
名前を呼べばようやくこちらを一瞥し、ったく仕方ねえなあ。と、渋々手を離す。どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ、とぶちぶちいうのが横から聞こえる。
銀時の言うとおり恥ずかしがり屋というのはあるかもしれない。あまり自身の気の緩んだ所は人に見せたくない。だけど、それだけの理由だけではない。何だか後ろめたい気分になるのだ。銀時といるとき、今戦争真っ只中で私だけが抜け駆けでいいのかとはたと思うことがある。
「ごめん、嫌いなわけじゃない、よ」
今更になってちょっときつい言い方をしたかなと不安になった。そしたら、視線は遠くを見たまま、んなことわかってらァと返された。
「名前ちゃん起きちょる?」
それは誰もが寝静まったかと思った真夜中だった。不意に隣から聞こえた声に私はうん、と短く返事した。
ちょいと抜けだそうや、そう言ったイヨちゃんの声はこんな時間にも関わらず、はっきりとしていた。
イヨちゃんの朧げな蝋燭を頼りに周りに眠る女を起こさないように隙間をぬい障子までたどり着いた時だった。がたりと音がし、こめかみがひやりする。暗闇からごそごそとこちらに迫ってくる。それからぬっとあらわれたのは、
「あんたら、うちを忘れちょるよ」
と必死な顔をするキミちゃんだった。イヨちゃんと顔を合わせ、2人で小さく笑った。
「うち、もうここにはおれんのや」
心もとない蝋燭の光がゆらゆらとイヨちゃんの顔を照らした。
イヨちゃんによると、明後日遅くとも明明後日にはここを離れてしまうらしい。何でも、幕府関係のお偉いさんのところに嫁入りするとか。イヨちゃんはこれでうちも玉の輿やというがその声は震えていた。
キミちゃんは、何で何でや、とあまりに突然のことに事実を受け入れ難いらしく、さっきから俯いたまんまだ。私はキミちゃんの背中を静かにさする。
「キミちゃん、あんたしっかりしい。もう、泣き虫は終わりや。あたしたちが生きていくにはこうするしかない。あんた、本当は強いの私もわかっちょる。うちひとりいなくても大丈夫や」
とイヨちゃんまで、ぐずぐずとしてきた。私はイヨちゃんの背中もさすった。
「名前ちゃん、うちはわかっちょるんやで。あんたはじめは冷たい人思ってたけど、ほんまはあんた優しい人や、っ、う…キ、キミちゃんは、頼んだわ、」
その日の夜私達はわんわん泣いて、地面に不気味な程多くの水模様をつくった。