この痛みが美しくなる頃にも | ナノ




「名前ちゃん、こっちにお水ちょうだい」

イヨちゃんの声にはっとした。ああ、あぶない。少しでも気を抜くとすぐこれだ。もっとしっかり気を引き締めなくては。



近頃感染力の異常に強く、ひどい高熱を伴う風邪がとうとうここにも襲来した。

ただでさえ忙しいのに、ここ数日は体力だけが取り柄の私でさえぶっ倒れてしまいそうになったのだから、本当に忙しいのだ。現に看病、救護にまわる何人かは寝込んでしまっている。


高熱を伴うため、こまめに額、脇の下、腿の内側にあてがわれた布巾を変えてやらねばならない。水は井戸からひいてもひいても足りやしない。なんせ今の時期水に触れるだけで痛みが走るというのに。これはどこの地獄かと思う。それでも、私達は自らの仕事を全うしなければならない。



普段は女の私でさえ妬みたくなる程の艶やかなこたちゃんの髪も、汗でぐっちょりと濡れ、肌にぺたりと張り付いていた。


「今、冷たいのと変えてあげるから」
布巾を取ると、熱が篭っていた。


「名前、すまぬ」

「そんなこと言わないでよ。今は早くいつもの元気なこたちゃんに戻ってくれることが一番だから、」


そう言うと、こたちゃんは少し微笑み、 そうだな、と言って目を閉じた。不謹慎かもしれないが、その顔は本当に美しかった。





桶の中の水がだんだんとぬるくなってきた。これまでか。また、あの水に手を晒さなければならない。嫌だ。嫌だけど、苦しんでいる。これだけの人間が目の前で苦しんでいるのだ。普段は非情な私だが今回ばかりはそうもいかず、桶を持ち腰をあげた。





縁側でぬるくなった水を捨て、裏庭にある井戸へ向かおうとした時だった。私は何かにつまづき、盛大に転んだ。こんな人通りに何を置いたんだと思ってそこに目を向けると、苦しそうに倒れる白髪頭がいた。






汗が半端じゃなく、まるで滝のようだった。意識確認のため肩を揺らしてみると、薄く目を開いた。あんた、白夜叉でしょ?しっかりしなさいよ。といったら、うるせえバカヤローと返された。


男を背負うのなんてただでさえ無理だ。病人で力の抜けた男を背負うのなんてとんでもない。私はずるずると男を引きずり、たまたま通りがかりに空いていた個室に今日干したばかりの布団をしき、白髪頭を寝かせた。


それから急いで井戸から冷たい水を引き、新しい寝衣を用意した。


汗を拭いてやると先ほどよりかは大分落ち着いたようだった。ただ本当に熱が酷かったのか、直ぐに桶の水は温まってしまった。また、冷たいのもってくるからね。と言い、その場を離れようとしたら何も言わずに裾をひかれた。



何?そう聞こうとしたがその言葉は飲み込んだ。何故なら、裾をひいた後の手持ち無沙汰の手が語っていたからだ。私は、その場に座り直し、ゆっくりとその手に自分の手を重ねた。


彼の手は熱で火照っていた。冷たくて気持ちいいな、と彼は天井を見て微笑みながらいった。


彼の手は微かに震えていた。私は不安になってぎゅっと彼の手を握った。大丈夫。大丈夫だから。一人じゃないから、私はここにいるから。だから。私は彼に言い聞かせるはずが、何故だか必死に自分に言い聞かせていた。彼はゆっくりと私の手を握り返して、ありがとなと言い、安心したような顔つきで眠りに落ちた。

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