残花 | ナノ


朝食の支度に、その片付けが終わったかと思えば、今度は送り出した客が使った部屋を掃除するのが日課だった。

「芝桜」は、高級旅亭 山茶花の中でも、随一の部屋、無論清掃するに当たっては最悪の部屋であるが、一方で貴重な情報を手に入れられるのもこの部屋である。昨日「芝桜」に泊まったのは、確か攘夷志士の友禅氏だったはず。昨晩、こっそり盗み見た宿泊客一覧名簿を思い出し、記憶の中から引きずり出した。

攘夷志士穏健派友禅一派。穏健派の中堅に位置し、頭数は多いことで知られる。これまで目立った動きは無し。

屑篭入れ、花瓶、畳の下、障子の隙間など、隈なく確かめるが特段変わったことは無い。今日は、「芝桜」も収穫無しか、と思ったそのときだった。あるひとつのことが、思い浮かんだ。…友禅氏は、キセルを吸う人だっただろうか。不意に脂汗が、額から流れ出たのが分かった。

直ぐさま、先程確認した屑篭入れから少量出てきた燃えかすを取り出す。それを手に取り、嗅ぐと微かにすっきりと鼻に抜ける香りがする。嫌な予感が実際に当たってしまったようだ。


私は、大至急土方さんに知らせなくては、と震える手を出来る限り落ち着かせながら、土方さんに連絡した。


「もしもし、土方さん?」

「名前か。本当に良くやってくれた。棗一派は、実に怪しい動きをしている。このままいけば、今日には…」

「そのことなんですが、今すぐ柊竹一派を追って下さい」

「何だと?」

「おそらく、棗一派は警察組織を引き寄せるためのフェイク。その間に、柊竹一派が行動を起こす算段だったのです」

「でも、柊竹一派の人数は、少なかったんじゃないのか」

「ええ。しかし、頭数は随一の穏健派友禅と組んだようです」

「とりあえず、分かった。事情は後から…」


鈍い音が鳴った直後、突然電話が切れた。何かあったこと、は誰が聞いても明らかだった。

守れなかった。私が、もっと考えていれば、情報を掻き集めていれば、私がもっと早く気付いていれば…。取り返しのつかない事実は変えられないのに、頭の中は、「もしも」で埋め尽くされていた。


ただ、このようにいつまでも泣きじゃくってはいられない。名前は、ただ土方さんが生きていることを願い、次のことを考なければならなかった。そう、穏健派友禅をけしかけ、柊竹との取り継ぎを行った人物のことを。


考え抜いた末、名前は財布から一枚の名刺を取り出し、名刺に書かれた番号に電話した。出来ることなら頼りたくなかった手段だ。その証拠に、今まであえて連絡先に追加していなかった。


電話が繋がると、「もしもし、新聞はいらねえからな」と相変わらず、ちょっと気怠い声が電話越しに聞こえた。

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