残花 | ナノ


どんなに辛い日々であろうとも、この日があるから、私は何もかも成し遂げられる。心からそう思った。

午後7時。いつもの居酒屋赤板屋につくと、またいつものごとく煙草を吸っている土方さんがいた。赤い装飾に囲まれる中、煙を吐く土方さんは、やっぱり美しかった。しかし、灰皿に溜まった煙草の吸殻がいつにも増して多いのをみると、また相変わらず疲れているようで、私の心は痛む。日々、動かぬ身体を無理矢理気力で動かしているのだろう。


「失礼します」


そう言いながら、入り口から入るとこちらをさっと一瞥した。


「この前の花笠の件、また世話になった」
「いえいえ。仕事ですから」


仕事、か。自分で仕事と言っておきながら、その言葉に少し違和感を感じた。自分の場合、なぜこのようなことをしているかといえば、己が生きるためでなく、むしろ彼のためである。よって、仕事というよりは、自分の使命といったほうが的確だ。手がなくなろうとも、足がなくなろうとも、私は目の前の男のために生きるのみである。

今回、私が持ってきた情報は、4月中旬のことである。土方さんも、おおよそこの話題が出てくると予想していたのだろう、話をはじめると、彼は薄っすらと目を細めた。

4月の中旬。その時期は、初代徳川家から代々続く大きな出来事がある。日光社参と呼ばれるもので、将軍家や大御所が、年に1度下野国(しもつけのくに)を訪問する。無論、警察組織も多々引き連れていくため、江戸の警備は手薄となる。もちろん、攘夷志士がこのような格好の時期を、黙って見てる訳がない。警察組織が少数で動かねばならないので、事前にどこまでピンポイントに志士の動きを捕えられるかが、鍵となる。


「ここ最近、大きな動きがみられるのは、棗一派と柊竹一派。もちろん、どちらも過激派です」

「今回は、2つか…柊竹一派といえば、ここ最近、志士の中では、振興勢力とも言われているが」

「ええその通りです。しかし、柊竹一派は、実は大半が若手で、人数も少なく、機動力は劣っています。一方、棗一派は、一見、柊竹一派と数は同程度ですが、元はといえば伝統的攘夷集団。戦術慣れもしており、志士の間でも、顔がききます」

「…なるほどな。分かった。棗一派に、重点を置く」


そう言う土方さんであったが、何か気になることがあるのか、眉をしかめて、こちらを見ていた。


「何か不明な点でも?」
「いや、…最近少しやつれたか?」
「…ばれました?」
「みりゃわかる」
「最近、山茶花で改修工事があったので、新しい間取りを覚えてるのが大変で…」


事実だ。山茶花では、先日大規模な改築を行ったばかりである。しかし、原因がそのことにあるかといったら、やはり嘘になるだろう。

「そうか」

土方さんは、低くそう呟き、詮索はしてこなかった。土方さんをうまく巻けたとは、思えない。彼は、勘の働く男。だが、詮索をしてこないのは、半ば呆れに近いのであろう。

しかし、土方さんにまで分かるくらいやつれていたとは。私は、実は花笠庵のことについてまだ引っかかっていた。まして、今回の件に柊竹が関わっているとは、どうもタイミングが良すぎるのではないか、と胸騒ぎした。自分が答えを出すとき、悩むことは年中ある。しかし、今回は特別だ。ただならぬ思いしかしない。



店を出ていつもの通り土方さんと別れようとすると、土方さんは今日は送る、と言ってきた。今までは、山茶花で働く私と真選組副長が会っているのが公になれば大変なことになるから、という理由から、2人で帰ることはなかった。

正直、断ろうと思ったがそれはやめた。さっき、土方さんに指摘された通り、今の私はいてもたってもいられない状態にある。そのような中、1人暗闇の中を歩くのは、大層なことで、ただ誰かが隣にいてくれることは、とても助かるのだ。

土方さんは、そんな私の様子を察してくれたのかもしれない。私は、土方さんに気を遣わせてしまったと気後れするも、今日ばかりは土方さんに甘えた。

帰り際、私は土方さんにただ、「気をつけて下さい」と告げた。そうしたら、土方さんに、柄にもなくなぜだか子猫に触るがごとく優しく頭を撫でられて、「お前もな」とぶっきらぼうにいった。
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