残花 | ナノ


午後2時。朝食の用意に片付け、部屋の掃除、シーツやタオルの洗濯等が終わり、ようやくひと段落つける時間となった。

先程1階の売店で買ってきた今日付の大江戸新聞を広げる。最近の改造工事でいつものルートで売店へ辿り着けなく、少し焦ったが、無事新聞を入手できて安心した。煎餅を齧りながら新聞の一面をみると、「真選組、大物攘夷志士と大物幕臣一斉検挙」と大きな見出しが目に入った。昨日土方さんから報告の連絡があったとはいえ、形の残る出版物として伝えられるのでは実感の差が大いに異なる。


真選組副長、土方十四郎。私は、土方さんと呼んでいる。彼との付き合いは長く、今ここで女中として働いているのも、実は彼と関係していたりする。

攘夷戦争後、焼き野原となった江戸は大変混乱していた。私もその渦中のひとりであり、身寄りもなく、大した芸当も持たず、浮浪者か、吉原行きか、になる目前の状況にあった。そのような中、私を拾ってくれたのが、土方さんである。新たな警察組織真選組を作るため、女中が必要であると雇って貰い、安定した衣食住が得られることになった。そう、彼は私の命の恩人なのである。今は、様々な事情から、ここ山茶花にて、真選組の監察のようなことを担っているが、これも全て土方さんのためである。だから、私は何でもする。たとえ、舌を引っこ抜かれようとも、己の身が切り刻まれようとも…。


私は、もう一度、新聞に目を向け、昨日の検挙記事を読み上げた。記事の内容自体に引っかかることは、何ひとつない。だが、昨晩の検挙場所である「花笠庵」については、妙に引っかかるのである。

今回、幕臣松葉氏と秋明氏の会合場所を突き止めたのは、ここ山茶花の玄関にある。警察組織がここ山茶花に入るには、幾つもの許可が必要であり、事実上山茶花には入れない。よって、大抵山茶花で取引をする際には、特段細心を払う必要はない。

だが、松葉氏は根っからの慎重な性格。ここでさえも、暗号を残していた。山茶花の玄関には、2週に1度花が生けられる。これは、花の専売制を敷いていた松葉氏ならではの伝達方法で、今迄のを例に挙げるならば、菖蒲(あやめ)が生けられれば、会合場所は菖蒲廊、楓なら楓荘というような暗号であった。

そして、今週生けられたのが菊である。これまでの暗号から考えるならば、雛菊屋が妥当だった。しかし、雛菊屋といえば、江戸屈指の伝統旅館。これまでの会合場所を踏まえると、適正とは決していえなかった。そこで、推測として出たのが、「花笠庵」である。一様に菊といえども、様々な種類を持ち、そのひとつに「花笠菊」というものが存在する。「花笠庵」は、大名屋敷が多々ひしめく場所に位置しており、これまでの会合場所からみて妥当といえた。そして、やはり会合場所は「花笠庵」だった。

問題なのは、なぜ「菊」を選び、生けたのか?という点である。松葉氏は、菊が複数種類を持っていたことは、いわずもがな知っていただろう。にも関わらず、ここまで慎重なはずの彼が、なぜこのようなリスクを冒すようなことをしたのか。私は、今回正直なところ、嫌な予感しか残らなかった。とにかく、何事も起こらぬよう祈るのみである。





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「秋明一派、松葉とともに一斉検挙でござるか。松葉の旦那は、あれ程までに慎重であったはずなのに、して何故か?」

「さあな」

「というわりに、今日はいつもよりリズムが乗ってるでござる。何より、柄にもなく花を生けるとは」

男はキセルを吸い、ふっと息を吐くと、黄色い菊の花を尻目に、小さい喉を鳴らし、笑った。

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