溶けたチョコレートに溺れて死んじまえ
最近好きな人ができた…んだと思う。他に男なんて星の数ほどいるのに、天パで糖尿気味でいっつもぐーたらしてるこの男をなぜ好きになってしまったのか分からない。だけど最近銀時と会う都度飲む都度に、まだ一緒にいたいもっと話していたいと思うようになり自分の気持ちに気づいた。

銀時が根っからの甘党ということもあり、思い切って間近に迫るバレンタインデーにチョコレートを渡すとともに銀時に告白すると私は決めた。

仕事帰り私は銀時に渡すチョコレートを選ぶためにデパートのチョコレート売り場に慌てて寄った。最近仕事が忙しく、チョコを買うのがバレンタインデー前日となってしまっていたが、まだ色取り取り様々なチョコレートがディスプレイに並んでおり、ほっとした。何度も店員さんにチョコレートの試食を薦められ食べてみると、どれも美味しい。しかし、幾度も試食するからどれがいいのか分からなくなってきた。結局一番初めに試食した、銀時の好きそうな、ブランデーの香りとともにミルクチョコレートの甘さが口いっぱいに広がるものに決めた。

ようやく明日渡すチョコレートも決まり、少し安堵した。浮かれて、銀時喜んでくれるかな、なんて考えながら店員さんからチョコレートの入った洒落たデザインの紙袋を受け取り、帰路に向かおうとしたその時だった。ばっちりと目が合ったのは。驚きと動揺が隠せなかった。多分この時の自分は相当間抜けな顔をしていたと思う。…もしかして見られてた?同時に顔が赤くなったのを自覚した。

少し遠くに見えた銀時は、チョコレートの販売をしているらしかった。バレンタインデー前日ということで万事屋がチョコレート販売を委託されたのであろう。銀時といつも銀時の話に出てきていた万事屋の従業員であろう2人の少年少女の目の前にはチョコレートが山積みにされていた。

目が合ったのに話しかけないわけにもいかず、銀時にお疲れ様、仕事?と動揺を悟られぬようなるべく平静を装って挨拶した。銀時は目を少し逸らしながらおーといつもの気怠い声を出し、少し会釈した。するとすかさず、銀時の隣の少女が、身を乗り出してきた。

「銀ちゃんの知り合いアルカ?お姉さん、ここのチョコおすすめアルヨ。安いけどそれなりに味もまあまあ。義理チョコにぴったりヨ」

「オイ馬鹿、余計なこと言ってんじゃねーよ。味はそこそこだけど」

「ってやっぱり銀さんも味はそこそこって余計なこと言ってるじゃないですか…」

「仕方ナイヨ。お姉さんもう本命チョコ買ってるネ。こんなパチモン、義理チョコくらいにしかならないアル」

じっと少女に見つめられた目線の先には先程買ったチョコレートが入った紙袋があった。少女が下衆な顔をして口を開く。

「お姉さん、明日のバレンタインには不倫関係にある職場の上司に高級チョコレートプレゼントする予定アルナ。見た目によらず大胆な女ネ」

「誰が不倫なんて。こ、これは…」

初対面の少女に根掘りもないことを言われ反論しようとしたが言葉が続かなかった。不思議そうにこちらをみる2人の少年少女。だって明日チョコレートをあげる本人の目の前で言えるわけもなく…。

「あー…これは、同僚にあげようかなって…」

我ながら薄ら笑いになってるのは自覚してる。少女も似たようなもんネと呟いたが自分でも否定できない。それになぜか銀時の顔が曇っているのでなんだか気まずくこの場を離れたかった。結局、その日はそこでは職場に配るために幾つかチョコ買いそそくさと逃げるように帰った。

家に帰ると、あんなに店で煌めいて見えた高級チョコレートが輝きを失っていた。どうせ明日渡すことが出来なくなってしまったチョコレートだ。それは無理もない。

*
*
*

仕事帰り、私は職場の同僚と飲みに来ていた。今日はようやく連日の仕事もひと段落ついたところ。同僚がそれをみかねてか、飲みに行かないかと誘ってきた。仕事も落ち着き、またどうせ今日この後予定がある訳でもない。その上、昨日の出来事を紛らわせたかったこともあり、一緒に飲みに行くことにした。

最初は同僚と仕事の話をつらつらとしていたが、酒を飲み酔いが回ってきた上、同僚が聞き手上手ということもあり、いつのまにか私は昨日の出来事を吐き出していた。

「好きな人にあげる予定のチョコ買ってるとこ好きな人本人に見られたかもしれないし、その上そのチョコ他の人にあげるとか言っちゃうし本当最悪だよね」

「もしかして、今日落ち込んでた理由それ?」

「え?わかった?」

「分かるよ。今日元気ないし何言っても上の空だし」

「そっか。というか昨日、もうやけ食いしちゃってさ。顔がパンパンっていう」

「そうなの?全然気づかないけど」

同僚と飲みに来て良かったと私は思った。今頃一人で家に帰っていれば、笑い話にもならずただ一人落ち込んでいたはずだ。少しだが気が紛れた気がした。

「いや、でも俺も今日ショックだわ」

「何で?」

「苗字に好きな人いるの知らなかったし。というか、今日俺苗字がチョコくれないかな、ってちょっと期待してたんだけど」

…はい?ただでさえ酔っていて頭の働きが悪いのにさらに私は混乱したがそれも束の間、同僚がこちらへと身を寄せて来る。そんな風に思ってもない人にそんなこと言われても返答に困るだけで…。

「あ、でも私さっき言った…」

「でもその男、もしかしたら今日他の誰かに告られてるかもしれなくね?」

確かにバレンタインはカップル成立が多い。万が一にも銀時も今頃誰かとというのはあり得るわけで…。

「なあ、俺でさ…」

「あのー、いいところ悪いんだけどこいつもう先約入ってるんで」

上から気怠そうな声が聞こえると一気に腕を引かれた。腕の主をみれば少し苛立った顔の銀時がいた。

「ぎ、銀時?な、なんで?」

どうして私が銀時と出くわすのは最悪のタイミングなんだろう。今日は顔浮腫んでるし、昨日のストレスで肌荒れもひどいのに何で…。そうも考えているうちに銀時に腕を引かれながら店外へと連れ出されてしまった。

店を出ると腕を引かれながら長く無言の状態が続いた。というか、また銀時に先程の話を聞かれたのかもしれず何を話したらいいのかわからない。しかも銀時歩くの速いしに腕がちょっと痛い。しかし、なんだか銀時の雰囲気がいつもと違うので言い出せなかった。それから長い沈黙を破ったのは銀時だった。

「お前がチョコ選んでるとき俺にくれるって思ってたんだけど」

「は、はあ…?」

いきなり銀時が言い出してきたことが予想外だったので、少し混乱した。って、やっぱり私銀時に見られてたんだ。というかその言い方って期待しちゃうんだけど。だって、まるでそれって…。

「なあ、さっきの話信じていいの?」

銀時がこちらを見て言う。もう言い逃れはできないんだ。私はまっすぐ銀時を見つめ素直に言った。

「そう。あれは本当なの。今日私銀時にチョコ渡すつもりだったの」

言ってしまった。後戻りは出来ない。銀時は、はあ、と大きく溜息をつき頭をガシガシと掻いた。

「あー。もう、バレンタイン前に好きな女といい感じになってたにも関わらず、他の男にチョコあげるって言われてすっげえ凹んだし、ましてバレンタインの今日男と飲みに来てるところみた俺の気持ち分かる?」

そ、そうだったのか。しかし、私に言われても私だってここ2日ずっと落ち込んだわけだし。お互い様だ。

「というか、今日思えばバレンタインか」

「じゃあ、2人でどっかいくか」

「そうだ。そういえばあげる予定だったチョコレート家にまだあったんだ」

「まじ?つーか付き合った初日に家に誘うとかお前結構積極的なのな」

「はあ?別にそういう意味で言ったんじゃ…」

「ハイハイ、チョコレートも楽しみにしてますよ」

ああ、銀時なんてもう溶けたチョコレートに溺れて死んじまえ。

20160308
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -