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「兵長が襲われた?何にですか?睡魔?吐き気?」

せっかく紅茶淹れたのに、兵長がどこにもいないんですけど!と、エルヴィン団長の私室まで探しに来たら、「リヴァイは今日襲われてね」とサラリとエルヴィン団長は言った。

「巨人にだよ」
「えっ兵長が巨人に襲われた!?」
「ああ、そうだ」
「それってつまり...巨人が兵長を襲ったってことですか?!」
「同じことだな」
「大丈夫なんですかそれ」

嘘でしょ...巨人って本当に存在してたんだ...
この世界にトリップしてから巨人なんて見たことなかったし、みんな訓練ばっかしてるけど実際戦ったりっていうのは漫画の中だけの話なんだと、正直言うと思ってた。

「...生きてはいるよ」

軽くパニックになっている私に、エルヴィン団長が沈痛な面持ちで絞り出した言葉。生きてはいる、ってそれって死んでないだけで結構ヤバイってこと...?

「兵長は今どこに?」
「医務室だが...」
「行ってきます!」
「ダメだ。明日にしなさい。今何時だと思ってる。医務室がある棟はここから遠い」
「嫌です、今行きます」

初めてエルヴィン団長に会った時から──ずっと思ってた。この人は表情が変わらない。本音なのか冗談なのか判断できない。ある意味、何を考えているのか分からず兵長より怖い存在だった。
行くあてのない私を拾ってくれたことに感謝してるし、基本的に言い付けは全て守ってきた。反抗したことは今の今まで一度もないのだ。でも今回ばかりは嫌だね、わたしは今行きたい。

いつか結ばれるより今夜会いたい、なんて歌詞があったが、まさにそれだ。別にいつか結ばれたいなんて思ったことはないけど。

「今行かないと、私が私じゃなくなってしまうような気がするんです」
「...そんなこと言う子だったか」
「私も自分で言っててよく意味が分かりません」

なんだよ私が私じゃなくなるって、そこまでこの世界でアイデンティティ確立してないよ。
でもエルヴィン団長を説得するには、なんかそれっぽいこと言わないといけないような気がした。この人頑固なんだ。

「あんなんでも一応上司ですし。...紅茶、毎日飲まないと死ぬってこの前言ってたし...死なれたら困るし...」

思わず涙声になってきた私の頭に、大きな手が乗った。

「そんなに真剣な名前初めて見たよ。仕事にもそれくらい真面目に取り組んでくれたらいいんだが」

やれやれ、と言いながらエルヴィン団長は壁に掛かっていたマントを私の背中に掛けた。寒いからこれを羽織って行きなさい、と。棚からランプも出してくれた。意外とちょろかった。

「ありがとうございます!このマントちょっと着てみたかったんですよね。自由の翼、私も兵士に見えますか?」

へへ、と一回転した後一礼して、部屋を飛び出した。
エルヴィン団長にも言われたけど、医務室がある棟はこの宿舎からは一度外に出てしばらく歩かなくてはいけない。普段なら絶対に夜は外に出ないので、あまりの暗さに驚いた。月の明かりと、エルヴィン団長から借りたランプを使って一目散に駆ける。
1秒でも惜しい、だってモタモタしてる間に万が一、兵長の容体に何かあったら...

走り続けて10分程か、ようやく建物にたどり着き、勢い余って医務室に転がり込んだ。室内は夜だから暗いが、窓からの月明かりでズラリと並んだ空のベッドの中に、1つだけ人が横たわっているのが見えた。

息を整えながら、ベッドに近づくともぞり、と影が動いた。

「......兵長?」
「名前か...?ひでぇツラしてるな」
「...生きてる......」
「勝手に殺すんじゃねぇ」
「だって...エルヴィン団長が...危ないかもって...!」
「大したことねぇよ、ったく、たきつけやがって」

持ってきたランプを掲げると、兵長の右手が痛々しく器具で吊るされているのが照らし出された。頬にガーゼが貼り付いており、左手も包帯がぐるぐると巻かれている。それでも兵長の表情は穏やかで、その顔を見て何故だか涙がこみ上げてきた。
病室に来るまで走りながら、兵長が死んでしまうかもしれない、という最悪な想像をしていたから。生きてるって分かっただけで、こんなに...

「...こんなに目付き悪くなっちゃって......」
「それは元からだ。何しにきたんだよこんな時間に」
「...お、お見舞いです」
「見舞いに来るのに手ぶらの奴がいるか」
「...部下の顔見るだけで元気になるんですよ、普通の上司は」
「余計悪化した」

いつも通りの冷たい返しに、我慢していた涙が決壊して溢れ出た。ランプを床に置いて、横になってる兵長の胸にガバッと縋り付く。こんなにボロボロになってるのに、兵長の胸は温かかい。

「うわぁああん...!へいぢょうぅ......!」
「オイオイオイ、待て、泣くんじゃねぇ。俺は口が悪いだけで、別に責めちゃいねぇよ」

包帯ぐるぐるの左手で、頭を撫でられるもんだから涙は止まるどころか、どんどん湧き出てくる。兵長ってこんなことする人だったっけ。ヒックと引きつる背中もしばらく撫でてくれた。巨人に襲われると人ってこんなに変わるんだ。


「うぅっ...グスッ......」
「オイてめぇ、今俺のシャツで鼻水拭いただろ」
「...どうせ私が洗濯するんだからいいじゃないですか...」
「......ああ、じゃあ明日また洗濯物取りに来い。もう今日は遅いから早く宿舎に戻れ。...エルヴィンには俺は元気だったと伝えろ」

命令ばっかりだな。ようやく涙が落ち着いたので、体を起こしてベッド脇の椅子に腰掛けた。

「今日ここで寝ていいですか?夜道怖いんですよ、オバケ出そうで」
「あ?今ここまで来ただろ」
「必死だったんですよ。兵長はここで一人で寝るの怖くないんですか?なんだかオバケいそうですよ」
「お前は二言目にはオバケだな。見たことあんのかよ」
「ないです」
「オバケよりも巨人の方が怖ぇぞ」
「巨人見たことないんで」
「オバケも見たことないんだろ」
「ないです」
「...お前と話してると馬鹿馬鹿しすぎて、痛みを忘れるな」
「ねえ兵長、ここで寝ていいですよね?」
「...椅子で寝んのか?そっちの空いてるベッド使え」
「椅子でいいです。そっちのベッドにはオバケがいそうなんで」 
「オバケいすぎだろ」
「近くにいた方が、兵長が生きてるって実感するんです」
「......朝帰りがバレたら、オバチャンにどやされるぞ」
「...明るくなったら帰ります」

泣き疲れたせいか、目蓋が重くて椅子に座ったまま、兵長の胸に頭を乗せた。痛むはずの手で、眠るまで髪を撫でてくれていた。


「ったく...どうしてエルヴィンの外套なんか着てやがる...」

夢の中で兵長はそんなことを呟いていた。



結局変な体勢で寝てしまったため、寝坊して兵長に叩き起こされて、シャツにヨダレつけちゃってシバかれて、体も痛くて、一日使い物にならなくてオバチャンにめちゃくちゃ怒られた。
後から聞いた話だが、兵長はあの時アバラも折れていて、そうとう私の頭が重くてしんどかったらしい。早く言ってよ。
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