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(「おまえハムみたいだな」の続きです。お題箱より「嫉妬」 のお題。リクエストありがとうございます!)


***


そうして護衛をぞろぞろ引き連れて、街へ出た時にはいつの間にかみんなは散り散りになっていた。私でさえもどこに誰がいるか分からない。本当にみんな着いてきてくれてるんだろうね?遊んでたり買い食いしてたりしないよね?
あんまりキョロキョロしたら犯人に気づかれてしまうし、平常心を装って街を歩いて店を回る。
手元のメモに書いてある「紅茶の茶葉、ワイン、洗剤...」順調に買い物は進んでいる。...というかこれ絶対兵長の私物の買い物じゃん。どうして作戦中にパシリさせてるんだ私は。兵長からお駄賃を貰っていたので、紅茶ショップで自分用の甘いお菓子も買っておいた。これくらい許されるよね。

るんるん、と任務のことは頭の片隅に置きつつ買い物を楽しむ。
あ、あそこに美味しそうな匂いのする屋台が出てる。あれ、あの隣の店は酒屋さんだ!あの酒屋さんでワインを買おう。前にあの店でハンネスさんとやり合ってから店主と気まずくて近寄れなかったけど、今日は変装してるし私だと気づかれないはず。
ついでに今日の夜祝杯をあげるための自分用のシャンパンでも買っちゃおうかな!まあシャンパンなんて売ってないけど。

足取り軽く店に入ろうとした瞬間だった。

「...ぅぎゃっ!」

横から伸びてきた手に腕を掴まれ、あっという間に路地裏に引き込まれてしまった。後ろから口を押さえられて、身動きも声も出せない。

キタキタ!不審者!
みんな、今だよ!不審者釣れたよ!引っかかったよこいつ!...あれ?誰も助けにこない...みんなどうした?不審者が現れたらすぐに捕獲しに来るてはずじゃなかったの...?

「...ツラはアレだが良い胸してんなお嬢ちゃん、」
「んー!ん!」
「暴れるな、大人しくしろ、」
「ぐっ!」

ツラはアレってなんだ!どれだ!身をよじりつつ、なんとか股間を蹴ろうとジタバタする。抵抗虚しく、後ろから抱きついていた体格の良さそうな犯人に、見事なボディーブローをキメられた。
薄れゆく意識の中で、まじであの護衛軍どこ行ったと恨んだ。馬車の荷台に乗せられ、ドナドナとどこかへ運ばれているようだった。

私がこのまま死んだら、兵長とエレンとライナーとジャンの枕元に立って毎晩タップダンス披露してやる...。そういえば、団長は...?団長も護衛してくれるって言ってたのに...。う、お腹痛い...。



***



目を覚ますと、薄暗い部屋だった。両腕をバンザイする形で天井から吊るされていて、手首に縄が食い込んでいる。ついでに足首も固定されてる。これ完璧に拉致られて監禁されてんじゃん。作戦失敗どころか最悪なパターンになりそうじゃん。足元には兵長のために私が買ってきた茶葉の缶が転がっていて、中身が飛び散っていた。その隣には自分のために買ったお菓子の缶。よかったあの缶は無事みたいだ。

「目を覚ましたみたいだな。さあ始めようか。起きてないとつまらないからな」
「すいません、腕と足痺れてきたんですけど外してもらえませんか」

犯人らしき男は、ちゃんと意思疎通が取れるタイプの人間で安心した。その言葉を信じるとすると、私が気を失ってた間はたぶん何もされてないようだ。
男が近づいてきて、私のシャツをバリっとこじ開けた。ボタンがまたもや弾け飛び、下着が露わになる。あージャンから借りたシャツが!

「ちょっと、丁寧にお願いしますよ!」
「なんだお前、どうしてそんなに冷静なんだ。...ほら、泣き喚け」
「痛っ!」

バチン、と音がしたのは男が私の頬を叩いたからだった。油断していて歯で口の中を切ったようだ。鉄の味がじんわりした。

「俺はね、胸の大きい調査兵の女が泣き喚き、苦痛に悶える顔を見るのが好きなんだ」
「何そのピンポイントな性癖」
「ほら、もっと怖がれよ、今から何されると思う?なあ...」
「......」

...。
残念ながら、全然怖くない。演技でも怖がれない。
正直、目の前の暴漢よりも、掃除の後にホコリを発見した普段の兵長の方が数倍恐ろしい。なんせ兵長は日頃からナイフをチラつかせながら私に説教をする男なのだ。
男がまた手を振り上げて、私の頬目掛けて振り下ろしたが、男の要望通りに泣き喚くことはできなそうだ。

「...なんだその顔は、まさか仲間が助けに来るとでも思ってるのか?調査兵団の連中にそんな仲間思いのやつがいるわけないだろ、お前のことなんか誰も気にしてないんだよ...!」
「...ん...、それでも、あの人たち、まあなんだかんだ...来てくれると思うんで」

信じてる、とは照れ臭くて言えなかったけど。この人、調査兵団に何か恨みでもあるんだろうか。2度ビンタを喰らい、さすがにうろたえて顔を背けて、男の手が胸をぐっと掴んだその時だった。

「突入!」

破壊音とともに部屋になだれ込んで来た人たち。あ、やっぱり来てくれた。遅いんだよまじで。あとちょっとでバージン失うところだったわ。あ、ビンタバージンは失ったわ。
入り口のドアが蹴破られて、エレンが犯人の男に覆い被さり取り押さえた。

「みんな...助けに来てくれたんだね...!」
「オイオイオイ、これはなんてことだ...?!」
「兵長、助けてください、縄が...」
「俺の紅茶が台無しじゃねぇか、クソっ」
「そっち?私吊るされてるんですけど」

部屋に入ってきた兵長は床に散らばってる茶葉を足で集めてた。こんな時まで掃除?私の無事は確認しましたか?
ジャンが駆け寄って来た。誰でもいいから早く縄ほどいて欲しい、手も足も限界。

「ああっ!俺のシャツが破れちゃってるじゃねぇか!」
「シャツの心配?私の心配は?」
「無傷そうじゃねぇか」
「いやこう見えて口の中ズタズタだから」

ぱっと見、怪我をしてなさそうに見えるからか、誰も心配してくれない。なんなのこの人たち。服も破れてブラ丸出しで縛られてる私がいるのにどうしてすぐ助けてくれない?

「名前、今縄ほどくからな」
「鼻血拭けよライナー。どうして私より重症なんだよ」

何故かずっと鼻血を噴射し続けてるライナーのせいで、ますます私が軽症に見えてしまっている。

「...兵長!隣の部屋からブツが見つかりました!大量です!」
「そうか。とりあえずお前ら全員ここからずらかるぞ。...エレン、そいつを縛っておけ。...名前、お前何もされてないな?」
「これで何もされてないように見えます?みんな来るの遅いんですよ!何やってたんですか本当に!」
「良い匂いがするとライナーが言い出して」
「人が拉致られてる時に屋台に気を取られてたんですか?のんきだな」

犯人の男は縄でグルグルに巻かれて、気絶しているようだった。そしてジャンは隣の部屋から何かを押収したらしい。犯人は何かを隠し持ってる人だったのかな。何も理解できていないのはこの場で私だけのようだ。


「名前、無事か?」
「エルヴィン団長...!」
「これは酷いな、大丈夫か?」
「大丈夫に見えます?」

ようやく遅れてやってきたエルヴィン団長が駆けつけてくれて、ナイフで手足の縄を切ってくれた。ようやくまともな人が来てくれたよ。羽織っていたジャケットを胸を隠すように掛けてくれた。

「団長、護衛するって言ってくれたじゃないですか...!」
「...途中でお婆さんに道を尋ねられてね」
「苦しい」

その言い訳は私もよく学生の頃使ってたわ。仲間ピンチの時に使う言い訳じゃないでしょ。...どうやら今回の作戦の裏に、私には語られてない事情があるようだと察した。リヴァイ兵長が転がってる犯人を踏み付けていた。

「エルヴィン、いいんだな...?」
「ああ、後始末は任せる...やるのなら、痕跡が残らないようにな」

不穏なやり取りを交わした後、団長は兵長を部屋に残して、私を担いでアジトを出た。兵団に戻る馬車の中で寝かされながら、犯人の素性について聞かされた。

犯人の男は、元調査兵団の団員だったそうだ。私がこの世界にトリップしてくる前に、兵規違反で兵団をクビになって開拓地にいたらしい。
どんな規律違反だったかというと、宿舎の女子部屋に侵入しては泥棒を繰り返してたという。そして最近になってからクビになった腹いせか、宿舎に忍び込んでシャツや下着などを盗んだり、街で女性兵士を襲ったりしていた、ということだった。さっき何かを押収してたのは、盗んだものだったってことかあ。きっと、アジトを突き止めるために誘拐される必要があったんだな。それにしてももう少し早く来てほしかったな...。

「......頬が腫れてるな。戻ったらすぐに冷やそう」
「...心のどこかで、誰も助けに来てくれなかったら、どうしようって思って」
「...すまなかった、名前も騙すような真似をして。怖かっただろう。もう大丈夫だ。安心してくれ、もう2度とあんな目には遭わさない。名前は大切な仲間だ。見捨てることは絶対にない」


団長の太ももは意外なほどに柔らかくて、兵長のカチカチの太ももに比べたらだいぶ眠りやすい膝枕だった。



***

兵団に戻った私は、念のためということで救護室に運ばれた。疲れもあってグースカ寝てたらいつの間にか夜になっていた。
体を起こすと、殴られたお腹がキリキリ痛んだ。遠くに兵長が見えた。犯人のところから帰ってきてたんだ。あの後、どうなったんだろう。
それにしても兵長、ある一つのベッドの周りをウロチョロして世話を焼いてるようだ。


「兵長があんなに熱心に看病してる...」
「ああ、ペトラね。今日訓練中に怪我しちゃって、骨折らしいね」
「へー...すごい、兵長、あんなに甲斐甲斐しく...」

近くにいた兵士が、「今日の訓練は上官たちが居なかったから、ちょっと気が緩んでね、怪我人続出」なんて困ったようにバタバタしている。
水を取り替えたり、食事をスプーンですくったり...。ペトラは兵長の直属の部下なんだっけ。口の中の傷がグチリと疼いた。

「...いいなあ、ペトラは」

私も体張って変装して、腹パンされたりビンタされたりして、犯人捕まえるのに協力したのになあ。縄で縛られてたから手首と足首擦りむいちゃったし。...まあその程度なんだけど...。ペトラの骨折に比べたら、軽症なんだろうけど...。

ぼんやりとペトラと兵長を遠目に眺めながら、ゴロゴロとベッドで横になっていると、ようやく兵長がやって来た。
 
「どうだ、気分は」
「...兵長、私も怪我してるんですけど」
「擦り傷じゃねえか、ツバでもつけとけ」
「......はあ...これだから兵長は...」
「...何不貞腐れてんだ」
「別にふて腐れてないですよ」
「...どうせ任務の成功報酬の心配してんだろ」
「あ、忘れてました。ばっちり犯人捕まったことですし、出ますよね、ボーナス」
「...お前、俺が渡した金で余計なもの買っただろうが」
「...はっ!私が買ったお菓子、犯人の部屋に置いて来ちゃった!」
「ほら、回収しておいてやった。それが今回のボーナスだ」
「...これだから兵長は」
「なんだお前、取り上げるぞ」
「......」


それもだけど...、そうじゃないんだよな...欲しいものは...。団長は言葉にしてくれたのに...。ま、モテない兵長のことだ、私の繊細な乙女心なんて分からないだろうよ...。
こうして私の初任務は、手足と口の中と、それから心に小さめの傷だけを残して幕を閉じたのであった。


***


「名前、体調どうだ?」
「...ライナー...。ほら見て、手首こんなに跡残った」
「んだよそれくらい。俺なんて突入の時に指にトゲ刺さったんだぞ」
「小っさ!ちっせー男だな」
「...まあ、それくらいの跡ならすぐ消えるだろ」
「...兵長にもツバつけときゃ治るって言われた」
「...俺がつけてやろうか」
「どっか行けよライナー」


(2021.9.13)
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