■ ■ ■

(「そんな上司殺しちゃえよ」 の続きです)





「...もうほんと!酷いんですよ上司が!」
「ヒック、調査兵団なんてクソみたいな集団なんだよ、ヒック、」
「聞いてくださいよ、ご飯作らされて待ってたのに、朝帰りしたんですよ...!しかも謝罪もなくワインのストックの心配しかしなくて」
「かわいそうになあ、っヒック、...ほら、飲め飲め、可愛い子には酒を飲ませよだ、ヒック、」
「それからですね、私が完全犯罪というものに興味を持ち始めたのは」
「いい飲みっぷりだねぇ、殺っちゃえよー、その勢いでーウック、」

すごいペースで飲みまくるハンネスさんに釣られて、私もガブガブと酒を飲みまくり、ここぞとばかりに職場(主に上司)の愚痴を言いたい放題言ってやった。酒場の店主も私の愚痴に付き合いながら「そりゃ可哀想になあ」とまたボトルを抜栓してる。そして耳まで真っ赤にしたハンネスさんが私のグラスに酒を注ぎながら、相槌を打つがほぼ会話にはなってなかった。
1時間程度で私も同じことを何度も繰り返し話してる。厄介な酔っ払い二人の出来上がりだった。


「でぇ、毛根を殺そうと思うんれすけどぉ、上司の毛根ってどうやったら殺せるかなあってぇ、ね?マスター...あ、ちょっとハンネスさん、聞いてくらさいよぉ、起きてー」
「グガー」

ハンネスさんは飲みすぎて爆睡中だ。机に突っ伏してイビキかいてる。私もついに呂律が回らなくなってバシバシとハンネスさんの背中を叩きまくっていたその時。
横から、ヌッと手が伸びてきた。


「ああ!泥棒!」

椅子に置いていた私のバッグを、盗まれた。とんでもないスピードで知らんオッサンが私のバッグを取って走って酒場を出て行ったのだ。
一気に酔いが醒めて、立ち上がった。酒が回っていて足がもつれて走れたもんじゃないが、酒場の出口までたどり着いた時にはもうどこにも泥棒の姿は見えなかった。

他のお客さんも、みんな酔っ払ってて誰も助けてくれないし、「追いかけろお嬢ちゃん、がんばれー!」なんて茶化している。外はいつの間にか暗くなってて、雨が降っていた。

お酒が入ってなくても、私の足じゃ泥棒を捕まえることは出来ない。トボトボとテーブルに戻ったら、泥棒にも気づかず寝たままのハンネスさんが転がっていた。
お財布、取られた...。帰りの馬車代くらいしか入ってなかったけど...。もう、帰ろう。家出とかストライキとかもういい、悲しくなってきた。

店主がこれまた人を殺しそうな目で私を見てきた。嫌だなあ、無銭飲食なんかしませんよぉ。

「ハンネスさん、ちょっと、お財布どこですか」

寝たままのハンネスさんのジャケットを探るが、財布が見当たらない。ポケットにジャラジャラ小銭があるだけだ。まさかこの人...お金ないのに酒場に連れてきたの?!
焦る私を見て、店主がじっとりとつぶやいた。

「お客さん、お代は」
「.........」
「今すぐここに憲兵を呼ぼうか」
「...すみません、ツケで。調査兵団のリヴァイ兵長にツケておいてもらえますか」


さっきまで気前よくしてくれてた店主は、私たちが文無しだと分かると、ポイっと店の外に放り出した。ハンネスさんは店の軒下でグースカ寝ている。この人、いつもこんな感じなんだろうか?昼間から酒飲んで、夜は酔っ払って寝こけちゃって...駐屯兵団って腐り切ってるとは噂には聞いてたが本当だったとは。

「じゃあね、ハンネスさん、今日のことは一生根に持ちますからね」

聞こえてるから分からないけど、一応別れを告げて小雨降る中走った。お金が無いから馬車にも乗れず、ひたすら歩く。途中、後ろからやって来た馬車に、「オーイ、ちょっと乗せてくださーい」と大声を出したが、朝と同じように素通りされ、さらに馬の蹴り上げプラス車輪から跳ね上がった泥水を全身に浴びた。

「......ギャアアア!」

馬を操作してた御者も暗くて私に気付かなかったようだ。...私は叫び声をあげたが、それすら雨音にかき消されて馬車は遠くへ行ってしまった。

なんていう仕打ち...。今日が冬じゃなくて良かった。冬だったら凍えて死んでたかもしれない。
でも夏とはいえ、これだけ雨と泥に塗れて寒気がしてきた。早く帰ろう、きっとみんな帰らない私を心配してあちこち探してるはずだ。

家出した本来の目的を思い出し、懸命に足を動かした。


***

宿舎の方に着くと、兵士がアクビをしながら門番をしていた。こっちが酷い目に遭ったってのに、ノンキなもんだよ全く。

...それにしても。
あまりにも普通だ。兵団は私を探して大パニックに陥ってる目論見だったのだが、特にそんな様子もなく、食堂からダラダラと宿舎に戻っていく兵士たちが目につく。

あれー、おっかしいなあ。
トト□のメイちゃん捜索みたいな感じになるはずなんだったんだけど...もしかして、誰も私が今日一日居なかったことに気づいてない...?
そんな馬鹿な...?

消灯前の鐘が鳴っている。はっ、上司にお茶!と体が勝手に動いた。嫌な条件反射だ。裏口から調理場に入り、手と顔についた泥をとりあえず落として、ティーセット持って兵長の部屋へ。
泥だらけだけど着替えてる時間はない。この前、次お茶を遅刻したら翌月の給料カットな、と宣告されたばかりなのだ。

頭の中からもうすでにストライキなどということはすっ飛んでいて、一目散に兵長の部屋へ向かった。私は根っからの社畜体質なんだよなあ。

それでも憎しみを込めてグーでドアを叩き、恭しくお茶をお持ちした。ギリギリセーフ、なんとか間に合った。
兵長はデスクに向かって書類仕事をしているようだった。

「...お茶でーす」
「......なんだお前、やけにボロボロじゃねぇか」
「...色々ありまして」
「......」

何も言わず私がお茶を淹れてるのを眺めてる兵長は、何か言いたげな表情だ。ついに謝罪か?会見開くか?

「お前...汚ねぇな。風呂入ってこい。湯を溜めてやる」

謝罪かと思ったら汚いと言われた。
まあ確かにさっき道で雨と泥を浴びたので、さっさとシャワーを浴びたいと思ってたのだ。兵長の部屋のお風呂を貸してくれるってのは大変ありがたい。だって1人用のバスタブがある!
隣の自分の部屋に飛んで行き、着替えを持ってきて遠慮なくお風呂を借りた。私室にお風呂があるって羨ましいなあ。お湯に浸かれる、やっぱり湯船は最高だあ。
昼間に被った赤ワインの痕跡も全部綺麗に洗い流し、雨でしっかり冷たくなっていた髪もわしゃわしゃとシャンプーした。

お風呂から出ても、兵長はまだ書類仕事を続けていた。お風呂というご褒美を与えられた私は、もうすっかり兵長に腹を立てていたことを忘れていたのだが。

「...で、どうだった?無断欠勤してみた感想は。この家出娘」

私が家出していたこと、気づいていたんだ。恨めしげに目線だけよこした兵長は、ペンを置いた。

「...もう、散々でしたよ」

ソファに座らせてもらって、わざとらしく大きなため息をついた。

「呼んでた馬車には素通りされるし、出店でぼったくられるし、酒屋さんでワイン割るし、お気に入りのワンピがワインで台無しだし、ハンネスさんには騙されるし、泥棒にカバン盗まれるし...、お財布ないから徒歩で帰宅ですよ...。雨降ってきちゃって傘も買えないし夜で真っ暗で怖いし、馬車に轢かれそうになって泥水かぶるし、最悪な1日でした」
「誰だよハンネスって」
「もう、ほんと。散々。何も良いことない...。家出しても他の兵士たちみんな誰も気付いてないし、ストなんてやるんじゃなかったです...」

自分で説明しながら泣きたくなってきた。言葉にすると改めて酷い一日だったなあ。兵長が紅茶のカップを持ったまま隣に座った。

「どうせ、私がいなくたって誰も困らないってことが今日分かったし...理不尽なことばっか言われるし...もう、辞めちゃおうかな...この仕事」

辞めたところで行くところなんて何処にもないけど。兵長を困らせたくて言った言葉は、思ったよりも効果があったようだ。苦い顔した兵長がようやくその言葉をくれた。

「...昨日の夜は、俺は帰ろうと思っていたが、断れない状況になっちまって、結局朝までだ。...その、悪かったと思ってる」
「......」
 
絶句、というやつだ。あのリヴァイ兵長が私に謝った!頭を下げてもいないし、こっちすら向いてないけど、悪かったって言った!......悪かったって謝罪になる?

まあ正直もう謝罪はいい。賠償だ。私は賠償を求める。正当な評価に値する賠償を。

「娼館行ったんですか」
「...ああ、行った。けど何もしてねぇよ、酒飲むのに付き合っただけだ」
「......へー」

相変わらずぼーっと前を向いたまま、紅茶をすすってる。だいぶ冷めてるはずだけどどんだけ飲むんだよ。
...エッチな店行ってエッチしないなんてことあるの?...あ、分かった。EDってやつだ。兵長ってインポなんだ。そう思うとなんだか可哀想に見えて来た...。

「まあハンネスさんも言ってましたよ、老いと共に急に来るって」
「あ?だからハンネスって誰だよ」
「...ドンマイ兵長」
「何の話だ」
「毛根の話じゃないですよ」

兵長が大きく舌打ちするもんだから、そろそろ退散するかと、タオルで頭をガシガシ拭きながらティーセットを片付けた。

「お前に、報奨金を出してやる」
「...エッ!ボーナスですか!?」
「来月の給料日に渡す。...だから、簡単に辞めるだの情けねぇことを言うな」
「......はあああストした甲斐があったぁああ!」
「お前の働きは皆んなが見ている。これからも今以上に仕事に励めよ」
「...兵長...!最高の上司、キングオブ上司オブザイヤー...!」

エア土下座をしながらふと考える。
......いやちょっと待って、なんか怖くなってきた、こんなに褒められて大丈夫か?なんかのフラグ?
雨に打たれたせいか、嫌な予感のせいなのか、寒気がしてきてブルリと震えた。



***




今日はお給料日。
この前約束した、報奨金、が手に入る日。
スキップしながら兵長のデスクの前に立って両手を差し出すと、兵長は封筒をピラ、と私に見せた。ほほう、その封筒の中にボーナスが入ってるんですね...!ずいぶんペラペラだけど、お札何枚入ってるんだろう?焦らさないで早く中身を見せてくれ...!

兵長はおもむろに封筒に書いてあるロゴを指さした。

「この店、知ってるか?」
「あー、知ってます。前に行ったことあります、なかなか良い酒場ですよね」
「俺宛に請求書が届いてるんだが」
「......それは知りませんけど」
「..."上司の毛根を駆逐する会 飲食代請求"と書いてあるが、心当たりは?」
「......それも知りませんけど」

その日見事にフラグは回収され、私にボーナスが支払われることはなかった。


(2021.7.18)
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