■ ■ ■

(注意 軽い性的な描写、下ネタがあります)





「ヤバイヤバイヤバイ、これはもうどうにも出来ない」

テントの天井からシトシト漏れる雨と、床の隙間から侵入してくる雨をバケツとタオルで凌げたのはせいぜい最初の10分程度だった。
寝袋もビチャビチャに湿って、もうここで一夜を過ごすのは無理というものだ。役割を果たせていないテントの中で、途方に暮れていた。

こんな事になったのは昨日の突然な兵長との会話からだった。「明日は新兵の野営訓練だ。着いてこい」「嫌ですよ暑いし」「俺だってお前なんか連れて行きたかねぇよ。でもしょうがないんだ。荷物持ちがいねぇんだよ」「余計行きたくないですよ」っていうやり取りを10分くらいして渋々参加する羽目になったのだ。
もちろん馬に乗れない(乗りたくない)私は荷馬車に乗せられて、食糧を準備して炊き出しの手伝いをさせられた。

日が暮れて、新兵たちは班ごとに組み立てたテントで就寝。私は一人用のテントを支給してもらえたのだけど、テントなんか一人で張ったこと無いのに誰にも手伝ってもらえず、出来上がったものはなんか傾いてるけどまあ寝れりゃ良いよねって適当にしてたらこの様だ。また新しい隙間から雨が漏れ出した。

元の世界ではグランピングならした事がある。テントではなく小屋みたいになってて、トイレもお風呂もあってシェフが居てご飯作ってくれるっていうそれはもはやグランピングでも無いのでは?っていうやつ。
...就寝時間を回ってから降り出した雨。さっきまでは恨めしいくらい太陽がキツくて熱中症になりそうだったってのに。
ていうか普通、天気予報確認してからキャンプって行くもんだよね。まったく天気予報とか確認しないんだよなここの団長と兵長は。

仕方なく水没寸前のテントを出て、少し離れたところにある兵長のテントまでやって来た。私たちの簡易テントとは違う、立派なものだった。大型で10人は余裕で入りそうだ。まだ起きているようで明かりが漏れていた。

「すいませーん。雨宿りさせてくださーい」

テントの入り口をくぐると、兵長はどうやって持ち込んだのか机で書類仕事をしていた。

「...ビショビショじゃねぇか汚ねえな。入ってくんな」
「私のテントの雨漏りが凄いんですよ」
「お前が張ったテントだろ。張り直せよ」
「いやもう取り返しのつかないところまで来ちゃったんですよ。浸水しました」
「...ハァ、何やってんだよ」

兵長は呆れながらも、大きなタオルを投げてくれた。それで頭をガシガシと拭きながら、テント内を見回した。なんと折り畳み式のベッドまであるじゃないか!なんだこれ、私の普段の私室よりも良い部屋じゃん。

「兵長、良いこと思いついたんですけど」
「...そうか。口に出さず胸にしまっておけよ」
「ちょっと今日ここに泊めてもらえませんか?」
「何言ってんだ。他のテントに入れてもらえ」
「他のテントはみんな寝袋ギュウギュウで入る隙間無いんですよ。だから仕方なくここに来たんでしょうが」
「外に放り出すぞ」
「ずるいですよこんな広いテント、一人で使うなんて」
「知るか、オルオが勝手に用意したんだ」

そういえばオルオ昨日から張り切ってたよなあ、兵長のテントは俺が建てるんです、ってなあ。新兵でも無いくせに着いてきて厚かましいよなあ。

「...ハァ、もうダメならいいです。団長のところに泊まらせてもらうんで」
「...待て待て待て、分かった。そのベッド使え」

肩を落としてテントから出ようとしたら、引き止められた。雨に濡れた可哀想な部下を夜の雨の中また彷徨わせるのはさすがにどうかと思ったらしい。

「兵長はどこで寝るんですか?」
「俺は寝ない。壁内とはいえ訓練中だ」
「なるほど。ご立派です」

お言葉に甘えて、簡易折りたたみ式ベッドへ横になった。これもオルオが用意したのだろうか、悪いねオルオ、私がばっちり使ってやってるぞ。
兵長は相変わらず机に向かっていた。

「...あの、兵長。」
「なんだ」
「枕が硬いんですけど、柔らかい枕ってないですか?私枕変わると眠れないんですよねー」
「......」
「あと明るいと眠れないんでランプ消してもらえませんか?」
「......」
「兵長、なんか変な声が聞こえます」
「......」
「なんだろう、女の人の声だ」
「...雨の音じゃねぇのか」
「いや、雨の音に混じって聞こえて来ます...」

ベッドから起き上がって、テントの壁に耳を張り付けた。シトシトという雨音の隙間から、少しずつ男女の声が漏れ聞こえてくる。

「あんまり気にすんじゃねぇよ」
「えー、でもオバケだったら嫌じゃないですか」
「またオバケか...」

唇に人差し指を当てて、シ、と兵長を黙らせて、また壁に耳をくっつける。「...ンッ...ああ...ッ!ダメ、聞こえちゃうから...」「...大丈夫さ、雨だから...聞こえない...ほら、凄い...」

「......」
「......」
「オバケじゃなかったみたいです」
「そうだろうな」

ビックリし過ぎてガタ、とベッドを倒しそうになった。これは...男女の密会、というか逢引きというか、なに?メイクラブ?何してんの訓練中に。なんで兵長はそんな冷静なの?未だ書類から目を離さない兵長はしれっと呟いた。

「よくある事だ」
「うそ...いいんですか?なんていうかその...風紀が...」
ーーあぁっ!すっごい...ソコ、もっとぉ...!
「いつもと違う環境に燃えるのか、死ぬ前の思い出作りなのか...まあ野営となるとよくある光景だ」
ーーここか?...気持ちいいのか...っ!っく!
「...ちょっと声大き過ぎません?こんな...こっちが恥ずかしいんですけど...」

兵長と話してるはずなのに、外からの喘ぎ声に合いの手入れられてるみたいになってるよ。気まずいからやめてくれよ。
兵長もやっぱり仕事に集中出来ていないのか、さっきから書類が一枚も進んでいなかった。

「わざわざ止めに行くのもな」
「いやいやでも訓練中ですよ?」
「じゃあお前が止めてこいよ」
「私そんな野暮なことできませんよ」
「じゃあ仲間に入れてもらってきたらどうだ」
「あっすみませーん私も混ぜてもらっていいですかー?って?バカですか?」

ーー...はぁッいくぞ、イクイクイク!
ーーアァンッ出して、中に出してぇ、イクゥ、いっちゃうぅ!

一際大きい声がテントに響いた。
まじか...最後までシちゃったのか...。
さっきとは打って変わって、なんの声もせずシン...としてしまった。大丈夫?死んだの?

「......」
「...終わったみたいですね」
「...早かったな」
「早い方なんですか?」
「あ?早いだろ。10分も経ってねぇ」

なるほど、10分は早い方。私は頭にメモを取った。

「女の方はイッてねぇだろうな。喘ぎ声ばっかりデカくて」
「いや聞いてないです気持ち悪いんでやめてください」

何この人腕組み足組みしてアダルトビデオの評論家なの?

「...しかし中出しとは見過ごせねぇな。兵士が何やってんだか」
「...妊娠したら兵士続けられないですもんね」
「...そういう奴も何人か見てきた」

兵士長的には許せないんだろうか、そうして戦線から離脱する兵士は。しっかし、面食らったなあ...
初めて聞いた他人のそういう...情事の声にアテられて、心臓がバクバクと音を立てていた。ほっぺたもなんだかいつもより熱い気がする。
どうしよう、なんか気まずい。さっきまで兵長と何話してたんだっけ。このままこのベッドで寝れるかな。もう帰りたい。狭くてビチャビチャなテントでいいから帰りたい。
ベッドの上で膝を抱えていると、兵長がいつの間にか目の前まで近づいていて、顔を覗き込まれた。


「オイオイ、まさか、もよおしたんじゃねぇだろうな」
「へ、兵長こそ!変な気を起こさないでくださいよ!?」
「天と地がひっくり返っても、それだけはねぇよ」
「いや少しくらいはあれよ」

ああ良かった、いつもの雰囲気に戻った。
安心したところで、兵長は壁に掛けてあった雨ガッパを羽織った。もしかしてさっきの二人を追いかけに行くんだろうか。

「寝てろよ、少し出てくる」
「雨なのに?まさか...!兵長、仲間に入れてもらいに行くんですか?」
「...馬鹿か、見回りだ」
「...ついでに私のテント畳んどいてもらえます?」
「...それが人に物を頼む態度か?」

ベッドで横になって、寝るモードに入ってる私を呆れた目で見た兵長は、雨の中外へ出て行った。
さて、兵長もいないし、変な声も聞こえなくなったし、ランプも消してくれたしこれでゆっくり寝れる。硬い枕だけが難だが、すぐに夢の中へと入っていけた。


***


目覚めは最悪だった。


「オイ貴様、何故リヴァイ兵長のベッドで寝ている」
「...ムにゃ...あれ...?兵長?なんかいつもと様子が違う...?」
「フッ。リヴァイ兵長と俺を間違えるとは。まあ確かに共通点が山ほどあるから仕方ないかもしれないが。」
「...兵長...もう少し寝かせてください...」
「オイ、ヨダレ!」
「...ふえ...?あ、すみません...ハンカチ貸してください...」
「オイ俺のクラバットでヨダレを拭くな!リヴァイ兵長とお揃いなんだぞ!」
「...はあ...、なんだオルオか。なんだよ朝からうるさいな」

ギャアギャア耳元で騒いでるのは劣化盤リヴァイ兵長、もといオルオだった。起き上がるのも面倒で、ベッドに入ったまま応対した。

「なんなんだこれは一体どういう状況だ?リヴァイ兵長のための朝のスペシャル駆け付けお目覚めモーニングティーのサーブに来たってのに。俺が組み立てた、リヴァイ兵長のためのスーパー簡易折り畳みベッドにはお前が寝てやがる。おまけにリヴァイ兵長はどこにもいない。何が起きてるっていうんだ?」

なんかめちゃくちゃ説明してくれんじゃん、助かるわあ。ということでまだ眠いので私は寝よう。

「全くどういう状況だこれは」
「...ぐぅ」
「二度寝するんじゃないよ」
「あー、兵長なら、訓練中にこんな大きなテントとベッドで過ごせるか、って激怒してたよ。オルオは気合い入れ過ぎなんだよまったく」
「...なんだと、まさかこの俺がやり過ぎただと...?」
「この紅茶は私がいただいておくんで。じゃ、着替えるんで」

シッシッと鬱陶しいジェネリックリヴァイ兵長こと、オルオをテントの外に追い出し、置き去りになってるワゴンに乗ったお目覚めスペシャルモーニングティー?を頂いた。オルオにしては良い紅茶を淹れるなあ。...なんだよこのおもてなしは。お姫様かよ。兵長め、野営の時っていつもこんな待遇なんだろうか。
優雅なひと時を楽しんでいると、何やら外が騒がしくなってきた。なんだなんだ、またメイクラブか?
テントの入り口から顔だけ出すと、私のテント(だったもの)の前でオルオが発狂してるだけだった。

どうやら兵長は私のテントで一夜を明かしたらしい。オルオが事情聴取したところ、普段よりも一層クマを濃くした兵長は、今日はこういうクソボロ浸水テントで寝たい気分だった、などと供述していたようだ。どんな気分?


(2021.7.7)
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