女体化 | ナノ

美味しい

あんな約束、しなきゃよかったんだ。

大好きな昼休み。でも最近はとても憂鬱。教室の窓から中庭を見てみると、ベンチに座るあいつが見える。

真っ赤な顔して、彼に駆け寄る少女が一人。俺のクラスメイトだ。
胸には二つ、お弁当箱を抱いている。一つを彼に渡し、彼女もベンチに座る。

そこまで見届けて、俺は自分の弁当に視線を戻した。
俺の弁当は、彼女が彼に渡したものと中身が全く同じ。きっと彼は、彼女に美味しいといいながら弁当食べているだろう。作った人が誰とも知らずに。

話は、一週間前に遡る…


「ねぇ丸井ちゃん!仁王くんにお弁当作ってくれない?」

クラスで一際目立つ女子。所謂クラスのリーダー。
仁王にしょっ中引っ付いてて、彼女が仁王を好きと言うのは一目瞭然。

「何で俺が仁王に?」
「あぁ、違うの!作るのは丸井ちゃんで、渡すのは私。仁王くんったらね、手作りのお弁当が食べたい〜なんて言ってたの!可愛いくない?」

はぁ…と気のない返事を返す。
そんな惚気話なんか聞きたくもない。俺はさっさとこの話を終わらせてこの場を立ち去りたかった。
苦手なんだ、女子らしい女子で、仁王のタイプにぴったりな打算的なこの女が。

「それ、自分で作って渡した方が仁王喜ぶんじゃね?」
「それはそうなんだけど、丸井ちゃん料理得意でしょ?私あんまり料理得意じゃなくて〜…食べて貰うなら美味しい方がいいじゃない!」

お願い、なんてウインクされたけど、なんて勝手な頼みごとだ。でも俺はすんなりそれを承諾したのだった。

「…いいぜ」
「本当!?丸井ちゃんありがとう!早速明日からお願いね!」

彼女は仁王に連絡するのか、さっと携帯を取り出し、ボタンを押しながらこの場を立ち去った。

俺はずっと前から仁王の事が好きなんだ。でも、元から男っぽくてガサツで、仁王に女として見てもらえない。いつもからかいあってケンカばかりしている。
告白をして、今の関係を崩したくなかった。

前に一度、テニス部で花見をした時に弁当係を引き受けみんなに手料理を振舞ったことがある。
俺の作った卵焼きを食べた仁王は、美味しいとも言わず、ブン太に料理は似合わないと笑った。その時はむちゃくちゃ頭にきたから思いっきり殴ってやった。

それ以来、仁王に自分の料理を食べさせる事はなかった。
でも…もう一度だけ、自分の一番得意な料理を仁王に食べてもらい、美味しいと言ってもらいたい。ずっと願っていた。

その願いが歪んだ形で叶う…俺はいつもより早起きをしてお弁当を作るようになった。
仁王はなにが好きなんだろう、栄養ちゃんととってるかな…なんていろいろ考えて。

「はぁー…いつまでこんな事してんだろ…」

誰もいない屋上で空を眺めた。彼女は告白して仁王と付き合ったんだろうか。怖くて聞けないでいる。
でも、ベンチでお弁当を食べる姿は恋人同士そのものだ。
その光景が目に浮かび、目頭がだんだん熱くなり、じわじわと視界が歪む。

「あっー!こんなくよくよすんのは俺らしくねぇ!」

目元を思いっきりこすり、頬を両手で叩き気合いを入れた。
嫌われるのが怖くて、何も行動を起こさない自分が悪い…。でも、どうすることもできないんだ。

「何しとんじゃ」
「…っ!?」

後ろを振り返ると、そこには意中の人物。
「仁王!!」
いつものようににやにやと笑いながらこちらを見つめていた。

「お前…!彼女と弁当食ってたんじゃないのかよっ!」
「いや、あの子は彼女じゃないぜよ。飯食い終わったから昼寝に来たんじゃ」

仁王は、はーっとため息をつきながら床に寝っ転がった。
ちらっとこちらを見たので、俺もそばに座り込んだ。スカートだといろいろと分が悪い。

「…毎日弁当作って来て貰ってるのに彼女じゃねぇの?」

気になっている事を聞いてみる。胸の鼓動は先ほどより早さを増している。
『落ち着け…落ち着け…』
彼女だと言われたら、俺は泣かずにいれるだろうか。

「あれはあいつが勝手に作って来るだけぜよ。まぁ料理自体は美味いからありがたくいただいとるけど」

美味い、その一言に心が満たされる。まさか自分の作った弁当の感想を直接聞けると思わなかった。

「つーか…あの弁当、作ってるやつ別にいるじゃろ」
「はぁ!?」

仁王は上半身だけを起こし、こちらを向いてまたニヤリと笑った。

「あいつ…先週の調理実習で卵を割る事さえ出来んかった。けど…あの弁当は冷凍食品使ってない全て手作り。味も完璧じゃ、上達するには時間が足りん」

そんなところまで見てたのか!と何か殴られたような衝撃を受ける。やはり仁王は彼女が好きなのではないか。

「弁当の中に入ってる卵焼き、砂糖が入っててすごい甘いんじゃ。けど、彼女は甘いものは苦手だって言うとった。自分が苦手なもんをわざわざ作るか?」

成る程、鋭い。我が家の卵焼きは甘党な俺が作るからかなり甘くしてある。出し巻き卵だけで育った人はかなり違和感を感じる代物。

「あの卵焼き、前に食べた事あるなー…って気になってたんじゃ。あれは、テニス部で花見した時の…ブン太が作った弁当じゃ」 

「…っ!」

驚いて開いた口が塞がらないとはまさにこの事。

「ブン太が作ってるんじゃろ?あの弁当…」

仁王は俺の卵焼きの味を覚えていて、俺が作ったと分かってくれた。何もかも信じられない。

「よく…分かったな…」

仁王は俺に一歩近づき、顔を近づけた。やっぱり、仁王の顔は綺麗だ。そういうところも好き。
仁王の手は俺の頭に置かれ、優しく撫でる。

「ブン太が作る料理が、一番美味いから」

ずっと聞きたかった言葉がやっと聞けた。
なんて言ったらいいか分からなくて、下を向く。
俺が作ったと、言わないのに分かってくれたこと、美味しいと言ったこと、全てが嬉しくてたまらない。

「今度はブン太から直接もらいたいのぉ…」

下を向いているから仁王の顔は確認できないが、とても優しい声に安心してしまう。

「もう少し…待ってて…」

先に彼女に言わなきゃいけない。自分は仁王を好きだということと、もう彼女の為に弁当は作れないと。そうでもしないと、クラスのリーダーに勝手に逆らってしまえば、あのクラスにはいられなくなる。

「女は大変じゃな」
全てを察しているかのような言葉に思わず笑ってしまった。

早く仁王に弁当を作って渡したい。そして、ちゃんと聞きたいんだ。

美味しいって。





end


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