※ゲイ術的口論の続き
※ブン太がゲイで、元彼が少し登場します
仁王の部屋で二人きり。
携帯をいじりながらゆっくりと時間を過ごしていた。
ここまではいつもと同じ。
違うところは、仁王が俺の背後に座り、抱きしめながら首筋や髪の毛にキスをしていることだ。
俺はゲイだと告白した後、流れで体を交わせ、仁王からもゲイだと告白された。しかも、俺のことが好きだと言うではないか。
ペテン師と持て囃されるこの男が、どこまで本気なのかさっぱり分からない。他の男以上に疑ってしまい、告白すらも信じられないでいた。
「ブン太好いとうよ、俺と付き合わんの?」
「イマイチ信じられねーし、軽いんだよお前」
「酷いのぉ、俺はいたって真剣なのに」
リップ音を立てながら首に何度も口付ける。今が冬で首が隠れるからいいけど、これが夏だったら仁王のことを張り倒しているところだ。
「でも、エッチはしたいんじゃろ?」
そう言いながら仁王は服の中に手を入れてくる。胸元の突起を掠め、腹や胸を撫でる。
「つ…まぁな、お前上手いしデカイし」
「はぁ…それじゃあただのセフレみたいなり」
「いいじゃんそれで、仁王だって俺のこと抱きたいんだろぃ?」
振り返り、仁王の頬を撫でる。仁王は複雑な表情をしていた。多分、好きという気持ちと抱きたいという気持ちで困惑している。
俺はそんな仁王の表情を見届けて、薄く開いた唇にそっと口付けた。
仁王のことは嫌いではない。けど、好きになるにはまだ、信頼が足りたかった。
そんな俺に愛想を尽かすならそれはそれで構わない。仁王とはそれまでとなる。
俺はもう、短い付き合いをしたくない。次に付き合う相手は長く寄り添いたい。
そう、思っているんだ。
卒業を控えた二月末。登校日が少なくなり、必然と暇な時間が増える。宿題も無いし、とりあえずどこかに遊びに行こう。誰と遊ぼうかとなると、必ず立海テニス部メンバーで集まることとなり、今日も今日とてテニスをしている。
天気がいいので、動けばじんわりと汗をかく気候。俺は一試合を終え、ベンチへと腰掛けた。コートでは真田とジャッカルが戦っている。パワフルなラリーに道すがらの人も足を止めて見入っている。
そんな大勢いる観客の中に、ある人物を見つけた。
俺は思わず、ベンチから身をのりだした。
「ブン太汗かいてるのー水飲まん?」
突然、頬に冷えたペットボトルを当てられた。
はっ、と我に返り顔をあげれば、仁王がいつもの表情でこちらを見ていた。
「あっ…サンキュ…」
「随分怖い顔しとったけど?」
ペットボトルの冷たさが心地よい、頭の中も冷やしながら、なんとか冷静を保つ。
「あぁ…ジャッカルのやつ、俺に休みの間は走り込みしとけよ!って言ってたのに、自分はどうも動き悪りぃんだよなー…後でとっちめる」
「親父さんの店の手伝いじゃろ?ほどほどにしときんしゃい」
試合が終わり、周りから拍手の音が聞こえた。
もう一度先ほどの場所に目を向けるが、彼はもうそこにはいなかった。
いや、彼じゃなかったのかもしれな
い。最近のことがあって、幻覚を見ていたのかも。
だって彼はこの街にはもういないのだから。そう思うことにしよう。
「なぁ終わったらどっかに飯食いにいかん?奢っちゃる」
「んーどうすっかなーつかみんなで食いにいくんじゃねぇ?」
何気ない会話。
正直、食欲が湧かなかった。腹の中になにかもやもやとしているものが蠢いている。仁王の優しがさらにそのもやもやを増幅させる。
受け取った水を勢いよく飲み、体の中を潤していく。
彼の姿を見て、一気に昔のことを思い出した。辛い、悲しい、昔の話。
その後も、仁王は優しかった。
隣を歩き、店では隣に座り、俺の好きなものを食べさせてくれた。
優しさが辛いとはまさにこの事。仁王は俺に少しでも好かれようとしている。
あのペテン師と呼ばれる男がだ。他のやつが聞いたら腹を抱えて笑うかもしれない。
俺は複雑な気持ちを抱いたまま、店をでる。その頃はもう、辺りは暗くなっていた。白い息がさらに寒さを助長させる。
「最近、仁王と仲が良いんだね」
突然、背後から幸村くんが話しかけてきた。全てを見透かしているような言葉。にこりと笑いながら、俺の隣に並ぶ。帰り道が一緒なので、そのまま共に歩いていくことに。
「まぁ、くされ縁だからだろぃ」
「仁王の雰囲気が他とは違っていてね…ブン太といるととても幸せそうに見える」
車が通る音だけが響く。俺は何も答えられずにいた。幸村くんにだけは、自分がゲイであることは知られたくなかった。軽蔑されるんじゃないか、距離をおかれるんじゃないか。そんな不安が心の中にあった。
でも、この秘密を一人で抱えているのは辛すぎる。軽く流してくれる相手が欲しかった。
それが、仁王だった。
「ただ、今のブン太は仁王と一緒にいるのは辛そうに見えるんだ。何があるのかは知らないけれど、あまり一人で抱え込まないようにね」
幸村くんは微笑みながら俺を見つめる。俺は小さな声でうん、とだけ呟いた。
そんなことは分かっている。仁王をこれ以上苦しませたくない。でも、自分も苦しみたくない。
けど、自分自身が仁王を好きになっているのも事実。
仁王の気持ちに答えてあげることが、一番最善なのかもしれないけれど。
幸村くんと別れ、とぼとぼと帰路へと足を動かす。
街の中にでて、たくさんの人とすれ違う。ネオンは明るく、人々を照らす。笑顔が溢れる街中、俺だけがきっと浮かない顔をしている。
ちょうど退社時間とかぶったのか、時折サラリーマンと肩がぶつかる。そんな事も気にせず歩き進めた。
その時、一人の男性が声をかけてきた。
「ブン太くん?!」
誰かが俺の名前を呼んだ。けど、その声は昔、毎日のように聞いていた。何度も俺の名前を呼び、愛を囁いてくれた声。なぜその人が今ここに…?
「高橋…さん?」
「久しぶりだねー!元気にしてた?大人っぽくなったけど、髪の毛ですぐに分かったよ」
にこにこと俺に屈託のない笑顔を向けるサラリーマン。
灰色のスーツがよく似合う、がっしり体型の男性。
顔は変わっていない。けど体型がより大きくなったような気がする。
俺はうまく笑えているだろうか。久しぶりに会う彼は俺の、元彼氏だ。
「転勤…したんじゃなかったっけ?」
「あぁ、その後半年でこっちに戻ってきたんだ。いやーこんなに早く戻れるとは思わなかったよ。そのことを連絡したかったんだけど、ブン太くん…携帯変えたんだね」
寂しそうに笑う彼の顔が見ていられなかった。そう、彼の転勤が決まった時に俺から別れを切り出し、携帯の番号もメールアドレスも全部変えた。
「あの時は君のことを不安にさせて悪かったよ、けど、今は違う。俺は別れてからもずっと君のことを考えていたんだ。」
胸が震える。彼は別れる時、俺と別れたくないと嘆いていた。そんな彼と無理やり別れたのだった。
俺は彼の顔を見ることが出来ず、ずっと彼の足元を見ていた。
綺麗な靴を履いている。彼が仕事で成功している証拠だ。
「今は地位もお金も手に入れた。君を十分幸せにできる。ここで会ったのも何かの縁だ。ブン太くん、また付き合ってくれないか?」
雑踏が遠くに聞こえる。こんな街中で、しかも人が大勢いる場所で何を言っているんだろうと思った。
しかし、彼の顔は真剣そのもの。別れる前よりもずっと大人に見える。
俺は何も言えず、ただただ彼を見つめていた。
そんな中、頭の中に浮かんだのは仁王のことだった。俺のことを好きだといい、抱きしめてくれる。笑顔で俺の隣を歩き、好きなものを一緒に食べる。
俺が男を好きだと言うことを受け止め、理科者になってくれた。
今、一番身近にいる人物。
俺の目からは自然と涙が零れ落ちた。
「ごめん…」
「ブン太くん!?」
俺は振り返り、走り去った。時折人とぶつかりながら、後ろを一切振り返らずに、ただ一目散に走った。
まさか、彼が自分のことを好きだとは思わなかった。とっくに俺のことを忘れ、新しい生活に身を置き、新しい恋人と暮らしていると思っていたのに…。その思いはただの俺の願望でしかなく、現実は残酷だった。彼は俺を思いながら、別れてからの期間を一人で過ごしていたのだ。
「ブン太…!」
目の前に突如、顔見知った奴が現れた。走ってきた俺を体で受け止め、抱きしめた。
「仁王…?」
「あー…すまん、お前さんと帰ろうと思って後を着いて来たんじゃ。つか、どうしたんじゃ?なんでそんな泣いとるん?」
「ブン太くん…待ってくれ!」
彼が追いつき、俺の手首を掴んだ。
彼は仁王には目もくれず、鬼気迫る顔で俺を見つめた。
「どうして君は信じてくれないんだ!もっと俺に頼って、俺のことを信じてくれ!」
仁王が彼の姿を見てハッとした。
俺は彼の手を振り払い仁王の手を掴みまた走りだす。彼の声がだんたんと遠くに聞こえる。
二月の冷たい風に吹かれながら、仁王と一緒に夜の街を走り去った。
握りしめた仁王の手はとても冷たかった。吐く息と涙が、風とともに流れていく。
息を切らしながら仁王の家に着き、部屋に通される。普通の家庭なら夕ご飯だと言うのに、相変わらずこの家には誰もいない。みんな自由なんだと言うけれど、自由にもほどがある。
部屋で待っていると、仁王がホットココアを差し出して来た。仁王もココアは作れるのかと変に感心してしまう。
暖かさと甘さが俺の体に広がっていく。仁王は俺が喋るまでなにも言わなかった。隣に座り、コーヒーを飲んで、ただただ待っていた。
「サンキューな、ちょっと…色々あってさ…助かったよ」
「別にお礼を言われるようなことはしとらんぜよ」
ちらっと横に目線を向ければ、仁王は優しい顔をしていた。この顔はきっと俺にしか見せない顔で、思わず心臓が高鳴る。
だめだ、また涙腺が緩む。俺は視線を戻し、ゆらゆらと揺れるココアを見つめる。
「落ち着いたら帰りんしゃい、そしたら送っていくき」
「さっきの男、俺の元彼なんだよ」
突然のことに驚いたのか、仁王が持っていたカップからコーヒーが零れる。俺は気にせず話を続けた。
「昇進を含めた転勤の話が来てさ、それで別れたんだ」
「お前さんから…?」
「うん、別にそこまで遠くなかったし相手も遠距離恋愛でって言ってくれたんだ…けど」
「けど?」
昔の光景が鮮明に蘇る。
彼の未来はとても明るかった。仕事が成功し、それを嬉しそうに報告してきた。俺も本当に嬉しかった。
けど、、それと同時に黒くてもやもやとした思いが俺の中で生まれた。
昇進すれば彼の世界はもっと広がる。学生をやっている俺なんか想像も出来ないくらい広い世界。
そうすれば必然的にたくさんの人や女性に会い、好意をもたれることだろう。
彼が女性とも付き合えるバイセクシュアルであることは知っていた。
それならこれがいい機会だと思って別れを切り出したのだ。
彼の明るい未来で隣にいるのは俺じゃない。綺麗で美しい女性である…と。身を引いたと言えば聞こえは良いが、俺は逃げただけだった。
彼も言ってたように、彼を信頼することができなかった。
勝手に、彼は女性と付き合うだろうと思い込んでいた。
彼の前に、初めて付き合っていた大学生もそうだ。俺に、大手企業での就職が決まったと、喜んで報告してきた。
初めてだったから余計に、彼の未来の明るさに躊躇い、信頼することができなかった。早々に自分から身を引いてしまったのだ。
二度も同じことをしてしまったので、暫くは誰とも付き合いたくはなかった。けど、誰にも言えずに抱え込んできたこの思い。一人で抱えるのは本当に辛かった。
だから、少しでも吐きだしたくて、ゲイだということだけを仁王に告げた。
それが今となっている。
とめどなく出てくる言葉。仁王はなにも言わずに隣で聞いていた。気づいたら仁王の手が俺の肩を抱いている。
仁王の告白に返事を出せなかった理由もこれだ。また俺は逃げてしまうんじゃないか、信頼できないんじゃないか。
しかもこの男はペテン師だ、何から何まで信用できない。
しかし、返事を保留にしたままにはできない。そう考えてた矢先の出来事だった。
「でも、今日言われてビックリしたんだ。俺のことがまだ好きだって。別れてから半年以上もたってるのに…だから…なんでちゃんと信用出来なかったのかって思ったんだ。俺、本当嫌なやつだよな?」
疑問系で同意を求めても仁王は何も言わない。肩を抱きしめる仁王の手の力が少し強くなるだけだった。
「だからさ、仁王も今日で俺のこと見切ってもいいんだぜぃ?いつ、お前のこと見捨てるかわかんねぇーだからさ」
これは本心ではない。もう誰も見捨てたくはない。けど、仁王が何も言わないから不安で仕方がなかった。この話を全て聞いて、仁王がどう思ったのかが怖かった。いっそ、見切ってくれた方がいいとすら思った。
「…アホか」
「え?」
仁王は俺の両肩を掴み、床へと押し倒した。俺の目の前には仁王の顔。その奥には天井。至近距離で見つめる仁王の表情は険しく、灰色の前髪が俺の顔を擽る。
「他の男と一緒にしなさんな、俺はずっとお前さんのこと見てきたんじゃ…一年の時からずっと」
仁王の顔がさらに近づき、唇同士が優しく触れ合った。ほのかに苦い、キスの味。
「一年…?嘘…だろぃ?だってお前、いろんな女の子と付き合ってたじゃん」
「お前さんに惚れた、なんて認めたくなかったんじゃ。男同士だし…でも、どの女と付き合ってもやっぱりダメじゃった、お前さんのこと、ずっと考えとった」
一年生の時。仁王はその外見からか、たくさんの女の子から告白を受けていた。上級生から他校まで幅広く。
彼女ができてもすぐ別れて取っ替え引っ替え。軽い男なんだなーくらいにしかその時は思わなかった。
その頃の俺はと言うと、ちょうど男が好きかもと思い始めた時で、かっこいい男の先輩を見かける度にドキドキしていた。
「二年の時なんかはお前さんで毎晩ヌいとったし、三年になったら同じクラスじゃろ?一緒におるようになって、いつかお前さんのことを押し倒したりするんじゃないかと毎回大変じゃった」
仁王は俺の肩に顔をうずめる。体と体が密着する。俺は静かに仁王の体に腕を回した。
「なのに、お前さんはその間に二人の男と付き合ってる…最悪ぜよ。俺の方がずっとお前さんのこと思っとったのに…」
泣き出しそうな悲しい声。これは仁王の本心だろうか。抱きしめる腕の力を強くする。
「お前は…ゲイって言ってたけど、男と付き合わなかったのかよ」
「お前さん以外の男は抱く気にならんぜよ」
心臓の鼓動が早くなる。
ペテン師と呼ばれて、何を考えているのか分からないこの男が、ずっと俺の事を好きだった?現実なのか夢の中なのか、よく分からなくなってきた。頭の中がフワフワする。
仁王は体を持ち上げ、俺を見下ろす。
「あーゲイ…ではないかもしれんのぉ、ただ、ずっとお前さんのことが好きだっただけで」
ニヤリと口角をあげ、また俺の唇に口付けをする。
「俺の事、信じなくてもええよ?軽く付き合っ…いや、セフレでもええ…もうなんでもええ。だから…これからもお前さんの側におってもええ?」
俺のことを好きでなくても良い。
俺がお前さんを好きだから、側にいたい。仁王は耳元で囁いた。
それは俺が今までしたかったこと。例え相手が俺のことを好きでなくなっても、ずっと側にいたかった。けど、俺は相手を信用出来ずに自ら身を引いてしまった。自分を守るために。
涙が零れ頬を濡らす。拭っても拭っても止め処なく流れ落ちる。もうぐしゃぐしゃだ。全てを仁王に曝け出し、それでも仁王は受け止めた。それだけでもう十分嬉しかった。
「バ…ッカじゃねぇの…お前…なんで男で…しかも…俺のことなんか…」
「そういう生意気なとこが好みって言ったじゃろ」
仁王はティッシュを取り出し、俺の涙を拭き取る。一枚じゃ足りなくて、何枚もとりだして涙を吸い込ませる。涙が全て床に流れてしまうため、仕方なく重い体を起こし、涙を拭いた。
仁王はただ、泣いてる俺の体を抱きしめ、頭を撫でた。その後は何も言わなかった。
一生分…いや、この辛かった三年間分の涙を出し切ったのかもしれない。
泣き終わり仁王を見つめる。仁王は笑いながら俺の唇へと顔を寄せる。しかし、唇同士は触れ合わず、俺の頬へと口付けた。
口にされると思っていたので、少し物足りなかった。
が、仁王なりに考えたことなのだろう。
静かに仁王の家を出て、俺は自宅へと戻った。
なぜか、心も体も晴れやかだった。電気も付けず、自室のベットへと体を預けた。
傷つけてしまった彼に謝る勇気がでた。今までのこと。これからのこと、伝える勇気も湧いた。
柔らかな布団に沈みながら、俺は携帯を操作した。あの時から、自分のメールと電話番号が変わったけど、相手の電話番号とメールアドレスは消していない。
俺はベットの上で正座をし、ゆっくりと深呼吸して電話をかけた。
「もしもし、高橋さん…ですか?俺です。ブン太です。さっきは逃げ出しちゃってごめんなさい…はい、いえ…実はそのことで…」
電話越しでの彼の声は、とても嬉しそうだった。それを聞いていると本当に申し訳なくなってくる。けど、言わなくてはいけない。言わなくては、お互い前へ進めない。
「高橋さんと一緒にいた時間は本当幸せでした、これからも高橋さんに幸せになってもらいたいです。けど、俺は」
最後の涙が一つ、ポロリと零れ落ちた。
「俺、好きな人が…できたんです」
太陽の光がカーテンの隙間から漏れる。俺はいつの間にか眠っていたらしい。ベットの上で布団もかけていない。二月の朝はまだ寒くて、少し身震いをした。
カーテンを開ければ、外では登校する学生の姿が見える。突然、今日は登校日だったということを思い出した。
急いで着替えて部屋を飛び出す。家を出る前に鏡で目が腫れていないかを確認する。
ちょうどその時、携帯が震えた。差し出し人は、最近よく見る仁王という文字。
「家の外で待ってる」
相変わらず簡単な文章。
俺は笑顔で玄関の扉を開けた。
「おはよー仁王!昨日はありがとな!」
変わらぬ満面の笑みに、仁王は安心したように見えた。
「ちゃんと飯食った?昨日あんまり食べんかったろ?」
「そうなんだよなー…あっ!じゃあそこのコンビニでなんか買おうぜぃ!確か今日から新しい中華まん発売だった気がする」
仁王の手をひき、コンビニへと誘う。はいはいと、若干呆れ気味だが、足はしっかりとコンビニに向かっていた。
「なぁ、仁王…俺昨日電話したんだ、元彼に」
「……ふーん…」
「なんだよ、もうちょっと何話したか聞いてくれてもいいだろぃ?」
「俺にとって悪いことだったら聞きたくないじゃろ」
頬を膨らませ、不機嫌です。といっま態度を表す。なんだかその姿が可愛く見えて仕方なくなった。俺も大分仁王に毒されたんだと思う。
近くに人がいないことを確認し、俺は仁王の耳元で囁いた。
「好きな人がいるからごめんなさい…って言ったんだよ」
仁王はハッとし、俺のことを捕まえようと手を出してきた。
「なにすんだよーお前ーここは公道!そういうことは家に帰ってからしろっつーの!」
「待ちんしゃい、お前さん、その好きな人っつーのは…」
「内緒!」
まだもう少し待っていて欲しい。そうしたら俺の心の整理が終わる。
その時になったらちゃんと、仁王に伝えよう。
道路の真ん中で追いかけっこをする男二人。旗から見たら何をじゃれあっているんだと思うだろう。
こんなたわいも無い時間も今は愛しく思える。
あんなに寒かったのに今日はこんなにも温かい。
春はもうすぐだ。
END