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「#幼馴染」のBL小説を読む
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彷徨える恋人たち





紆余曲折あって、俺は所属先に戻った。部署はてんてこ舞いであった。そりゃ一部の人間は怪我で入院、俺は傷一つ帰ってきたのだから。特殊課の根回しがあったのか、俺は書類上の手続きは必要なく滞りはなかった。しかし、松田からはこれまでで一番なほどに叱られ一発殴られた。相応の仕打ちであると思う。また、俺が生きていたことには、何らかの圧力がかかり受け入れられたが、そもそもスーツを着ていなかったことが問題となり、なんらかの処分が下されることになった。恐らく、爆発物処理班からは外される。俺自身も、憑き物がとれたかのようにおとなしくその処遇を甘んじて受け入れた。
今回、俺が今もこうして生きているのは紛れもなくあの二人がいたおかげであり、殆ど死んだようなものだったからだ。

数週間後、通達されたのはまさかの部署であった。皆が、仕方ないというような顔もしていたが、部署が部署なだけに、ねぎらいの言葉をかけてくる。所謂俺は『左遷』扱いだった。


「……お前、アレだけど、暫くしたら戻ってこれるよ」
「…あ、うっす」


先輩や同期からは、仕方ない処分ではあるものの、それ以上に可哀想という同情が上回る程、その部署は警察内部では疎ましがられ、舐められた部署であった。


「っち、なんで俺まで異動なんだよ」


最後の同じ出勤日、屋上で二人でふかしながら、横の相棒は舌打ちをした。今回の原因である爆発をしかけた犯人は捕まっておらず、愉快犯で証拠不十分でいったん幕引きした。今回、自身のこともあり、烈火のごとく執念深く犯人を追うことに執着した松田は、頭を冷やすためにと刑事課に異動になった。はたからみれば、大抜擢であり、うまく使えば出世街道も夢ではない異動にもかかわらず、松田はとても不満そうであった。確かに、爆発物処理班になりたくて、なった男である。本人は頭が切れ、十分刑事としてもやっていけるだろうとは思うが、人と関わることに力を注ぐ野郎でもなかった。


「まあまあいいじゃん。刑事なんだからー」
「……お前こそ、いいのかよ」
「俺?まあ、周囲は可哀想って顔で見てくるけど、苗字いるし、のんびりとやりますよ」


松田には、俺が見えることは言っていなかったが、松田自体は、苗字から特殊課の本来の業務をうっすらと聞いているため、周りのようにあからさまに舐めた態度をとってくることはなかった。が、それでも、だからこそ、俺が配属になることに心配もあるのだろう。


「……そっか、名前いるんだもんな」
「もしかして松田羨ましいんでしょー」


けらけらと、冗談を言えば、ちっと舌打ちをして煙草を吸うから、案外満更でもなく図星なのかと呆れてまた笑った。むすっとする横の相棒を見ながら、煙草を吸う。

松田も長い片想いである。警察学校時代の一目惚れだったと、泥酔した時にぽろりとこぼしていた。それからずっと、苗字から好きな人がいるから付き合えないとフラれてもなお、同期であり友人という関係性を上手く構築しながら、二人はまんざらでもない関係性を続けている。
少し前に五条という男と実際に会ったことを思い出しながら、ぼんやりと屋上からビル群を見下ろした。確かに類まれなる容姿を持った男であったが、松田も松田で引く手あまたには顔は良いし、何よりも、多少短気でぶっきらぼうな気はあるが、性格は確実にあの男よりは良い。苗字から話を聞いていた通り、性格は性質が悪いなと思った。

不思議な因果だと思う。五条のことを好きな苗字と、その苗字のことが好きな松田。お互いに、その関係性をオープンにしたうえで、なおも、好きなことを諦められない苗字と松田。もしかしたら、苗字自身も、自分自身に重なって松田のことを邪険に扱えないのかもしれない。上手く弱った隙に付け込むくらいの大人の狡さを松田も身に着けているし、それに甘えることが出来るくらいには苗字も大人で弱い。
もう学生の惚れた腫れたの恋ではないのだ。全てを分かり切った上で、尚感情をぶつけ慰めることができるくらいには、大人同士の恋愛なのだ。松田は、苗字が諦めきれない今の現状を知った上で、好きであることを隠さず口説いているし、苗字もまた、松田が自分のことを好きだと分かっていながらも、今の関係に甘んじている。
だから、どう転んでも仕方ないとは思うのだが。


「幸せになってはほしいよなあ」


誰も悪くない。苗字も、松田も。
俺は燻らしながら、誰にも聞こえない声で呟いた。















相変わらず、庁内の端っこ、他からは一等離れた、錆びれた場所に向かい、慣れたように自分の机に座る。日当たりも部屋の内装も悪いこの部屋は、誰も寄り付かない。


「おはようございますー」
「おはよー」


のんびりとした声で挨拶をしたのは、私より幾分年上のおじさんであり、一応私の上司である。名前すらも出ていない物置のようなこの部屋は、一応公安部公安第5係、通称特殊課と揶揄される場所だ。無駄に広いが半分以上が、何に使うかわからない埃をかぶった備品で占められ、いくつか古いデスクは並んでいるが、実質使っているのは、私とその上司のみである。
上司は、所謂窓の家系で、公務員という安定した職を求めて、警察官になった。既に子どもも大きく、野心もないので、ゆるゆると仕事をすることをキャリアプランに組み込んでいる。自分に火の粉が降りかかってこなければよい人である。まあ、悪い人ではないので、のんびりと好き勝手にやらせてもらっていた。

もう一人、最近までいたが、地方に帰ることになり、やめていった。この課に目標を持って仕事をしている物好きなどはいない。


「そういえば、一人異動してくる人がいるから、よろしくね」
「はーい、この時期って何かやらかした人ですか」


この課に配属される人間は、私や上司のように呪術界の関係者であるか、全く関係なくいく当てのなくなった人、所謂『左遷』で送られてくる人も少なからずいる。厄介払いでこの課に異動してくるくらいだから、後者に期待はできないが、別に与えることができる仕事もないので、ぶつぶつ人に当たりながら静かになって、大抵辞めていく。別にいじめていなくても、何もリアクションがなければ、人は狼狽えるらしい。珍しく使える人間が来たと思ったら、大抵ほとぼりが冷めるまで期間限定でこの部署に飛ばされただけなので、暫くしたら違うところに異動してバリバリ働く。
中途半端な時期にやってくる人間は大抵左遷された人間だ。適当に、あしらって終わりだろう。

朝からカップラーメンをあけて、持ち込んだ湯沸かしポットのお湯を入れながら割りばしを乗せる。


「ああ、一応左遷らしいけど、こっちの件にも使っていいって話だよ。というか朝からカップ麺は良くないねえ」
「窓の人でも来るんですかね。いいじゃないですかー、お腹空いたんですもん」
「また徹夜かい。身体には気をつけなさいよ」


適当な返事をしながら、蓋を捲ってかき混ぜる。昨日は呪術師の方の仕事で駆り出されていた。万年人手不足であり、呪霊はどんどん湧いてくる。内心で五条に悪態をつきながら、チリトマトをずずっと啜る。
確かに呪術師としての力もありながら、この課に入る人間は珍しいし、いざとなったら駒として使えと言ったが、二足の草鞋をこんなにがっつり履くつもりは毛頭なかった。
警察として一応働きながら、呪術師としての仕事も普通に降ってくる。勿論、五条や夏油、七海に比べたら任務数は少ないが、少なくとも、私は警察として週5勤務をしているのである。激務である。
朝からカップラーメンを食べるくらい許してほしい。どうせ、長生きはできない。


「あ、来たみたいだよー、ここであってるよ」


どうやら外でうろうろしていたらしく、上司が声をあげて促すと、ドアが開く音がした。


「あ、すみませーん、迷っちゃって」
「ここ分かりにくいよね、改めて今日から特殊課に配属の人かい?」
「はい、これからよろしくお願いしまーす、萩原です」


上司が話している声を聞き流しながら、私は伸びないうちにカップラーメンを食べ切ろうとしていたが、聞こえてきた声が最近聴いた声で、思わず箸が止まる。


「苗字君は知ってるかい?彼女に仕事は教えてもらってね」
「はい、俺、苗字とは同期なんすよ!」
「そうなのか、なら安心だね。苗字くんよろしくねー」


ぎぎぎ、と首を回してドア付近を見ると、段ボール箱を抱えた男がいた。目を見開いて、ぽかんとする。


「なんで、いるの」
「あはは、松田から聞いてない?俺左遷されて異動になったんだよ」
「一応左遷された課にいるのは私たちだからね」
「あ、すいません。特殊課に異動になったの」
「はあ!?聞いてない!!!」
「まあ色々あって。これからよろしくねー、先輩。てか朝からカップ麺はやばくね?」


『左遷』された割には、何も気にするでもなくへらへらといつもの笑顔を見せて萩原が言った。













呪霊が見える萩原は大変優秀な人間であった。確かに、警察学校時代から、萩原含むあの5人は問題児でありながら、成績自体は大変優秀であった。5人の中ではいつも飄々としていて、適当なイメージであったが、それは彼の器用さのせいで、仕事は大変出来る。色々な人脈があるから、他部署との交渉は萩原のおかげで、とてもスムーズにいくようになった。自分なりに頼れる人は少しずつ作ってはいたが、やはり元々特殊課の評判が頗る悪いため、常に仕事が溢れている中、私たちの部署の仕事は後回しにされがちであった。彼のコミュニケーション力とこれまでの人脈のおかげで、事務作業は大変滞りなく通るようになった。
また、彼はコミュニケーションだけではなく、書類作業もめんどくさがりながらも仕事は早い。こいつめちゃくちゃ使えるじゃん、と驚く始末だ。過去にも、仕事が出来る人間はいたが、萩原の違いはモチベーションである。今回、ひょんなことでこちら側の世界に片足を突っ込んでしまい、忌避してもおかしくないのに、彼は私の立場を彼なりに理解し助けになろうとしてくれている。
正直、大変有り難かった。


「はいかんぱーい」
「かんぱーい」


最寄りの中華屋で夜遅くにビールのジョッキを鳴らす。部署が同じであり、2人1組で動くことが多いため、必然的に昼や夜、ご飯を食べることが多くなった。お互いにフリーであり、気兼ねない仲である。その上、どちらの世界に関しても話すことができることが、自分にとっても気楽な存在になりつつあった。

今日は、呪霊と一般人がいるところに、人手不足で呼ばれ、呪術師としての仕事をした後、後処理までしていった。本来、特殊課と呪術師の役割は明確に線引きをされていたが、私という異分子が入ったことにより、私限定で役割の線引きは曖昧になりつつある。
本来は、高専の生徒が派遣される予定だったが、他の任務で長引き、どうしてもと補助監督から連絡があり、面倒なため先についた私と萩原で後処理まで終えることにした。呪霊自体も、2〜3級程度と聞いていたため、術式上遠隔での対処が可能な私は萩原を連れたまま、さっさと祓った。

よだれ鶏とサラダを二人で分けてつまむ。餃子と炒飯を待ちながら、たわいもない話をしていた。


「呪術師ってさ、ああいう風に祓って稼いでるってこと?」
「そう。完璧歩合制の実力主義」
「そうなんだ。え、夢ある感じ?」
「んー、確かに金のためにしてる人もいるけど、個人事業主で命賭けてるから、そんないいものでもない」
「そっか、」


淡々と萩原の質問に答える。人手不足のため任務は多いし、労基なんて関係ない。命もかけてる分、強くなれば相応に金は稼げるが、それでとんとんな仕事ではないだろう。貯めた金も、命あってのものである。


「てか、そしたら苗字もそこそこ金持ち」
「そりゃまあ、めちゃくちゃブラックな分働いてるし。二足の草鞋だから一応、」
「でも公務員、副業禁止じゃん」
「……今のは聞かなかったことにして」


けらけらと笑う萩原に、私は目を逸らしてよだれ鶏を口に放った。そうだ、副業禁止だった。完璧がっつりどちらからも金を貰っている私は、本来であったら確実に免職対象だ。呪術界のよくあるあれこれで、上手く誤魔化していることを忘れていた。
事実、家は2つ借りている。1つは萩原の爆弾事件で爆発したので、火災保険が降りて、また違うところを借りた。


「なあなあ、松田とはどうなの」
「はー?どうせ聞いてんじゃないの」
「あいつ全然教えてくんねーんだもん」


餃子と炒飯がきて、黙々と食べていたら、そんなことをのたまう。23時を過ぎたこの時間に炭水化物は良くないとは分かっていても、美味しいものは美味しいのである。
ハートがつくような軽率さで聞いてくる。


「お前ら2人でデートはしてんじゃん」
「デートって、そんな」
「まあ、いいんだけど。二人とも大人じゃん」
「……うん」


海老とレタスの炒飯を蓮華に盛りながら、ぐしゃぐしゃと咀嚼する。萩原は萩原で、黒炒飯を食べながら、ビールを飲んだ。


「だから正直、ワンチャンお試しで付き合ってもいいと思うの。まだ、その五条のことが好きでも、付き合ってから好きになることもあるかもよ?」
「……うーん、」
「俺らってさあ、警察ってだけで一般人よりも死ぬ確率は高いじゃん。ただでさえ、元々俺らは爆処だったし、松田は今は刑事課だし」


爆発物処理班やSATは、常に遺書を記すことが慣習として残っているとも聞いた。


「うん、」


最後の海老がしゃくしゃくと私の口の中で擂り潰されていく。


「その上で苗字はそっちの世界にもいるわけじゃん。苗字自身が、俺らよりも死亡率高いって言ってたし、そういう意味でも、いつ死んでもおかしくねーじゃん」


萩原は、どこかしみじみと感慨深げに言った。彼自身も、私と五条がいなければ、今、こうして一緒に夕食をともにしていることすら、なかった。


「どうせいつ死んでもおかしくないなら、松田と付き合ってみてもいいんじゃない?あいつも、苗字がまるきり忘れられてなくても、それでもいいって言ってんだろ」


私は、ふと、真正面に座る萩原を見た。彼は、私を不思議そうにみて、へらりと笑った。


「ま、苗字が全然松田のこと意識してねーってなら別だけど」


俺的には、意外と情が移ってるとみてるんだけどなあ、と悪戯をするような顔でこちらを笑うものだから、私は目を瞬く。


「な、んで」
「いや、多分松田はきちんとは分かってないと思うけど。一応、俺も苗字の同期じゃん?同期としてだけど、本気で1ミリも興味なかったら、松田と2人きりで会うことすら、しないタイプだろ」


私は、う、と息が止まる。図星だった。目の前の彼もそのことが分かったみたいで、お、と目を丸くするところが、気まずくて、目を逸らす。


「お、松田やるなあ」
「……」
「意外とまんざらでもない感じ?俺は、正直松田と苗字はお似合いだけどなあ」


海老を飲み込んで、レタスを飲み込む。喉に張り付きそうで不快だ。


「して、苗字は何に怯えてんの?」


彼は、ゆるりとそう聞いた。日が超える頃、丑三つ時までやっているこの中華屋は、私たち以外、客がいなかった。


「……正直、絆されてきてるのは分かってるし、今の友人の関係性が、手離せなくはなってきてる」
「うん」


松田はとてもいい男だ。短気で、言葉足らずなところはあるが、凄く私を好きで、だからこそ大事にしてくれていることが分かっている。こんなに狡い私でも、彼は好きな人として、その前に同期として、友人として、人間として、私を尊重してくれている。少しずつ関係を重ねるにつれて、見えていないにもかかわらず、こちら側の世界にも理解を示してくれている。
そんな人間に、これから出逢えるとも、思えない。私は既に、愛してくれる松田に、傾きかけてはいた。

しかしだ、私と五条は呪術界にいる限り、切っても切れない縁がある。それが、赤い糸ではなくとも、呪術師の同期であり、唯一、私の本来の目的を知り、協力関係にある。
到底、普通の幸せを、普通の恋愛を、する自信がなかった。


「……普通の幸せとか、普通の恋愛を、松田にあげれる自信がない」


そう、絞りだして言えば、目の前の男はきょとんとした顔をして、笑った。


「あっははははは!何言ってんだよ」
「なんで笑うの」
「苗字さあ、だからこそじゃん。そんなの、付き合ってみないとわかんないでしょ」
「でも、」
「そんなこと、あいつが望んでると思う?普通の幸せとか、普通の恋愛って何?そんなものないでしょ」


私なんかより、よっぽど恋愛経験のある男が、私にのたまう。


「仮に、万が一、普通の恋愛があったとして、そして、苗字が俺たちと違う世界の人間だからって下らないことを気にしていたとして」
「下らないって」
「そんなこと気にするような男だったら、とっくの昔に苗字のこと好きじゃなくなってるよ」


あっけらかんと蓮華をこちらに向けて言い放った萩原の言葉が、私の心臓の澱にすとんと落ちてきた。


「もし、苗字が逃げてるだけだったら、お試しで付き合うのはいいと思うよ。未来はどうなるかわかんないし、明日生きてるかもわかんないだろ。もし、松田と幸せになったらそうなる未来、もし、松田と別れることになっても、それはそれ」


萩原の飄々とした言葉が、風のように舞う。すでに空になった炒飯の皿が、目の前に鎮座する。


「……そういう、ものか」
「そうそう。重く考えすぎだっつの。めちゃくちゃ好き同士でも、別れることなんてざらにあるんだから、その逆も然り。未来のこと考えすぎて、動けないのは、勿体なくない?」
「……萩原は、軽すぎんのよ」
「そ!んなことねーよ!」
「前口説いてた交通課の女の子はどうしたのよ」
「俺のことは、置いといてよ……」


あまりいい結果ではなかったのか、いじけて分かりやすく話を逸らそうする萩原にけらけらと笑った。


20210530
title by 星食