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スイートルーム焼き討ち事件




「さっさと解体して早く降りて来い!」
「わーかってるって、陣平ちゃん」


煙草を燻らせながら、携帯で相棒にそうのたまった。目の前には、時限装置を切り、後は爆弾自体を解体するだけだ。朝飯前だと、俺は一服ついていたのである。
今思えば、若気の至りだとしても馬鹿過ぎる行いだし、あの時死んでも自業自得だった。


「……は?まだ避難してない住民がいるだと?」


後ろで、上司が何か無線でやり取りをしていた。それを他人事のように聞き流しながら、愈々解体しようとすると、上司から、お前が一番身軽だからと放り出される。
確かに、俺だけが一人身軽で、ほぼほぼ強制的に追い出された。俺は仕方なく、指示をされた場所へ降りていく。
一つ階段を下りて、付き添う相手を見つけようとしていた時だった。幾ら階が一つ違うといっても、もし爆発したら巻き込まれることは必至だった。そんなことすらその時の俺は考えに至っていなかったのだけど。


「警察です!不審物の可能性があり危険ですので、避難をお願いしています!」
「……何、って、萩原、?」
「え、苗字?」


口がぽっかりと開く。玄関から出てきた人間は、寝起きという格好ふさわしく、心許ないショートパンツにTシャツだった。俺たちが、目を丸くして固まっていると、その苗字の後ろから、黒のTシャツにジャージを履いた背の高い人間が欠伸をかみ殺しながら出てくる。


「名前ー、どうしたの、なんか勧誘?」


真っ白な髪の毛に、身長も180cmをゆうに超えているだろう。見上げる形で、彼女の後ろから出てきた人間は、綺麗な青の瞳をしていて、こんな人間は見たことがないというほど、容貌が整っていた。俺はびっくりして、苗字とその男を交互に見やる。


「……ん?何、同業者?」
「ちょ、待って、何、不審物?」
「何?不審物って」


そのまま苗字の首に腕を回して覆いかぶさる男に、俺の方が目を白黒させてしまった。


「ちょっと、五条、黙って、何、萩原がいるってことはバクショがいるってこと?え、爆弾?」
「そう、って、そう!上にあるからまじで逃げて」
「は?!それを早く言ってよ」


んー、とぐずる男の腕を、ばしばしと彼女が叩きながら、外に出ようとしていた時だった。俺の耳に、無線が入る。その切羽詰まった言葉に顔が強張る。


「まさか、」
「爆弾が動き始めた!そのまま伏せろ!」


廊下にいた俺はそのまま、彼らを玄関に押し込み、伏せようとした。あと数秒も残されていなかった。廊下よりは、部屋の方がましだったが、一か八かであった。上の爆発に巻き込まれ、部屋まで損壊したら全て終わりだ。

一瞬で目を瞑り、彼らを庇うように覆いかぶさる。耳のイヤモニだけでなく、体中全てに轟音が次の瞬間鳴り響いた。
俺は死を覚悟した。熱さを越えた痛みを伴う業火を体中に受けるつもりだった。俺がきちんと着ていればよかった。いや、それでも、この二人は護れなかっただろう。俺だけが生き残ったところで、後悔は計り知れない。
そう、全てを覚悟したはずだった。


「……ん?え、ん?」
「あーあ、最悪」
「流石に、爆弾の火の中に飛び込んだことはなかったな。こんな感じなんだねー」
「最悪だ。なんでそんな五条はのんびりしてるの」
「だって俺には関係ないしね。処理するのはお前だし」


思わぬ会話が聞こえて、俺はこわごわと目を開けた。うつ伏せになったそこには、何故か誰もいなくて、顔を挙げると、普通にたったままの二人がそのまま平然と会話を続けている。


「あーどうしよ、よりにもよって同期に知られるとか……」
「あっは、こいつお前の同期なの?」
「そう。てか、普通に考えて五条の無下限あったから私出さなくてよかったじゃん」
「お前の方が、空間あるから避けるにはいいじゃん」
「え、え?な、え、俺、死んだ?」


意味が分からなかった。手や顔を確認するが、火傷や怪我どころ、熱さすらも感じない。周りを見渡せば、酷い音を立てて、建物が崩れ、真っ赤な炎が取り囲んでいた。それを、うっすら透明なプラスチックみたいな膜が覆っている。真四角の空間に俺らはいるようだった。


「あ、萩原大丈夫?大丈夫だとは思うけど。暴れないでね」
「あーあ、てかまじでお前の担当区域事件多くない?人為的被害に巻き込まれるとかまじ受けるわ」
「どうせ硝子と夏油で笑うんでしょ。あー、もう、どうしよー、ね、萩原、今起きてること忘れてくれない?」
「何が、なんだか……」


何が起こっているのか、意味が分からなかった。膝をついたまま、彼らを見上げる。何故、彼らはそのまま平然と話しているのだろう。まるで、当たり前のように火を避けていることを受け入れている。すると、下の床が抜けて大きな穴が開いた。それでも、うっすらとしたプラスチックの板で阻まれている。


「え、なんで、こんな、え……?」
「記憶改竄しなきゃだよなー、あれ高専に戻って報告書書いて、状況経過見るのも大変なのよね」
「うわ、ご愁傷さまー、てかそろそろ飽きたから俺帰っていい?」
「ちょっと待ってよ!私だけおいていかないでよ。どうせなら萩原と一緒に外に出して」
「えー、めんどい」


うだうだと頭をかきながら、ふざけた喋り方をしているこの男と、苗字はどうやら知り合いらしい。俺は白黒しながら、彼らを見つめる。


「え、ちょっと待って、え、苗字、何が、起こってるの、」
「うーん、生きてはいるよ」
「そうそう、僕らのこと感謝しろよー。おまえ、僕たちいなかったら死んでたよ」


けらけらと青い瞳をこちらに向けて、平然といったその男に空恐ろしくなる。確かに、俺は死んでいた。死んでいたはずだった。それなのに、何故、俺は生きているのだろう。


「、なんで俺、生きてんだよ。てか、何、このプラスチックの板みたいなやつ」


強度もそれくらいで、こつこつと音がなる。俺がそういうと、二人が、真顔でこちらに振り向いた。


「……え、何」
「萩原、今、これプラスチックに見えるの?」
「え、意味わかんねーけど、プラスチックの箱の中にいるみたいに見えてる」


彼女は、驚愕した表情を浮かべ、もう一人の男の方を見た。すると、男は、じっと打ってかわった真剣な表情で俺を見つめる。何か見透かされているようで、気持ち悪い。


「……名前、こいつ同期って言ったよね?」
「そう。警察学校の同期だよ。え、でもそんなそぶりは」
「少ないけど、呪力があるね。んー、元々見えてるか、もしくは今回のことで見えるようになったか」
「うっそ」
「ねえ、オマエ、昔から何か変な者とか見えなかった?」
「変なものって、」
「幽霊とか、化け物みたいなもの」


飄々と、ふざけた口調で話す彼に、気が削がれる。一方で、苗字は、まさかという顔でこちらを見ていた。


「え、あー、なんか妖怪みたいな化け物みたいなやつは、ちっさい頃から見てた、かも。でも目あわせなかったらこっち向かなかったし、それこそ警察学校入ってからは全然みなくなってたし、最近もあんまみなくなってたから……」
「まじか、」


彼女が、額に手をあてて空を仰いだ。


「え、それってよくある霊感あるないとかのやつだろ?一部の奴には見えるとかいうじゃん。それに、最近は見えなくなってたし」
「警察学校時代って、苗字と一緒のがっこってことだよね?」
「そう、だけど」


男は、彼女の方を見て爆笑し始めた。


「オマエ、ほんっと、昔から感知雑魚だよね!ほんと雑魚!」
「そんな気で見てないもの!まじか、え、何?萩原呪霊見えてるってこと?」
「この結界見えてる時点で確定でしょ。で、警察学校で見えなくなったのは、オマエが祓ってたからだろ?」
「え、何、祓う?」
「あー、めんどくさいから結界かけてた時もあったわ」
「そりゃ寄り付かねーわ」


よくわからない会話を続ける彼らをただ見つめることしかできず、俺はぼーっと聞いていた。そうしていると、胸ポケットの携帯が鳴り響く。その音に、二人とも話すのを辞めた。


「あ、松田からだ」


下で待っていた松田のことだ。この爆発を見たら、死んだと思っているだろう。携帯に慌ててかけてくるのも当然である。
俺はそのまま携帯を取り出すと、鋭い声が飛んだ。


「萩原、絶対出ないでね」
「え、?」
「そうだねー、今の状況言われると、オマエのこと消さなくちゃならなくなるかも」
「五条、」


ハートがつくようなうざったい言い方で俺に言ったら、あっさりとそのまま携帯をとられた。今どんなふうにとられたのか分からないくらい、気づかないうちに手から離れ、俺の携帯はその男の手の中にある。


「めんどくさいから、捨てよっか」
「は、」


そういうと、男はこのプラスチックの箱から、外に投げるようにひょいと軽々携帯を投げる。すると、火すら通さないのに、男が投げた携帯はあっさりと外へ抜けて、煙の中を抜けていく。


「な、にすんだよ!」
「今の状況説明されるわけにいかねーの。オマエもどう言うつもり?なんか膜みたいなのに守られて炎の中で浮かんでますって言う?」
「やり方が唐突なのよ。ごめんね萩原、どうしてもね、」
「……何が、なんだか」


まるで、知らない人間のようだった。俺と苗字は、ずっとつるんでいたわけではないが、男女の中では比較的仲が良い同期だと思う。松田が、苗字のことを好きなこともあって、俺たちは苗字とその友人とは親しい。しかし、彼女が言っていること、していること、何一つ分からなくて、今目の前にいる人間は、これまでともに切磋琢磨してきた同じ人間だとは思えない。ぐにゃりと、怖くなった。


「はー、これ、あわよくばなかったことにできない?」
「んー、アウトだね」


飄々と、面白そうに言う男に、苗字は溜息をついた。


「萩原、」
「な、に」
「ごめんね、ほんとは巻き込みたくなかったんだけど」
「遅かれ早かれ、元から見えてたんならこいつはこっち側だよ。寧ろ今日生き残っただけ運がいい」


彼女は、気が乗らないように、また、溜息をついた。


「とりあえず、こちら側へようこそ」
「こちら、側?」
「地獄のことだよ」


にやりと、笑った男の顔は、相変わらず酷く綺麗で、俺はその後の記憶がない。











気づいたら、知らぬベッドに寝かされていて、隈の濃い白衣を着た女性に顔を覗き込まれた。


「目が覚めたか、名前―、目が覚めたぞ」


顔を覗き込んだ後、すぐに顔をあげて違う方へ言葉をかける。その名前が、唯一知った名前で俺はこれまでの記憶が一瞬で走馬灯のように走り抜ける。
ばっと、布団を捲って、体を確認する。


「え、俺、生きてる」
「生きてるにきまってんでしょ。怪我も別にないよ」
「爆発は、」
「爆発は鎮火したよ。死者はゼロ、重傷者は多数いるけど」


重傷者が、住人ではなく、警察関係者だということは言い方で把握した。死んでいないだけ、ましだ。俺は沈む気持ちを押しやりながら、冷静になる。


「で、ここはどこだよ!何がなんだか」
「一から全部説明するから。落ち着いて」
「これが、名前の同期か」


その場に知らない男が増えた。前髪を垂らし、背は前の男と同じくらいだが、体格はこちらの方がいい。にこやかな笑顔を向けてきたが、胡散臭く感じた。


「こいつが、名前のこと好きな同期?」


今度は、白衣を着た女性が名前に面白そうに言う。ちょっと、と焦ったように苗字が言った。どうやら、皆苗字の知り合いらしい。
はじめて、俺が分かる内容が出てきて、思わず答えてしまう。


「いや、俺はちげーよ。苗字のことが好きなのは松田で、俺はその親友」
「へえ」


口角をあげた前髪の男は相変わらず、胡散臭く、罰が悪そうに苗字は目を逸らした。


「その話はいいから、まずは全部話すから」


その後に、俺が聞かされた内容は、およそ到底理解できるものではなかった。






「……で、俺がこれまで見てきたのは幽霊や妖怪でもなく、『呪霊』と呼ばれるもので、それは見える人間と見えない人間がいて、見える人間の中には、それを退治する人たちがいて、それが『呪術師』と呼ばれる、名前や最初にあった人とか、皆さんってこと?」
「そういうこと。で、萩原は見える側の人間」
「え、これからどうなんの」
「今のところ、これまで支障がなかったから、様子見。今のところね」
「……そっか」
「でも、今後ずっと見えるようだったら、保護も考えるかな。危険が及ぶからね」
「え、保護」
「私たちは、訓練して呪術師としてその呪霊から身を守る術を身に着けている。呪霊は萩原も分かってると思うけど、襲ってくることがあるし、対抗するには呪力しかない。その呪力を萩原は多少は持ってるらしいけど、あくまで少ないし、今から呪術師転向も現実的ではないし、正直勧めない」
「どうして」
「警察よりも死亡率は高いからよ」


平然と言った彼女の表情からは、何も読み取れなかった。


「そ、っか……で、なんで苗字は警察に」
「私は特殊課の人間なの」
「え、特殊課ってあの特殊課?!」
「特殊課が他にあるかは知らないけど、特殊課よ。萩原もきいたことあるんじゃない?『ヒトナラザルモノ』を扱うって」
「噂ではきいたことあったけど、都市伝説レベルだろ」
「表向きは宗教関係や厄介な信仰案件だからね。実際にそっちも関わるけど、特殊課の本業はこの呪霊が起こした事件をこちら側にうつしたりするパイプ役や火消し役」
「火消し役……」
「そういうこと。だから、萩原みたいな人間も保護し、密かに呪術師と引き合わすことも行っている」


情報量が多くて、キャパオーバーだった。俺はかみ砕くのに必死で、彼女の話を必死で聞いていた。


「ま、とりあえず、今日、あんたが見たことは他言無用。言ったところで、信用されないと思うけど。万が一のために、誓約書は書いてもらう」
「誓約書、」
「本来だったら、こちらの力を使って記憶を改竄することもあるんだけど、萩原はこっち側だからそれは解決にならないとして、今こっちの世界を教えた」
「こっちの世界、って俺、普通に生きていけるんだろうな」
「さあ、それは君の素行次第じゃないのかな。死ぬ時には死ぬ」


にこやかに、話を聞いていた、前髪の男が淡々と残酷なことを言った。


「分かった。とりあえず、言わない。で、俺気になってたことあんだけど」
「何?」
「松田はこのこと知ってるの?」
「何を?こっちの世界の事?」
「そう」
「知らないよ。松田は見えないから」
「……そっか、」
「でも、私が、特殊課で所謂『ヒトナラザルモノ』に関わる仕事をしていることは知ってる」
「まじか」
「松田の執念は凄くてさ、当ててきた」


彼女は、諦めたように珈琲を飲んだ。松田は、警察学校時代から、苗字のことが好きだった。何度もアタックしては、苗字に好きな人がいるとフラれている。それでもいいから絶対に落としてやると、虎視眈々と狙っていることは、当人をはじめ、俺たち全員周知の事実であった。
だから、思いのほか、松田と彼女が二人だけの関係性を築きつつあることに、少し驚いた。


「で、苗字の好きな奴ってあの五条、ってやつだろ、超イケメンの」
「ぶっ」


苗字が、珈琲を吹き出し、他に聞いていた前髪の男と白衣の女性もこちらを向いて爆笑し始めた。


「名前、バレバレじゃないか」
「な、に言ってんの!萩原!」
「え?分かりやすいじゃん。てか、松田と系統似てね?イケメンで童顔」
「本当かい。それは笑えるな」
「なんだかんだ苗字、松田の顔に弱いじゃん。これであの五条ってやつがサングラスでもかけてれば、まじ似てるんだけど」


涙を流す勢いで、前髪の男と白衣の女性が肩を震わせて笑い続けている。すると、医務室のドアが開いて、噂の人物が入ってきた。


「僕の話でもしてた?」
「……え、まじ?」
「あっははっは!!!もう無理だ!!!五条!!ナイスタイミング!!」
「は?何の話だよ」


俺は、びっくりして、苗字の方を見ると、彼女は目を逸らす。俺は、またその男の方を見る。男は、真っ黒の服に着替えて、まさかの真っ黒なサングラスをしていた。


「え、まじ?サングラスつけてるの」
「何?僕がしてるとおかしいわけ?」


飄々と言いながら、五条という男は前髪の男の横に椅子を出して座った。


「おい、苗字、お前、系統一緒じゃん!え!松田知ってるの!?」
「……知ってる。松田は知ってるよ」
「そっか、それならいいけど。え、何、顔が良いからこいつのことが好きなの?」
「えー?何?僕と似てる男の話?」
「悟と似ている男が、名前のことが好きで、アタックしてるらしいよ」
「まじ?ほんと、オマエ、俺のこと好きねー!顔に弱いのまんまじゃん!」


けらけらと男が笑うから、彼女が前言っていた、諦めきれないという言葉や、その男が屑でも好きなんだという酔っぱらった席を思い出した。


「五条、煽るな」
「え、苗字、こいつのこと好きなの?松田の方がよっぽど良い男だよ」
「分かってるよ。萩原も黙って」
「へえ、俺より良い男なんだ」


そう呟いた五条という男は、少しだけ低い声を出して、目を細めた。その様子に、まるで嫉妬しているように見えたが、彼らは何も気づかないらしい。
それも一瞬で消えた。


「そりゃ、屑よりは性格いいだろ」
「名前はねえ、なんだかんだ言いながら俺のこと大好きだからー」
「五条も黙って」


この人たちの中でも、彼女が五条を好きなことは周知の事実で、彼女自身もこの話題になれているようだった。


「松田が、良い人なことはきちんと分かってるよ」
「なら、」
「うん、わかってるから、もう少し、時間を頂戴」


その苗字の表情が、俺には知らない、二人の関係性が見えて、俺は口を閉じた。
周りが思っている以上に、苗字と松田の関係性は進んでいるのかもしれない。

ちらっと見た、五条という男の顔は、何を考えているのか、苗字の方をじっと無表情で見つめていた。サングラスの裏の瞳は分からなかった。


20210524
title by 星食