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うつくしさで翳す正当性




その後の記憶があまりない。そのまま五条に担がれて、気づいたら見慣れた高専の医務室にいた。目を開ければ、左腕には点滴がつけられ、目の前には硝子がいて、頭をしこたま叩かれてその後力いっぱい抱きしめられた。
硝子によると、私は結構重度な栄養失調だったらしく、あのまま五条が無理やり私を連れ出さなかったら、脱水症状と栄養失調で危うかったらしい。呪術師が殺されずに餓死とは笑える。それを言ったら、余計に怒られそうで流石に言わなかった。


数日養生した後、体はなんとか元に戻り、生活に支障はなくなった。私は五条と夏油から話を聞き、事の顛末を知る。
私の家系の結界術は、思いのほか重宝されるものだったらしい。結論として、母がそれに嫌気がさし、姿をくらませたものの、私が生まれてきてしまったせいで、後継ぎの問題でごたついた。しかし、母の強硬な手段により、私と母は家系には関係なく生きられるようにしていた。私の母はあえて、自分と自分の家族のために、弱く見せていたようだった。しかし、ここ最近になって、母の両親が死に、母の兄は野心家だった。関わらないと誓約を両親が死んだことで、兄の天下になり、掌を返してきたのである。
私が高専でのほほんと暮らしていた間に、兄と母は敵同士となり、攻防を続けていたらしい。兄は上手く立ち回り、呪術界で人脈を作り虎視眈々と追い詰めていた。その中には、私の母胎としての話も上がっていたらしい。これまで私にとっては他人事であった話が、まさか渦中に放り込まれるなんて。
苦々しげにその話を聞いていた夏油と、淡々と慣れたように話し続けた五条の対比が非術師と呪術師の文化の違いを知った。

しかし、呪術界だけでおさまっていたのなら、私の母をはじめ、父も知らないなりにやり手だったのか、上手く一般社会に紛れ込み逃げきれそうだった。私の家族の方が、優勢であったのである。
そこに、力を貸したのが、警察上層部であったそうだ。五条曰く、世間一般に公にされてはいないが、呪術界の御三家はじめ、権力者と、警察上層部は密かに繋がりがあり、上手く情報操作を行っているらしい。
確かに、過去の大規模な呪詛師の犯罪などは、表向きには大規模テロとして情報操作をされていた。私は、ただ、特殊課の仕事のおかげだと思っていたが、それだけではなく、お互いに都合が悪い事件などを、うやむやにするために取引が交わされることがあるそうだ。これはまだ都市伝説レベルで、証拠などは挙がっていない。御三家の当主たる五条家も一部関わりがあるそうだが、まだ若き五条悟でさえも、この闇の部分はまだ手が付けられないらしい。
まるで、政治家との汚職関係である。考えてみれば、そんなことが起こっていても驚かない。超常現象を起こすことができ、腐った上層部との繋がりがある、警察社会。まるで、ドラマのような話で、どこの世界にいっても腐った世界だと思った。

そこで、私の兄を筆頭に、目の敵にした呪術界上層部の一部は、警察上層部にまで手を出し、私の父諸共亡き者にした。
私が抜け殻になっている間、五条と夏油で黒幕を探していたそうだが、上層部はじめ、流石に警察にまでは力が及ばず、雲隠れしたらしい。二人に目の前で謝られながら、私は首を振った。たかが同期の一人のために、自身の立場も危うくさせながら動いてくれた二人に感謝こそすれ、謝罪される筋合いはない。


「結局、私の家族は、呪術界と警察に殺されたんだね」


白のシーツが目に痛く、医務室の窓からは刺すような青空が見えた。隣には、五条と夏油がいて、少し遠くに、白衣を着た硝子がこちらを窺っていた。


「お前、これからどうする」
「どうするって?」


五条が、真剣な表情で私をみつめていた。真っ黒なサングラスから、真剣は瞳が私を見ていた。


「お前が、その気なら、俺は持つ力全て使ってやるよ」
「勿論、私もね」


煙草を燻らせながら、硝子も瞬きをした。医務室は禁煙だ。ただ、今いるのは私のたった3人のかけがえのない同期である。
私は、改めて、何もかも失ったけれど、3人がいるだけ、私は幸福だと思った。私のために、真剣になってくれる同期がいるだけで、かけがえのない宝である。
私は、彼らをみやり、息を吐いて、微笑んだ。


「ありがとう。少し考えるよ」


私の言葉を聞いて、彼らは何も言わなかった。












私は、数日間その件に関して一切話を持ち出さなかった。彼らもまた、その話はしなかった。彼らもまた任務に忙しく、私はリハビリとして先生や皆とともに授業や体術から身体を慣らしていった。


「五条、ちょっと時間ある?」


夕方頃、廊下を歩いていた五条を引き留めた。任務後の疲れているときに申し訳なかったが、その時間しか、私が彼を呼び止められる時間はなかったのである。
五条は、一瞬目を瞬いたが、すぐに頷いて、私に近づき、腕をとる。


「え、」
「話があんだろ」


彼はそういうと、そのまま、私の肩を掴み、一瞬で景色がなくなる。

くらくらと足がおぼつかない。腕をそのまま掴んだまま、五条は私が千鳥足になっているのを鼻で笑った。


「飛ぶなら言ってよ」
「めんどい」


彼が術式で飛ばしたのは、どこかの山の上だった。砂利道で少しだけこれまでここに上ってきたであろう人の手によって小さな柵がつけられている。そこから見下ろすと、遥か下に高専があって、街並みを一望できた。空は、緩く紫と朱色に染まっている。もう少しで、日が暮れる頃だ。横を見れば、彼の真っ白な髪の毛が綺麗なオレンジ色に染まっていた。


「綺麗な場所」
「だろ。時々来るんだよ。ここには誰もこねーからな」


彼のように、天上天下唯我独尊、自分の思い通りに生きているように見えて、ままならないことがあることを、私はもう知っている。彼の立場が誰よりも恵まれているようで、誰よりも縛られ、孤独であることを。彼が、この場所に来るのは、どういう気持ちの時に来るのだろう。私は何も聞けなかった。


「で、話って」
「んー、これからの話」
「おう」


言葉少なに相槌を打つ。彼と二人で沢山話すことはこれまであまりなかった。曲がりなりにも私は彼を好きだといっている人間で、彼は私を振った人間である。たわいもない話をすることはあるが、大抵そこには硝子や夏油がいて、二人きりで話す機会など、そこまでなかったし必要もなかった。


「私ね、卒業したら呪術師の道にはいかない」
「……なんでだよ」


彼が用意していた答えとは違うのか、彼は驚いたように私を振り返った。私は、そのまま、空を見下ろしながら、話を続ける。


「家族のことが問題かよ、そんな泣き寝入りするなんてこと、」
「違うよ。違う」
「なら、なんで」
「五条にね、提案があるの」


そのために、わざわざ声をかけたのだ。他の誰でもない、五条に。彼は、そのまま、私を見つめてた。おもむろに、私は横にいる五条の顔を見る。


「五条はさ、呪術界を変えたいって言ったじゃない。自分だけじゃなくて、より良い未来にするために、後進を育て、自分以外にも強い呪術師を育てるって」


自分一人だけが強くても、どうにもならないと彼が話しているのを知った。彼ほどの強さを持っていても、彼が救える世界には限界がある。もしかしたら、私の家族のことも、彼は想っているのかもしれない。


「それが、なんでお前が呪術師やめることになるんだよ。寧ろ、お前がいてくれないと、」
「私も、この世界を変えたい。腐った世界を変えたい。もっと私たちも、私たち以外のちゃんと生きている人が報われる世界にしたい」


学生のうちで、どれだけの訃報、怪我を聞いただろう。それだけ、あまりにも危うくて、割に合わない仕事だ。それが感謝されることなど、基本ない。一方で、上手く立ち回って安全な場所で蔓延り続ける膿もある。


「腐った世界は、呪術界もそうだけど、ここ以外にも沢山ある」
「……」
「五条が、呪術界を変えるなら、私は、警察社会を変えたい。結局一般社会を牛耳ってるのは、警察を初めた表の世界、その世界も両輪で変えていかないと、本来の綺麗な水にはならないでしょう」


だから、私は呪術師を辞める。これは、家族の仇でもあり、希望だ。決して、復讐を諦めたわけではない。それでも、ただ上澄みだけを取り除いたところで、深く張った根から新しい芽が出るだけだ。五条でさえも、なかなか深くメスを切り込むことが出来ないのならば、私がメスとなろう。どちらの世界も経験し、どちらの血も流れている私にこそ、出来ることだと思った。


「お前、わざわざ警察なんかになるつもりか」
「そう。父が警察官の私なら、適性もありそうじゃない?」


笑って彼を見ても、苦虫をかみつぶしたような顔で、ありありと反対という表情をしていた。


「お前がならなくても」
「でも、私が一番ぴったりでしょう。詳しいことは分からないけれど、上層部同士が繋がっているのであれば、こちらにも味方がいたほうが断然いい。」
「スパイになるってことかよ」
「そこまでじゃないけど、本来ならきちんとより良い世界にするために、情報共有して呪術界と一般社会を結んでいたはずだよ。それをまともな関係性に戻すために、私が入るの。悪くないと思うけど」
「でも、」
「だから、まあ、五条の力と私の力では天と地の差があるけど、どちらも目指すものは一緒だから、手を組んでほしい。全ては、非術氏も呪術師も、よりよい未来のために」


これまで、特殊課に行く人間は、呪術師を諦めた人間が行ったり、呪術師にはなれない人間がかかわっていくような、あまり良いイメージのない進路先だった。しかし、私は、別に呪術師と活動ができないほど力がないわけではなく、明確な野心を持って、その世界に飛び込む。
私以上に適任はいないと思った。
五条は、じっと、私の方を見つめ、逡巡しているようだった。


「勿論、気持ちは捨てたわけじゃないから、何か頼まれたら、出来る限り誤魔化すし、上手く操作するから、そういう意味だと、五条はじめ、高専にとってはいい駒だと思うんだけど、どう?」


情報操作や、事件の斡旋等も関わる特殊課から、上層部へ上手く取り入ることが私の目標だった。特殊課を拠点にするからには、呪術界とは切っても切れない。警察にいながら、呪術界の情報も入ってくる。良い立場だと思った。


「くそ、お前がそういうならやってやるよ」
「そうこなくちゃ。これからよろしくね」


彼はむしゃくしゃと髪の毛をかいて、舌打ちをした。彼は、これからの未来を、文字通り背負っていく人だ。彼の味方は多ければ多い程いい。私という人間が、彼の一つの駒になれば、それでよかった。


「ぜってー、お前の家族の仇はとるぞ」
「、ありがとう」


彼は彼で、私の家族の件で、警察内部にまでは手を回せなかったことを悔やんでいるらしい。そう思ってくれていることだけで、有り難いことだ。
実際に、詳しくは聴いていないが、私が今普通に生きて、自由に生活できるのも、五条の力が働いているらしい。五条は既に、五条の当主であったから、私自身も五条の庇護にあるらしく、手が出せない状況らしい。そういう意味でも、五条には多大なる恩がある。


「ねえ、五条」
「なんだよ」
「好きでごめんね」
「……うっせー」


返事などは求めていなかった。唯言いたかっただけである。私はずっと、ずっと好きだ。彼がどれだけ私のことを、そういう意味で好きではなくとも。
悲しいくらいに、私は、五条を愛している。
この泣きそうなくらいに、赤い夕陽を、私はまた心臓に刻んで生きていくのだろう。


その後、私は警察学校の勉強を始め、五条は、女遊びをやめ、彼女というものを作るようになる。



20210523
title by エナメル