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もうさみしいだけじゃ死ねないんだよ





秋、高専に生えている銀杏の木はすでに葉を落とし、用務員によって銀杏も一掃される。秋というよりもすぐに冬が舞い込むような、そんな木枯らしが似合う頃だった。
私たちは、3度目の秋を迎えていた。

夏油と私の人体実験は、根気強く研究を続けた結果、功を奏し、私の結界術により、呪霊を飲み込む時だけ無味無臭になる結界を張ることが出来た。強度や薄さも緻密に計算し、違和感がない状態でコーティングができるようになった。
夏油からは、私がオートで張り続けなくてはいけないことに申し訳なさを感じるといわれたが、なんとかこちらも呪符を使うことで、ある程度呪力の消耗を軽減することが可能だということが分かった。しかし、私に属人化しているため、私が死ぬようなことになったら、その結界は切れるだろう。そのことを何気なく言ったら、夏油に、両手を握られ、糞真面目な顔をして「一生君を死なせない」とよくわからないことを言われて、とりあえず頷いておいた。
それを見ていた硝子がドン引きの顔でこちらを見ていたことは知らないし、ましてや五条が無表情でこちらを見つめていたことなど知る由もない。

相変わらず、私が五条がを好きな感情はなくならないし、五条の女遊びもなくならない。夏油も含め、硝子が言うように、彼らは立派な屑だ。彼らのことが嫌いじゃないし、能力や呪術師としては尊敬する部分もある。しかし、人としては紛れもなく二人はタイプの違う屑だ。それも私は十分に分かっているが、それと感情は別物である。
毎回笑って流すが、いつまでたっても五条がとっかえひっかえ違う女を横に連れているのをみると、心臓が鈍く痛いのは治らないし、寧ろそのせいで、まだ諦められないのかと辟易する。
硝子や夏油からは、いい加減違う人間に向いたら、と言われるが、それが出来たらここまで私も拗らせていないのだ。遠ざかろうとするたびに、五条は私に優しくしてくる。それが、無意識の行動で、彼は同級生に向けての態度だということも分かっている。それでも、私にとっては、一つ一つが絡めとられて逃げられない。
つくづく、私が呪術師で良かったと思う。非術師であったなら、それこそ拗らせた感情で五条を呪っていたかもしれない。

3年経っても、私は、何も変わらなかった。周りはどんどん力をつけ、夏油と五条は特級呪術師になった。硝子も、何も言わないが、反転術式を活かし、今後は医学の道に進みそうであった。私だけ、何も変わらない。それ相応の任務をこなし、授業を受ける。代わり映えのない日常を毎日こなしていた。将来、なんとなく呪術師になって、なんとなく金を稼いで、嫌になったら辞めて一般人に戻ろうかとか、でもそうすると3人に会う機会が減るなあとか、そんな甘い想像しかしていなかった。
それが一変するとは、思いもしなかったのである。


今年は暖冬で、秋が長く、12月になっても中途半端な寒さしか訪れていなかった。もうすぐ五条の誕生日だと、いつも通り同期皆で適当に祝って、私だけがそわそわする時期。夏油と硝子は、呆れながらピザを頼んだり、皆で鍋をつついたり、それなりに仲良く集まっては、嬉々として楽しむ五条を祝っていたのだ。
五条の誕生日の数日前、いつものように授業を受けるために、朝、欠伸をかみ殺して、教室で座っていた。この日は珍しく、4人ともが揃っていた。なかなか来ない先生に、今日も自習かと、早々に遊び始めた夏油と五条を後目に、硝子とクリスマスコフレの話をしていた。
誰かが慌てて走ってくる足音がして、がらがらと教室の引き戸が開く。そこには、珍しく焦った顔をした先生がいた。


「どうしたの先生」
「めっちゃ焦ってんじゃん、ウケる」


ケラケラと笑う五条にも、いつもなら叱る先生が、今回は何も言わない。ただ事じゃないと皆が察知し、静かになった。


「苗字、」
「なんだよ先生」
「五条は黙ってろ、……」


先生は、私の方を見て、何を言うべきか迷っているようであった。嫌な予感しかしない。かといって、何があるのかも、思いつかなかった。


「私たちは席を外した方が良いかな」
「いや、どうせわかる。」
「先生、勿体ぶらないで早く言ってよ」


先生は、私の机の眼の前に来て、自然と見上げる形になる。ぞっと背中に鳥肌が立った。


「……苗字、落ち着いて聞きなさい」
「聞かないとわかんないよ、せんせ」
「……お前の家族が殺された」
「……は?」


夏油が息を飲んで、硝子と目を合わせているのが視界に映った。五条はこちらをじっと見つめていた。サングラスから、少しだけ見える青の瞳が綺麗だった。こんな時でも、私は五条へ「綺麗」という感情を抱くのか。自身のことながら、滑稽で笑えた。


「はは、何言ってるの先生、私のところ、今は全員非術師だよ?お父さんでも死んだ?あの人警察官だからさ、殉職とかもありえ、」
「全員だ。」


振り絞るように言われた先生の言葉で、目の前が真っ赤になる。何を言っているのだろう。これまでも人間が死んだ任務は少なくなくて、3年となれば、別に珍しいことでもなかった。それでも、今目の前の人は何を言っているんだろうか。


「オイ、せんせ、冗談やめろよ、」
「冗談でこんなこというわけないだろ」
「……どういうことですか。何故、私たちにまで」


ぼんやりと、夏油と五条の言葉を聞いていた。とても他人事のようであった。言葉だけが理解していく。事実だけを脳に刻んでいく。感情は生まれないまま。


「……苗字、聞いてるか」
「聞いてる、よ。先生、どういうことか説明してよ」
「……」
「先生、私から言った方がいい?私の父は警察官で、母は元呪術師だけど現在は一般人、妹は非術師、父が恨みでも買って呪い殺されでもした?はは、警察官だからそれが一番ありえそう。母が祓えないかとも思うけど、私よりは弱いらしいからどうだろうね」
「苗字!」
「先生、ちゃんと言って。なにがあったの」


感情は置いておいて、脳はくるくるとから回る。4人の前で言った時点で、普通の死ではないのだろう。呪術師に後悔のない死などない。呪術師でもない人間が何故殺されるのだろう。それは、私が呪術師だからだろうか。くるくると思考だけが同じところで回り続ける。


「朝方、連絡が入った。苗字の父親、母親、妹が家でなくなっていることが確認された。発見者は父親の勤め先の部下。警察官だ。朝方出勤時間になっても連絡がなく、家に向かったところ、死体を発見。3名が遺体となって発見された」


全員が息を飲んだ音が聞こえた。


「呪霊のせいなのかよ、」
「いや、形式上は強盗事件だ。凶器も見つかっている」
「なら、なんで」
「強盗って……」
「でも、何かおかしいから、俺たちにも聞かされてるんですよね」
「……苗字、母親の家系についてはどう聞いている、」
「……殆ど何も聞いていません。別に弱小の家だったから、御三家ともかかわりがないし、でも呪術師自体、また呪術界には嫌気がさしたから一般人になったと聞きました。実際に母は私よりは弱いです。だけど、呪霊じゃないんでしょう、寧ろ恨みなら父に、」
「今回、計画的な殺人だったのではないかとの話が出てきている。一応、呪術師を輩出した家庭のため、確認を行ったところ、微量の残穢が見つかった」


何を言われているのか、分からなかった。まるで他人事のようだった。私は別に後ろ盾もなく、確かにこの世界では命を懸けていたけれども、誰かに恨みを買うような覚えはない。それこそ、私の家族を殺すような程の恨みを買うほど、私は何も特徴がない。


「は、」
「そのため、唯一の生存者である苗字に、指令がおりてきた」
「まさか、」


夏油が顔を顰め、五条は何も言わなかった。


「至急現場へ行って、本人確認と現場調査。加えて、五条」
「は、俺」
「微量の残穢が見つかったため、六眼を用いた現地調査に行け」
「んな、そんなの」
「説明は後だ。とにかく時間がない。2人はすぐに向かいなさい」
「先生、普通の任務とは違うんですよ、あまりにも」
「夏油、感情は後だ。手遅れにならないうちに行きなさい」
「……先生、どういうことですか」


まだぼんやりとしたまま、先生が急かすことが違和感だった。


「今回の指示は、特殊課の人間から指示が来ている」
「特殊課?警察が何の用だよ」


特殊課というのは、一般人が亡くなったり、その他呪霊や呪いにより、被害が出た場合一般人向けへの対処をしたりする警察部署だと、1年のときに習った覚えがある。主に、呪詛師や呪霊により一般人が死んだ際、事件や事故への調整、もしくは、こちら側が発見が遅れた場合、案件を引き取る役割をしている。所謂、一般社会とのパイプ役であり、火消し役だ。
事務的な作業で関わったことはあるが、呪術師が関わることは少ない。


「……上から圧力がかかっている。この件を速やかに処理しろとの命が下った」
「どういうことだよ」
「それを確認するために、おまえらに言ってもらう。苗字、」
「……」


まるで全ての世界が変わってしまったことだけは分かった。それだけだ。


「五条、術式で苗字のことも一緒に連れていけ。とにかく時間がない。全てが片づけられるまでに。」
「苗字、行くぞ」


五条は、おもむろに立ち上がって、私の腕を引き上げた。軽々と持ち上げられて立つが、ぼんやりと足は動かない。そんな私は、痛々しい表情で、先生が見つめていた。


「くれぐれも、気を付けろ」


私の家族のことなのに、全てもういなくなったのに、随分、先生は優しくて、生温いことを言っているのだろうと思う。気を付けたって、死ぬときは死ぬのだ。私の家族みたいに。ぽっかりと、地球から一人だけ捨てられたような気がした。
私は何も言わず、五条も何も言わないまま、そのまま私たちは教室から消えた。










これまで、どんな凄惨な現場でも私は結構へっちゃらで、吐いたことは一度もなかった。硝子の解剖にも普通に付き合えたし、七海からもそういうところはやっぱり変わっていますねと、貶された覚えもある。目を背けたことはあっても、気持ち悪くなったことはなかったし、スプラッタの現場を見た後も、その後吐いている灰原の横で私は平然とご飯を食べていたこともあった。
初めて、私は吐いた。慌てて、自分の家のトイレに足が向かって吐く。朝ごはんが全て泥になって出ていった。トイレットペーパーをぐるぐる巻いて、乱暴に口を拭う。とてもキッチンまで持つ気がしなくて、トイレの水道で簡単に口をゆすいだ。外に出ると、五条が近くに立っていた。何も言わないその五条の優しさが、今の私には救いであり痛みでもあった。

リビングには特殊課の人間がいて、外には特殊課の人間の他、一般の警察の人間もいた。本気で足止めをしているようで、私たちが家に入る時には、邪魔くさそうに眉を顰められた。家族が死んだ人間に、そんな目をするのかと、無駄に冷静な感情で嫌味に思った。

特殊課の人間は、夜蛾先生が言った通りの説明をもう一度した。私は何もいわず、珍しく五条が聞き役で何やら質問をしていたように思えた。
現場はめちゃくちゃに荒らされていて、顔はめった刺しになっていた。妹はソファの上で、両親は妹より離れたところで、折り重なるように倒れていた。原型がとどめないほどで、私は分からないのに、それでもただ私が知っている人間で、ぐらりと、揺れているようだった。


「おい、しっかりしろ」


私の腕を掴んでいるのは、五条だった。どうやら私は本当に倒れかけていたらしい。サングラスの隙間から、ずっと眉間に皺を寄せている五条がいた。私は、その瞳をただじっと見つめた。





結論として、何も出なかった。五条によると微量の残穢は確かに残っていたが、誰かを特定するレベルではないらしい。しかし、複数犯によることが警察の調べで分かった。呪詛師である可能性も否定はできなかったが、確定もできず、警察は悪質な強盗にあったとして、事件は処理されることになった。いくら、五条が何かにひっかかって、これ以上の調査を求めても結論が覆ることはなかった。
私自身も、何も発見することができなかった。










たった一人の生存者として、私は喪主をつとめ、よくわからないままに、葬式の手配をした。これまで先輩や同業者の葬式には何度か出てきたが、自分が喪主となることが、こんなに早いとは思っていなかった。寧ろ、喪主をさせる側だと思っていた。
母は、呪術師を辞めた後、家を勘当されたらしく、私は母方の人間に会ったことがなかった。父も一人っ子で、父の両親も少し前に亡くなっていた。
私は、天涯孤独になった。まるで、罰のようだと思った。よくわからないまま、葬式の手配をしたものの、参列者は思っているよりも多く、両親、妹の人徳を他人事のように知った。
父は警察官だったこともあり、警察関係の人間も多かった。しかし、殆どの人間が、父の人柄を褒め、私を見ては悔しそうに頭を下げた。恨みを買っていたわけではないらしい。私が覚えている父は、あまり家にいなかったが、典型的な母に尻を敷かれている父だった。それでも、時々楽しそうに野球を見ている姿や、母に怒られながらもまんざらでもない父を見ていて、穏やかな人だったなあと思う。

私の関係者ということで、夜蛾先生をはじめ、同期や後輩、先輩が参列してくれた。全員が黒の制服を着ていたが、皆、私が喪服を着て立っている姿を見て、かける言葉がないようだった。
あまりにも原型をとどめていなかったため、棺には何もない。司法解剖をされ、そのまま焼かれた。形だけの葬式だ。
家族の中では、私が一番小さかったのに、死んだあとは手が余るほどの小さな箱になってしまったのは、皮肉だった。


「暫く休みなさい」


葬式の次の日、夜蛾先生が言った言葉をぼんやりと聞いていた。











その後、私は一切家から出なかった。警察の人間が手配してくれたおかげで、クリーニングが施された家は、全ての惨状がなかったようにまっさらな綺麗な状態になった。ただ、3人がいないだけの家になった。
私は、自分の部屋に3年ぶりに戻って、ずっと寝ていた。何をする気にも、考える気にもならなかった。携帯は電源を切って、奥底にしまった。携帯と財布だけ持って帰ってきて、制服や高専に関するものは全て寮に置いてきた。
このまま、消えてしまえるのなら、それが一番いいと思った。部屋からじっと動かず、何も食べず、何も考えず、目を閉じる。そうすれば、本当に消えてしまえるかと思った。

何日経ったか分からなくなった頃、突然部屋のドアが爆音を立てて、倒れた。思わず、ベッドで寝ていた目をあけて、音の方を見た。
そこには、何故か、五条がいた。五条は、そのまま私がいるベッドの方へ来ると、そのまま、私が被っている布団を剥ぎ取った。


「おい、起きろよ」


私は、何もいえなくて、ただ五条を見ていた。彼は、サングラスをしていなかった。久々に見た五条は、いつものように酷く綺麗で、私はぼんやりとその青色の瞳を見つめていた。彼は、眉根に皺を寄せて、私を見つめていた。その目は、何故か怒っているようだった。


「おい、なんか言えよ」


なんで、五条はここにいるんだろう。それでも、美人は怒ったら怖いけど、怖い顔も綺麗だなあと私は霞んだ目で見ていた。


「おい!」


動こうとしない私を、五条は痺れを切らしたのか、舌打ちをして、私を無理やり起き上がらせた。胸倉を掴み、布団の上に座らせる。彼は、立ったまま、真上から見下ろした。私はぼんやりとその顔を見つめていた。


「おまえ、いつまで引きこもってるつもりだ。全部連絡も無視しやがって。硝子に心配かけんな!」


酷く怒っているようだった。私はぼんやりと見つめる。五条の声が耳から通り抜けていく。


「おい、聞いてんのかよ!」


久々に、自分以外の音が聞こえて、耳がざわざわする。五条の怒声が私の体を揺らす。何日経っているのかは分からないが、五条が怒っているくらいには、私は引きこもっていたらしい。どれだけ、じっとしていれば消えられるんだろう。そうだ、今、私の前には五条がいるのだ。そのまま、私を消してくれればいいのに。彼だったら、私なんか一瞬で簡単に消せる。


「おまえの母親の件で、分かったことがあったんだ、お前の家族が……」
「ねえ、五条」


五条が、何を言っているのか、私はきちんと聞いていなかった。私が、久方ぶりに発した声は酷く小さくて、掠れていたけれど、彼の耳には届いたらしい。五条は言葉を止めて、私を見た。


「五条、私を殺してよ」


そういった途端、彼は憤怒の表情をして、私の首に手をやり押し倒した。そのまま、布団の上に倒され、私は声が出なくなる。彼はそのまま馬乗りになって、私を睨んでいた。


「お前、何言ってんのか分かってんのか」


青い目の瞳孔が開き、爛々と輝いている。溢れんばかりの憤怒と呪力で私は息苦しかった。声が出ない私を見たまま、彼はぎりぎりと歯を食いしばる。私の首を絞める手には、酷く力がこもっていて、言葉とは裏腹に、本当に殺されそうだった。


「お前が死ぬなんて、俺が許さねえ。もう一遍言ってみろ、本当に殺してやる」


彼の瞳は、酷く殺してしまいそうなほどに怒っているのに、その瞳は同じくらいの悲しみがあって、何故、彼がそんな感情を抱くのだろうと思ってしまう。私は死にたかった。このままいっそ、この世界から消えてしまいたかった。何のために生きているのか、生きる価値があるのか、ないも同然だった。
まるで我儘に感情をぶつけてくる五条に、私は、何故か悔しくて、私の方が怒りたくて、何故か、泣きそうだった。


「ごじょ、には、関係ないでしょ、」
「あ?」
「関係ないでしょ、ねえ、もう、生きてても意味ない、辛い、いっそ殺してよ!!」


気づいたら、大声で五条にぶつけていた。涙が流れていた。死んだと聞かされてから、初めて感情をぶつけた。感情というものが亡くなっていた。
五条は、驚いた顔で、私を見つめていた。首の上の手が緩まり、私はそのまま、顔を背け、布団に顔を押し付ける。


「名前、」
「もうやだ、辛い、何もかもやだ、お母さんに会いたい、家族に会いたいっ、もう死にたいっ」


シーツを掴んで、そのまま身を沈めたかった。すると、五条がぐる、と私の顔を無理やり向かせる。近くに彼の顔が会って、無理やり目を合わせられる。私ははらはらと涙をこぼしながら、彼を睨みつけていた。


「生きる意味がないなんて言うな、死にたいなんて言うな、お願いだから」


まるで、彼もまた、泣きそうだった。私は、彼をただ見つめて泣いていた。懇願するように、彼はただ繰り返した。彼の掴んでいる手が震えていた。


「名前、生きる意味がないんなら、俺のために生きろ、お前は俺のこと好きなんだろ、なら好きな男のいうこと聞けよ」
「何、言って、」
「俺のために生きろ。どうしても死にたくなったら、俺のところに来い」


その時は、俺が殺してやる。

彼は、低く囁くように言った。その瞳は泣いてはいなかったけれど、まるで私には泣いているように聞こえた。私は、彼の瞳から目が離せなかった。


「だから、もう二度と勝手に死のうとするな」


彼は、俯いて私の心臓に頭を垂れた。私は、彼のその言葉をぼんやりと聞いていた。まるで、縛りのようだった。私は、彼を見つめたまま、なんて残酷な呪いをぶつけてくるのだろうと。




20210523
title by 依存