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「#幼馴染」のBL小説を読む
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まちがったきみごと貰ってくから



春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、

清少納言が春夏秋冬の「をかし」を書いているように、私にも春夏秋冬それぞれに思い出がある。それは全て、一生を狂わされた、私の同期であり、言葉通り一生纏わりつく五条悟に関わる思い出である。





春、意気揚々と不安な気持ちをないまぜに、私が呪術高等専門学校の門戸を叩いたのは、高校1年の春のことだった。桜は既に散りはじめ、高専の中の桜はすでに半分ほど葉桜に変わり、新緑の季節を期待させるような時分、私は初めて、神様のように美しい人に出会ったのだ。
散りゆく桜を見上げたまま、その薄桃色に攫われてしまうような白い綺麗な髪の毛に、長い睫毛に縁どられた瞳は、きらきらと宝石のように空の色に輝いていた。一瞬で目を奪われてしまった。私は、一生その時のことを忘れられないだろう。一生、その顔を見ても飽きないと思うほど、私の心は一瞬で虜になってしまった。
その後、その人物が私と同い年で、同期だと知り、心臓が不規則に蠢く。当時の私は私なりに、精一杯の自己紹介をしたものの、「すっげえ雑魚、ブス!」と、その綺麗で宝石のような人からは、あまりにも似つかわしくない言葉が聞こえ、頭がキャパオーバーしたのは感慨深い記憶である。



冬、高専で初めての冬、郊外にある高専は東京都内といえども、下手すると雪が積もってもおかしくない土地にある。そのため酷く冷え込む。石畳と針葉樹で囲まれた高専に通いながら、なんだかんだ私たちたった4人の同期は、同期として仲良くなっていた。私の他3人は黄金世代と呼ばれるようなクラスメイトと同級生になってしまったものの、上手く溶け込んだと思う。呪術師はイカれているという言葉に漏れず、皆ぶっ飛んでいたが、五条への恋慕が秒でばれた夏油と硝子からは、お前もあんな屑の五条を好きになる時点で十分イカれているよ、と褒められているのか貶されているのか分からない称号を貰い、日々を過ごしていた。
私が神様とみまごうた、五条悟は、その美しい容姿を完璧に自覚し、ふんだんに使いこなしていた。容姿も能力も家柄も完璧で、天はまさに、神の子のような人間に、二物も三物も与えたのである。
ただ、性格だけはとんだ屑だった。全てを持っているが故に、人を見下し、酷い悪戯も加減がない。中身は小学3年生の糞餓鬼である。
それでも、私は彼を嫌いになれなかった。
酷い言動にドン引きすれども、愚かにも感情は酷く複雑で歪だ。
好きな感情は変わらず、それどころか、好きになる一方であった。

その中で、私は、8ヶ月程経った頃、夏油や硝子にからかわれることにも慣れ、この現状から打破するためにも、一念発起し、五条悟に告白することにしたのである。
勝機はなかったものの、同期としては普通に仲が良かったから、私は少しだけ調子に乗っていたのだと思う。夏油ほどのニコイチにはなれなくても、硝子ほど1目置かれなくても、私たちはいつも4人でふざけていたのだから。
その年初めての積雪が観測されたその日、私は寒々しい教室で、「はあ?お前俺のこと好きなの?何の冗談?女として見れねえ」という言葉を放たれた。相変わらず酷い態度で、ぽかんと口をあけて五条はぬけぬけと言い放ったのである。
目の前には吹雪が舞い、誰がどう見ても、今後の期待を一滴もかけられることなく、マイナス氷点下にばっさりとぶった切られたのだ。
教室の外で気づかれないよう、野次馬根性で私の告白を盗み聞きしていた夏油と硝子は、五条の酷い言い草に頭を抱え、硝子は今にも乗り込もうとしたところを夏油に押えられていたらしい。

私は、その言葉を聞いたあと、自身が今出せる最大出力で結界術を繰り出し、教室を半壊、今まさに告白した相手を校舎4階から突き落としたのである。まだ、無下限術式をオートで出していなかった若かりし五条悟は、まさか私が反撃をするとは思わなかったようで、結界で外に押し出された後にやっと状況を理解し、木の上で浮かんでいた。
私はその後、夜蛾先生から反省文をかかされ、プレートを持って正座という説教を下された。
告白、惨敗、説教というトリプルコンボで酷い状態だった。反抗する気力もなく、瞬く間に、高専では「五条悟に告白したがフラれて教室を半壊した女」として、知らぬものはいなくなった。

ここで、普通の女の子であったなら、不登校とか、引きこもりになっていてもおかしくないだろう。
しかし、良くも悪くもここは高専であり、私はやっぱり、夏油や硝子が言うようにイカれているのだと思う。

全て開き直ったのだ。あんな酷いフラれ方をしても、私は結局五条を好きな感情が冷めることはなかった。どんなに諦めようと決心しても、顔を見合わせれば好きな気持ちは溢れるし、それが五条なのだと思えば、どんな五条でも好きなのだ。
私は、五条を諦めることを諦めたのだ。どうせ真正面からぶつかって玉砕している身である。同期としては、悪くない距離を気づいていたから、今のままでいいやと開き直った。好きな気持ちは無くならないのだから。
夏油と硝子は私の開き直りに呆れ、五条自身も最初は戸惑っていたものの、私が五条の顔に弱いことを知れば、からかいの種として遊び始めた。惚れた弱味である。彼が全てわかってその顔をしていることを分かっていても、私がどれだけ五条の頼みに頷いたか数えきれない。
五条を好きな私と、それを知った上で利用する五条、それを見て呆れながらも面白がっている夏油と硝子という4人で、私たちはたった一度の青春を謳歌していた。
フラれた夜は流石にこっそり泣いた。


夏、都心から離れ緑に囲まれた高専と言えども夏は暑い。私たちの時代はまだクーラーもなく、おんぼろな扇風機でなんとか涼んでいた。
二度目の夏は、一度目の夏と同じく、蝉の声が五月蠅く、勢い余って虫と蠅頭の違いが分からずつい消してしまうこともよくある頃、私たちはなんだかんだ言いながら変わらずに仲は良かったと思う。私の五条への気持ちは消えることはないまま、まるで空気のように恋慕はそのまま存在していた。

相変わらず、お坊ちゃんの五条をからかって遊んだり、逆にからかわれたり、寮で賭け麻雀をしたり、徹夜で桃鉄したりと、それなりに普通の10代らしく過ごしていたものの、時が経つにつれ、血腥い任務は増えていった。
2年になり、どんどん夏油と五条は強さを増し、二人に対抗できるものはどれだけいるのかと思う程、急激に成長していた。
強くなるにつれ、任務の過酷さは増し、質も数も酷くなっていった。それでも、私は弱いなりにこの4人が同期であることが支えで、日々をこなしていた。

それぞれが、それぞれに不安定な時期を迎えていた。17歳という酷くアンバランスな時期に、人の命を直に浴び、精神を擦り減らす呪術師の仕事は、大人になって考えても、学生にさせるには酷く危うい仕事だと思う。今でも、その危うさを完全に取り除けていないことは自己嫌悪の対象であるが。
強くなればなるほど、強い呪術師は一人で任務に当たる。4人の中で一番弱かった私は、複数名で当たることが相変わらず多く、この時期は特に、夏油と一緒になることが多かった。夏油からは、いつも五条じゃなくてごめんねと笑われたけれど、別に夏油が嫌なわけはない。
同期の一人として、私は勿論夏油のことが人として大切であったし、呪術師としても尊敬していた。

2人での任務が重なるにつれ、帰り際ご飯を食べたり、移動時間にたわいもない話をすることが増えた。
夏バテだと思っていた、遣る瀬無く暗くなっていく彼の表情を日々見ている中で、無理やり吐き出させた感情は、私には到底全てに答えをあげられる物でもなかった。
非術師と呪術師の均衡、呪いのこと、力のこと、呪霊の味のこと。

私が、彼らの中で一番弱かったこと。私が非術師と元呪術師の両親から生まれたこと、夏油と同じように、殆ど非術師家庭で育てられたこと。些細な事柄の積み重ねが、彼が吐き出そうとしてくれたきっかけになったのかもしれないと今では思う。
まるで絞り出すように、私にただ感情をわざと傷つけるように言う夏油の姿を、私は初めて見て、夜中の田舎道で気づいたら私は泣いていた。
何故泣いたのかは分からない。ただぽろぽろと音を立てずに私は涙を流していた。


「君が何故泣くんだ」
「分からない。分からないけれど、私は今、夏油にそばにいてほしいと思っているよ」


まるで消えてしまいそうで、このまま私の前からいなくなってしまいそうで、ただ何もない田舎の匂いを吸い込んだまま、天の川が皮肉も綺麗に見える夜空の下で私はただ彼の制服を握って泣いていた。夏油が泣かない代わりに、私が吐き出しているようだった。
苦々しげに吐き捨てた夏油だが、まだ私を振り払おうとしないだけ、彼は揺れているのだと思った。

彼の感情を聞いて、私は何を言ったのか、正確には覚えてない。それでも、私はまるで子供のように、非術師と呪術師のこと、夏油を喪いたくないこと、ただそのエゴのためだけに生きて何が悪いのか分からないこと、そのために、夏油が全てを犠牲にする必要性があるのか、私はわからないこと、ぽろりぽろりとぐちゃぐちゃに話したと思う。
ただ置いていかないでと、ひたすらに言った気がした。
彼は、呆然と私が落とす言葉を、道端で聞いていた。涙が止まらないまま、ぼとぼとと言葉を落とす私を見て、気づいたら彼は笑っていたのだ。


「なんで、笑ってるの」
「君が、私の為に泣いているのが意外だったから」
「当たり前じゃない」
「だって、君は悟のことが一番だと思っていたから」


彼は、何故か穏やかに五条の話をした。私は目の水を拭って彼に焦点を合わせる。ぱちぱちと目を瞬かせて水分を一瞬引っ込めた。
私が、どれだけ同期のことが好きなのか、伝わっていなかったのか。


「五条のことは好きだよ。でも、私はそれ以上に、同期として夏油も硝子も、勿論五条も大好きで大切だよ」


かけがえのない、宝である。それは、恋とはまた違う愛だ。私は、この3人に手を出されたら、何をするか分からない。それ程までに、大切だ。


「君は、弱いのに?」
「う、それを言われると弱いけど……」


確かに、五条や夏油は護られる側より、護る側だ。強さも段違いである。私の結界術は、母よりは強いが、術式上攻めより守りだし、せいぜい守れて硝子くらいである。
それでも、命を投げ出せる。


「へえ、なら、私が死んでくれって言っても?」


多分、夏油は自棄になってそんなことを私に行ったのだと思う。どこまで自分のために、同期のために身を捧げられるのか。本当はそんなことを求めているのではなかっただろう。
全てを理解していてなお、私は返事をしていた。


「いいよ」


私はこのとき、ただ、夏油を喪いたくなかったのだ。そのためにはなんだってできた。
そう、死ぬことだって。

彼が私の返答を理解する前に、私は持っていたナイフを取り出し、慣れたように首の静脈を切ろうとした。一番簡単で分かりやすい死に方だ。
切っ先は綺麗に私の静脈を経つはずだったが、気づいたら私の手からはナイフが離れて遠い所に投げ捨てられた。
私は肩と腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。目の前には、必死の形相をした夏油がいた。


「何をするんだ!」
「夏油が死んでくれっていったじゃない」
「だからって、ほんとにするやつがあるか!」


夏油がここまで私に怒っているところを初めて見た。私は、おかしくなって微笑んでしまう。その笑みすら、夏油は歯ぎしりをした。


「いなくなってほしいなんて思ってるわけないだろう!」
「あはは、嬉しいなあ」
「……ほんと、君はやっぱり十分イカレてるよ」


普段が普通だから余計怖いよ。と彼は、私の肩を握ったまま息を切らした。
私は、その様子をしばらく眺めていた。


「そうかな?」
「そうだよ」
「ねえ、夏油」
「なんだい」


今度はなんだ、というように酷く疲れた顔をして、俯いていた顔をあげた。私は、幾分か高いその顔を見上げた。


「私も、夏油にいなくなってほしくないよ」
「、ああ、それはきいたよ」
「それだけでいいんじゃない?理由なんてさ」


私の言葉は、随分的外れで、言葉足らずで、何も解決してなかったと思う。それでも、彼は、気づいたら涙が止まっていた私の顔を見つめたまま、なぜか今度は夏油が泣きそうな顔をしていた。


「……一瞬だけ、抱きしめてもいいかい」
「もちろん、同期だもの」
「あはは、その言葉は万能だな」
「最高でしょ」


田舎の誰一人いない夜空の下で、私は大切な同期を喪わずに済んだのである。
そして五条は、女を取っかえ引っ変えする日常を隠さないようになっていた。


20210516
title by 星食