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青褪めてざらざらの眼差し






五条悟を見つめた彼女の瞳は、何も映していないかのように黒く呆然としていた。その顔は酷く青ざめ、人形のように白く透き通っていた。
背中を支えた五条を見つめると、彼女はそのまま全てが終わったかのように意識を無くし、五条へ倒れこむ。
ここまで、意識が持っていたことが奇跡だった。両手首はなくなり、その前から脇腹から血は流れ続けている。男は既に事切れていた。

五条悟は、いつの間にかこの場所に姿を現していた。目隠しをしていない目は初めて見た。人間離れした透き通る夏の海のような水色の瞳がきらきらと白の睫毛の下で瞬く。まるで、人工的なほどに綺麗で、無機質だった。

五条は名前を抱き上げて、俺に淡々と夏油という男が来るからと言い置き、また、同じように消えた。
まるで幻のようで、悪夢のようだった。

言葉で理解しているつもりだったが、実際に見るのは全く違う。俺は何もわかっていなかった。
彼女の能力も、おかれている立場も、生きている世界も。








夏油という男は、五条と同じくらい背が高く前髪を垂らした髪の毛の長い男だった。酷く穏やかな声だが、目は一切笑っていない狐のような胡散臭い男だった。
その男の他に数名黒のスーツを着た人間が入ってきて、鑑識のようなものをしていた。
夏油という名前は、名前から聞いたことがあったから、何とか信用が出来たのかもしれない。

男の車に乗せられて、やってきたのは、寺院のような場所で石畳と緑が広がった場所だった。正門には「呪術高等専門学校」と彫られていた。こんなあからさまな名前なのかと驚いたが、表向きは宗教関係の学校らしい。特殊課と同じ隠れ蓑かと合点がいった。
ある部屋の前に連れてこられると、その扉から血まみれの五条が出てきた。


「悟、」
「今は硝子が対処してる」
「容態は」
「よくない。硝子曰く、出血量が酷く呪力量も底辺だ。体力が持つかどうかが分からない。覚悟はしろと言われた」
「……今は、硝子に任せるしかないか」
「ああ、追い出されたよ。あいつの死体は?」
「灰原に監視させているが、損傷が酷い。名前がやったんだろう」
「あれで済んだだけましだろ。俺だったら塵一つ残さない」


夏油と五条は淡々と無表情で情報を交わしていたが、ぐっと殺気がずっと立ち込めていて息苦しい。それは、五条悟の殺気なのか。
夏油は、何かを思ったのか少しだけ溜息をつく。


「悟、あいつの残穢で間違いないか」
「間違いない。名前の家に残ってた残穢だ。全く、俺を欺くとは嫌になるね。腐ったミカンが」
「まさかこれだけ年数経って襲ってくるとは」
「ほんとだよ。甘かった。あいつも言うの遅いし」
「今更言ってもどうしようもない」
「今、夜蛾センが上の様子牽制がてら見に行ってる。上の動きもきな臭い」
「なるほどね。だから必要なんだね」
「そういうこと。時間がない」


そういうと、今度は俺に向かって目線をやる。


「オマエ、名前を救いたい?」
「、勿論」
「なら、今から洗いざらい、何が起こったか僕たちに話して。君は、生き証人だから」
「生き証人、」
「そう。あいつは一命を取り留めたとしても、下手すると死刑になる」


五条は、酷く綺麗な瞳に冷酷さだけを乗せて、俺を見下ろした。


「君は、名前を救う鍵だ」










話に入る前に、血塗れの服を着替えろと夏油に促され、俺と五条は服を着替えることとなった。誰かから貸してもらったシャツに袖を通し、部屋に入ると、そこには見知った人間もいた。


「萩原、」
「よ、」


ぎこちなく萩原が声をあげる。見知った顔に驚いていると、その隣には背が低い年配の男がいた。二人ともスーツを着ていて、今まさに到着したような状況だった。


「五条の坊ちゃん、ご無沙汰しております」
「いまだに坊ちゃんなんて呼ぶのはお前くらいだよ、狸め」


既にいた五条は、着替える前と同じような黒い服を着ていた。坊ちゃん、と呼ばれるのが違和感でいると、その男性がこちらを向いた。


「松田刑事、噂は苗字くんや萩原くんから聞いているよ。私は、公安部公安第5課課長の佐々木です」
「申し遅れました警視庁刑事部捜査第一課の松田です。特殊課の」
「ええ。私はただの一般人ですが、今回はこっちの領分でもあるのでね」
「よく言うよ。窓の重鎮が何を言っているんだか」
「あはは。坊ちゃんは窓の身分の低さをご存じないのでは」
「勝手に言ってなよ。あと坊ちゃんはやめろ」
「かしこまりました。五条さん」


萩原も、この二人の会話にはついていけていないらしい。俺たちが目を白黒させていたのに気付いたのか、椅子に座っていた夏油が足を組み替えて言った。


「ほら、二人は非術師なんだ。いろいろ説明しないと分からないだろう」
「ああ、そうだったね。松田くんたち、彼は呪術界の御三家と呼ばれる大家の一つ、五条家の当主でね。所謂こちらでいう財閥の御曹司と捉えてくれたらいい」
「当主」
「そこは説明しないでいいだろ」
「時間が許す限り全員の共通理解は広げていおいた方がいいでしょう。呪術界も警察社会にも関係のあることなんだ。苗字くんを助けるためならなおさら。どうやら、こちらは公安上層部が動いているようでね」
「公安だと、」
「まあ、狸に同意はするよ。松田って言ったよね?君は、どこまで知っている?もしくは、今回の戦闘でどこまで知った」
「どこまで、って」


五条の質問は、つっけんどんだが、無駄がなかった。どこまで知らされていたか、もしくは、今回の件で知ったか。俺は完全に後者だった。


「なら、まずは今のこちらの状況を説明する。その後に、最初から最後まで順を追って話してほしい」
「わかった」


瞳は既に目隠しで隠され、真っ白な包帯のようなものをつけていたが、五条にはきちんとこちらが見えているようだった。


「発端は、苗字名前の母親だ。もともと、名前の母親は呪術師の家系に生まれ、呪術師として育ったが、呪術界も腐った世界だ、非術師であり警察官だったただの一般人の男と駆け落ち同然で一緒になり、名前が生まれた。その時点で、母親は勘当されたらしい。ここまでは?」
「ああ、父親が警察官だということは聞いていた」
「よかった。しかし、呪術界は昔ながらの価値観が蔓延っていてね、未だに血筋と術式、つまり能力がイコール権力になる。まさに五条悟みたいにね」


言葉を引き取って話始めたのは、夏油だった。


「名前の母親はまさにその家の術式である結界術式を受け継いだ。しかし、名前の母親の兄は受け継がなかった」
「それの何が、」
「呪術師の家系は、家の術式を継ぐことが必至であり、未だに男尊女卑が残る世界だ。長男の兄は受け継がず、妹が継いだが、その妹は出奔。家は没落した。兄の立場はいかほどか」
「時代錯誤な」
「それが罷り通る世界だ。実際に、名前の母の両親、名前の祖父母が死に、兄が残された結果、名前が18歳の時に、家族は全員殺された」


萩原の相槌ばかりが、人間らしい。あまりにも夏油は静かに話すものだから、分からなくなる。
この世界では、当たり前の話なのだろうか。名前は家族の話をしたがらなかったから、無理にはきくことはしなかった。しかし、まさか殺されていたなんて。未成年で、一人残された名前にとって、苦しみはどれほどだっただろう。
先程の戦いがフラッシュバックする。
五条が、話を続ける。


「今話したことは、名前の家族が殺された後に調査して分かったことだ。名前には呪術師の家系のことや兄のことは何も知らされていなかった。概要が分かった時には、犯人であろう兄は既に行方をくらましていた。その際に、こっちの世界の上層部とのつながりだけではなく、警察関係者だった父親、警察上層部も噛んでいることが分かった」
「そんな、」
「当時は僕も若くてさあ、最強の力をもってしても、既に雲隠れした後で、流石に警察上層部を叩く力はない。流石に勝手に殺すとこっちが危なくなるからね」


まるで、簡単なことのように言う彼に、それが事実だということを、名前の戦いで思い知った。


「だから、名前は警察官になったのか」
「そういうこと。家族を殺した警察上層部を炙り出すために。だが、なかなか簡単にはいかなくてね。難航していた矢先に、これだ」
「名前も言っていた、警察上層部のつながりは誰かって」
「あいつは吐いた?」
「……いや、吐く前に死んだ」
「だろうね。どうりであいつが怒りで死にそうになってたわけだ」


期待していなかった声で、平然と言った。


「でも、その犯人っていう、母親の兄は今回死んだんだろ?それで、最低限は……」
「そう、ここからが本題だ。これまでいくら探しても見つからなかったのは、こっちの上層部が匿っていたからだ。で、万が一自分が死んだ場合のことも、そいつはしっかり画策していた」
「死んだことが問題なのか。でも、呪術界のやり方があるって名前が言ったんだぞ」
「確かに、こっちにはこっちのやり方がある。呪術師が善であれば、悪は呪詛師と呼ばれる。その呪詛師は、軒並み死刑が一般的だ。例えば、一般人を一人でも殺せば一発アウト。死刑確定となる」
「日本の法律とは、一線を画す規定で存在しています。そこには独立した司法や裁判などはありません」


佐々木課長が静かに言った。
三権分立のような権力の等分はなく、恐らく政府がそのまま命令を下すような形なのだろう。まるで太古の文明である。


「そう。だから呪詛師と確定された場合、呪術師が殺すのはこちらの規定では合法だ。しかし、それは、相手が呪詛師と確定されていた場合のみに限る」
「その男が呪詛師と確定されていないんですね」
「そういうこと。今日まで顔はおろか生死すら不明だった男だ。ただの呪術師だと認知される恐れがある。それを上層部のコネでやられたら、逆転、呪術師を殺した名前が呪詛師に認定され、死刑を求刑される可能性がある」
「襲ってきたのはあいつだぞ!」
「それを証明できるのは誰がいる?オマエしかいない」
「だから、君が必要なんだ。恋人の関係性は不利に動くかもしれないが、いないよりはましだ」


夏油が静かに言った。
佐々木課長が、目をゆっくりと瞬かせた。


「今は夜蛾学長はどこにいらっしゃるんですか」
「夜蛾学長には、牽制がてら上層部に会ってきてもらっている。そこで、名前の処遇が出る。
自分が殺せば名前は死ぬし、自分が死んでも、名前は死ぬ可能性が高い。どんな結末になっても殺したかったんだろう。執念を感じるね」


けらりと言って笑った五条は、何を感じているかは分からない。









今度は俺の番だと、促されて全てを話す。自分の家が割れていて、そこからあの場所に飛ばされたこと。錫杖があり、結界術式が使えなかったこと。未登録の拳銃のこと。縛りを結び、俺に手出しをしない代わりに、両手首を斬り落とされたこと。男は、名前の調査書を確認しており、そこで発動条件が手だと分かっていたこと。しかし、彼女は発動条件はなく、両手首を無くしても結界が発動でき、錫杖を取り上げた男を追い詰めたこと。
全てを話した。

萩原と佐々木課長は特殊課として呼ばれたらしいが、大きく動かすつもりはなく、佐々木課長もまた派手に動くつもりはないようだった。五条からは狸と呼ばれながら、飄々としている彼もまた、腹に何か抱えているのだろう。
ここ最近の特殊課の仕事にも手を入れられていたらしいという話から、近辺の調査を五条に渡すことのみが指令として出された。萩原は食い下がっていたが、一般警察が敵うものではないと一蹴された。名前の家族のことを出されたら、何も言えなかった。

話が終わる頃、血の匂いを漂わせた真っ黒の服を着た女が入ってきた。


「硝子、終わったのか」
「ああ」


酷く疲れた様子で、淡々と五条たちと話す。こちらは気にせずに話を進めた。
硝子という名前から、恐らく名前を診ていた医師であり、彼女の同期で親友だということも分かった。


「名前は、」


俺が思わず立ち上がると、彼女は静かにこちらを見て、君が松田か、と呟いた。


「死んではない、という感じだ。一応処置はしたが、とにかく失血が著しい。輸血が間に合ったかが微妙だ。意識が戻るかどうかは分からない」
「手首は、くっついたのか」


五条が、無表情で聞く。彼女は、うんざりしたように言った。


「一応くっつけたよ。だけどあの子、ほんとバケモンだね。あの状況で、切れた手首と腕の断面に結界張ってたよ。全てを遮断していたから、空気に晒される時間は短くて済んだけど、手首の方が完全に一度死んだ。できる限り神経も治したけど、手が動くかどうかは動かしてみないと分からない」
「あいつやっぱ狂ってるね」
「ほんとだよ。とにかく意識が戻るまで安静しかすることがない。今は伊地知に見張りをさせてる。私は少し仮眠をとるから、急変しない限り絶対起こすな」
「了解」


彼女はそう言って出ていった。
俺は思わず、そのまま座り込んだ。
彼女に生かされた命で、俺は何ができるのだろうか。



title by エナメル
20210802