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シエスタを決め込む者たち




目が覚めれば、隣には彼がいて、私は彼のセミダブルのベッドにブラウス一枚で寝ていた。下のスカートは椅子に掛けられているから、恐らく陣平が脱がしてくれたのだろう。
久々に寝た頭は心なしかすっきりしていた。酔いつぶれて寝ることはよいことではないが、少しくらい酒の力を借りてもよいだろう。そんな、堕落した大人の感覚が過ぎる。隣で、スウェットで寝ている彼のあどけない寝顔を見て、少しだけ心が和らぐ。起きたら御礼を言わなければならない。

携帯を見れば、まだ7時頃で、私はそのまま抜けだして早々にシャワーを浴びる。
曖昧に半同棲状態になっていた彼の部屋には、気づけば私の痕跡がたくさん残るようになっていた。彼のシャンプーの横に勝手に置いた市販のトリートメントとシャンプーで手短に髪の毛を洗う。あまりこだわりのないために、自分の家とは違う匂いが充満して、彼の家だということがまざまざと脳内に直接響いた。
シャワーから出て、私もスウェットとブラとキャミソールを着る。湯上りに服を着るのは面倒で、肩にタオルをかけたまま、キッチンへと向かう。
冷蔵庫から水を取り出して飲みながら、軽く携帯をチェックした。昨日の硝子からのラインに返信をして、軽く仕事のメールを見る。今日は、本業は休みだが、任務は午後から入っていた。せっかくの休みにも基本任務が入るため、1日オフな日は最近はない。少しだけ溜息をついて、概要は後でチェックしようとファイルを閉じる。

冷蔵庫にかかっている、私が買った無印のシンプルなカレンダーを確認した。特に私がこちらに帰ってくる日や自分の家に行く日を決めているわけではないが、今ではもうほとんどの休みの日はこちらに来ている。だからこの部屋にくる予定は書かれていないが、カレンダーにはお互いのシフトが記入されている。互いにイレギュラーな業務が多いため、必ずしもこの通りではないが、一つの目安にはなる。今日の日付には、私の丸で囲まれた休みという文字と、午後任務の字。彼の字で、夜と書かれていた。予定通りであれば、彼は今日夜勤の日だろう。昨日、何時に帰ってきたかはわからないが。

変更がなければ、今日の朝は珍しく二人で過ごせる日だ。彼が起きてくるかはわからないが、作っておいても損はないだろう。食べなければ私の軽食になる。
冷蔵庫の中から、卵とレタス、トマトがあることを確認して適当に準備をする。シャウエッセンもあったから、一袋使ってしまおう。


「何作ってるの」
「陣平、起きたの。ごめん、起こした?」
「いや、ちょうど起きただけ。はよ」
「おはよ」


突然、後ろから腰に回ってきた手にびっくりする。レタスをちぎっていた時だったからよかったが、包丁を持っていた時だったら危なかった。人に危害を与えるところであった。
彼は、まだ半分起きていない顔で、髪の毛をかきあげて、私を後ろから抱き締めて肩に顎を乗せる。
寝起きはそこまでよくはないが、きちんと挨拶は必ずするところが好きだ。


「俺の分は?」
「勿論あるよ。食べる?」
「食べる。名前、ちゃんと乾かせよ、髪」


そう言って、彼は私の髪の毛を後ろからさわさわと触る。もうほぼ乾いているが少しだけ濡れが残っている。


「あーめんどくさくて。あと昨日、ごめん、ありがと」
「おう。ちゃんと鍵まで閉めて玄関で寝てるのは毎回ビビるけどな」


私のよくない癖を、彼は今のところ呆れて許してくれる。よくできた恋人だと思う。そんなところに甘えすぎるのもよくないと分かっている。


「そろそろ卵焼くから、どいて」
「えー」
「陣平」


ずっと後ろから抱き締められたまま、彼は手持ち無沙汰に私の髪の毛をくるくると弄んでいた。意外と、恋人の彼はスキンシップが多い。私だけのささやかな秘密である。


「わーったよ。シャワー浴びてくる」
「いってらっしゃい」


そういって、準備に集中しようと下を向いた時だった。さわ、と弄んでいた手をそのまま私の首元に滑る。ちゅ、と音を立てて、項に甘い刺激が伝わった。
思わず、びくりとして、手を首元にやると、既に彼は離れてそんな私の驚いた顔を見て、笑っていた。


「ちょっと、!」
「あっは、顔真っ赤。相変わらず初心だな」
「じんぺい!」


完璧からかっている彼の後ろ姿に、私は思わず彼の名前を呼んだ。彼はひらりと振り返って、してやったりの顔で言葉を続ける。


「そんなところも、可愛くて困る」
「っ!もう!」


けらけらと笑っている彼の声がバスルームから聞こえてきて、顔が真っ赤だろう私は悔しくて、頬の熱さを誤魔化しながら、私はウインナーと卵を割り入れた。








今日は、年に一度開催される姉妹校である京都校との交流会だったらしい。今年は東京で行われたため、京都校の人間がこちらにやってくる。
高専の主要メンバーはこのイベントにかかりきりになるため、自然と他の呪術師が任務にあたることになる。私は毎年、この日は任務が入っていた。本来は面倒だが、それで若人の青春を守ることができるならたやすい。

京都校の人間が、こちらに来ることは早々ないため、対抗試合の夜、私は硝子を誘って久々に歌姫先輩と3人でご飯をしていた。ざるの硝子と、絡み酒の先輩、普通の強さの私で女水いらずの飲み会は、どうしても盛り上がる。


「で?聞いたわよ名前、あんた彼氏できたんでしょ?やっとあいつ捨てたのね!」


五条と夏油を目の敵にしている先輩は、けっと赤い顔を歪ませて吐き捨てた。


「めっちゃ惚気しかいわないですよ、こいつ」
「硝子!」
「はっ、羨ましい限りだわ!あんた今は幸せなんでしょーね!?」
「はい、幸せ、です……」


お猪口を持って、私に詰め寄る先輩を躱しきれずにたどたどしく言った。助けを求めて硝子に目線をやるも、面白がっていて止める気はないようだった。


「はー!まあいいわ、あんたが幸せなのが一番よ、あんな奴に大事な後輩取られなくてよかったわ……」
「歌姫先輩ー!」
「あっついわくっつかないで」


自分からくっつくのは良い癖に、人から絡まれるのには厳しい先輩である。しっしと手で払いながら、歌姫先輩はお猪口を煽る。
なんだかんだ言いながら、最後潰れた先輩を運ぶのは、硝子が呼びつけた夏油か五条なのだが、記憶がない先輩はいつも綺麗に忘れている。
元々人手が少ない呪術界の中でも、さらに女性は少ない。気づけば、プライベートの話から呪術界の噂話になる。家柄が今でも色濃く政治に反映される時代錯誤な世界の為、興味がなくとも、処世術として最低限の情報は知っておいた方が自分のためにもなる。


「で、あの五条が女切ってるらしいって本当なの?こっちにまで噂になってるんだけど」


憎らし気にも先輩は驚いたように口にした。私も、その話は初耳で驚く。
現在、東京校には五条がいるため、実力や権力の天秤は同じくらいだが、京都校の方は土地柄、家柄重視の人間が多い。御三家と呼ばれる本家も京都に居を構えているからだ。所謂保守派の人間が多い。対して、五条は革新派である。


「あー、本当みたいですよ。その切り方もクソみたいな切り方ですけど」
「え、私初めて聞いたんだけど」
「あんた、新しい男出来たら乗り換え早いタイプなのね。一応クズでも昔の好きな人でしょ」
「そういえば最近五条と話す機会減ったんですよね。あっちが忙しいから」
「名前も十分忙しいでしょ。五条のせいで二足の草鞋履かされてるんだから」
「え?あいつのせいなの?!あいつまだそんなことしてんの?!」
「いやいや違いますよ。警察してるのは私の意志なので。というか、硝子本当なの?五条、彼女の一人や二人途切れさせたことなかったでしょ」


五条は、ここ数年彼女を途切れさせたことはなかったはずだ。流石に、私でもその事実は把握していた。
彼が本当に好きだったかはしらないが、彼女は途切れさせたことはなかったし、セフレもいてもおかしくなかった。容姿だけは格別にいい男だし、金もある。硝子から言わせれば、性格が全てをマイナスにしていると言っていたが、五条は女に困ることはなくて、それを十分自覚していたはずだ。


「名前から言われるなんて相当ね」
「昔から遊んでましたからね」
「それでも好きだった名前がおかしかったものね」
「ああ、あいつ最近女切ってるらしいよ」
「突然どうしたんだろ」
「さあ、あいつの気まぐれじゃないか」


興味なさげに硝子が言った。
私は、意外で少し考え込んだ。気まぐれにしても、私があれだけ好きだ好きだと言っていた時から女遊びはなくならなかったのだ。夏油に何か言われたのだろうか。
そんな私を、ふと歌姫先輩がじっと見つめて言った。


「まさか、あんたちょっと気になってんじゃないでしょーね」
「そんなわけないですよ!ちゃんと今の人いますから」
「ならいいけど。あんたが好きじゃなくなってから突然切るのも嫌味なやつね」
「あっはは」


私は笑った。歌姫先輩の言葉が、少しだけ図星で私は自分自身すらも誤魔化す。


「でも、京都まで届いてるっておかしくないですか」


硝子の言葉に、私もはたと気づく。
そうだ。歌姫先輩の耳にまで入っているということは、結構な話として広まっていることになる。


「彼女とかを切ってるのはどうでもいいのよ。それだけじゃなくて、許嫁までも破棄を言い渡したらしくて、相手方の家と一悶着起こったらしいわ」
「それは私も知らなかったな」
「逆に、東京の方には出てないのかしら」


学生の頃に、許嫁の存在は知っていたが、彼は別に気にも留めていなかった気がする。
彼女は別にいたから、てっきり既に破棄しているものだと思っていた。


「そこがちょっと面倒な家でね、いつもの五条の力で押し通したものの、当の本人が納得していないらしいわ」
「えー、大変ですね」
「硝子他人事」
「他人事だからね。あいつの自業自得だが、相手も相手だな」
「そうね、五条のことだから、決められた許嫁なんて言うこと聞かないだろうに」
「まあ、五条も五条なら、相手も相手ってことよ」
「なるほど」


一般家庭で育てられた私にとっては、五条家や禪院家のような世界は時代劇の中の世界だ。
五条は他人の意志で道を決められることを酷く嫌がるから、五条を知っている人間であれば、許嫁というのも形だけで、破棄を言い渡されても五条らしいなと思うだろう。しかし、それが常識で通っている世界では、このようなことは酷く屈辱的でもあるのかもしれない。


「名前も他人事じゃないのよ。まあ、もう好きじゃないって聞いて安心したけど」
「え、どういうことですか」
「そういえば、あんた高専の頃、許嫁から喧嘩売られてたじゃん」
「えー?あ、あー、思い出した、ような気がする」
「そんな覚えてないの?信じられないんだけど」
「先輩、この子、どうでもいい記憶すぐ消すんですよ」
「五条とそっくりじゃない」
「先輩、それはやめて。思い出した!思い出したから!顔と名前は覚えてないけど……」
「すっかり忘れてるじゃない」
「だって、なんか勝手にいちゃもんつけてきましたけど、すぐどっか行きましたもん」


確かに、よくよく記憶を遡れば、高専時代に、五条の許嫁という女が東京校に乗り込んで何か私に突っかかってきた気がする。しかし、すぐに五条に追い返されていた気がする。


「あれは当たり屋みたいなものでしたから」
「でも、あの時も名前が五条のことが好きってことを知って乗り込んできたんでしょう?ないとは思うけど、あんた、界隈ではまだ、五条のことが好きって思われてるんだから気を付けなさいね」
「え?何をですか」
「だから、今の感じだと逆恨みされてもおかしくないわよ」
「まっさか!付き合ってないですよ、五条と私」


あれだけ好きだとオープンにしていたにも関わらず、五条は首を縦に振らなかったのである。
同情こそされども、恨まれる覚えはなかった。


「まあ、確かに、外から見れば、五条がこれだけ女を突然切り始めたのは本命が現れたと思われても仕方ないのか」
「そういうことよ。反吐が出そうだけど、腐っても相手は五条よ。馬鹿な真似をする家が出てきてもおかしくないわ」
「え、そんなですか」
「なんだかんだあいつも御三家の坊ちゃんだからな。ま、名前がんばれ」
「硝子まじで他人事」
「他人事だからな。骨は拾ってやる」
「一応注意しときなさいよ。たぶん大丈夫だとは思うけど」
「先輩ここまで言って手離すのやめて」
「最悪あいつ差し出せばいいわよ」


けらけらと酒を流し込む二人に、私は溜息を吐いた。そう言いながら、一番高をくくっていたのは自分だったのである。


title by 星食
20210714