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ミジンコほどの愛に欺かれているのさ





珍しく時間が合い、特級術師の金で飲みに来ていた。酒も料理もデザート(私は食べない)も美味いこの居酒屋は、昔から私たちの定番の店である。普通の仕事についているものなら、20代前半ではなかなか通うことは難しい店でも、呪術師の金ならば、これくらいの贅沢は余裕である。基本的に誰もが働きづめで、金を使うところなどあまりないからだ。
今日は、同期の一人は断り、3人での飲みである。1人が急遽任務が入り、遅れてくる中、勝手知ったる私たちは、その人間を待つこともなく、先に酒盛りを始めていた。


「そういえば、今日は名前は来ないのかい」
「ああ、先約が入っているらしい」


初っ端から日本酒を瓶で頼み二人で煽る。この面子で飲み方など気にすることはない。目の前の夏油も涼しい顔をしながらお猪口から冷酒を煽っている。
個室で、酒盗、たこわさ、いぶりがっこ、サラダ、刺身、と酒飲みしかしない注文の仕方である。どうせもう一人がきたら、がっつりご飯ものやデザートが並びカオスになる。


「まさか、あの噂の」
「そうらしい。久々のデートだってよ」
「あの子に春が来たねえ」


彼女自身は、ただご飯を食べに行くだけだといっていたが、先に約束していたのと、久々だったこともあり、申し訳ないと連絡がきた。私たちはどうせくだらない話しかしないのだから、何も気兼ねなく行ってこいと追い出した次第である。逆に、この3人で良かったかもしれない。私と夏油にとって、ここ最近の一番のホットニュースはこの話であるからだ。


「いよいよ悟の事を諦めたのか。あの子が」
「いや、明確には諦めたわけではないが、それでも、ものは試しと付き合うことにしたらしいよ」


つい先日、彼女から報告があり、半強制的に彼女の家に押しかけて、夜通し話を聞いたときのあの子を思い出す。思いのほか、明るく幸せそうで良かったと思う。
後半はもはや惚気であった。


「まあ、私たちはいつ死んでもおかしくないしね」
「そう。あの萩原ってやつにそういわれて考え直したらしいよ」
「はは、あのひょうきんな呪霊が見える同期か。結果的に良いアシストだな」
「確かに、言っていることは間違いではないからね。あのクズに一途でいる間に、遊ぶくらいすればよかったのにそれすらしなかったんだから」


彼女は、私たちの中では、常識人だったが、私たちと同様に、十分イカれた人間であった。
自分の命は大事にしないくせに、同期や身内に入れた人間には恐ろしいほどに甘い。普段は穏やかで甘い人間ほど、怒らせたら世界がひっくり返る。実際に、それで酷い現場を見たのは一度や二度では済まない。そんな愛が重いところも嫌いじゃない。

そんな彼女は、遊べばよかったものの、学生時代から呆れるくらいに五条一筋であった。
対して五条は女をとっかえひっかえし、挙句の果てに3日間も持たない恋人など平気で作っては捨てていたのだから、彼女も若かりし青春時代、遊べばよかったものの、全くそんなことに興味がなかった。五条の為に、という期待よりも、ただ彼女自身が、他の男との恋愛にまるきり興味がなかったのである。
好きでもないのに、知らない人間と時間を費やすのは要らないといって、私たちと遊んでいた。そんな彼女が、愈々五条ではない男と付き合い始めたのである。これは大きな変化だった。


「いい子だからね、引く手あまただろうに」
「お疲れサマンサー!待った?」


意気揚々とノックもなくずかずかと入ってきたのは、白の包帯を目に覆った大男である。手に紙袋を持っているのは、恐らく任務先で土産でも買っていたんだろう。


「待ってない」
「いけずだなあもう硝子はー。はい、硝子は地酒に、傑には蒲鉾」
「ありがとう、悟」


勝手にメニューをぶんどって、好き勝手に注文をし始める。
五条のマンゴージュースが来たところで、改めての乾杯をする。


「で、何の話をしてたの」


すでに、ステーキとアイスクリームという、意味が分からない食べ合わせで食べながら五条が言った。
酒を煽りながら、夏油が穏やかに言う。


「名前のことだよ」
「名前?今日いねーの、あいつ」
「ああ、デートだってよ」


同期会である。五条がそう聞くのはおかしいことでもなかった。しかし、私が続けた言葉に、一瞬アイスクリームのスプーンが空中で止まる。

「は?デート?」
「あれ、悟は聞いてないのかい。あの子、彼氏ができたらしいよ」
「は、聞いてないんだけど」


とろり、と溶けたアイスクリームが空中のスプーンから落ちる。けらけらと、五条の様子をみながら興味深そうに夏油が言葉を重ねた。


「悟には言ってなかったのか」
「言う道理もないだろ」
「え、何、硝子も傑も知ってた感じ?なんで俺には報告ねーんだよ」


むすり、と一瞬で眉間に皺が寄る五条を、私は顔色を変えずに面白く観察していた。夏油も同様である。
知らぬ間に、昔の一人称に戻っていることには気づいているのだろうか。


「好きだった男にわざわざ言うのもおかしいだろ。いずれ知ったことだろうに」
「んだけどさ、」
「それとも何かい?名前がずっと悟のことを好きだとでも思ってた?」
「はあ?んなこと思ってねーよ。ま、あいつのこと好きになる物好きなんていたんだなと思ってー」「クズめ」


五条がぐるぐると溶けかけたアイスを混ぜて液体にする。私は、五条にはき捨てて酒を煽った。


「何?あいつの相手、あのずっと告ってたやつ?」
「らしいよ。話を聞く限り、お前らよりよっぽどいい男だよ」
「は?僕らよりいい男なんてなかなかいないだろ」
「手厳しいな。写真はないのかい?」
「あ、萩原からもらったツーショある」
「萩原って、悟と名前が連れてきた男だろ。いつの間に連絡先知ってる仲になったの」
「あの時に、あいつから声かけてきた」
「はっ、プレイボーイだな」


確かに軽薄な男ではあったが、友人としてはなかなか悪くない。お互いに親友の情報交換のために交換したものである。
それから定期的に、連絡をとっている。ちゃらちゃらしているが、頭は良い男なのか、名前の親友枠である私に対しても、自身の親友である松田の売り込みに余念がない。


「今は、萩原も特殊課だからな。名前の情報も自然と入ってくる」
「なるほどね」
「あ、あったぞ」


2人に見せたのは、萩原から送られてきた二人のツーショットの写真だった。もともと友人として仲が良いとは聞いていたから、恐らく3人で飲んだ時のものだろう。酔っぱらっているのか、少しだけ顔を赤くしてへにゃりと笑う名前と、その隣で、つんとそっぽを向いている男がいた。
私の携帯を前にだすと、二人ともが気になるのかでかい男が顔を寄せ合う。


「これが松田か、意外とイケメンじゃないか」
「そうか?僕の方が顔は良いだろ」
「そりゃ、悟と比べたら難しいだろ」


不貞腐れたようにそう言う五条が面白くて心の中で笑った。


「松田の粘り勝ちだな」
「はあ?あいつがこんな男選ぶなんて趣味悪」
「結局、女性は愛された方が幸せさ」
「そういうこと。靡く気のないお前を追いかけているより、よっぽど良い選択だと思うよ」


夏油と私の言葉で、言葉を詰まらせるように五条は口を曲げて肉を自棄糞で頬張った。


「まあ、これからだろうけど、もともと仲が良くて二人で遊びに行ったり食事は行っていたみたいだから、人となりも分かっていたからだろう」
「……ふうん、どうせ、長くは続かないよ。あいつは良くも悪くもズブズブにこっち側だ。非術師と呪術師ではうまくいかねーよ」
「いや、そんなこともないんじゃないか。名前の両親は、呪術師と非術師の家庭だろう。両親がそうなら、イメージはつきやすい」
「しかも父親が非術師で警察官だろう。案外、とんとん拍子でゴールインでもするんじゃないか」


私たちの言葉に、ますます不機嫌を隠さずに、五条は口を閉ざす。この席にいるのが、伊地知などだったら、この分かりやすく不機嫌を垂れ流している五条の様子に胃を痛めるだろうが、夏油と私はものともせず飲み続ける。良くも悪くも付き合いは長い腐れ縁である。これくらいの機嫌が悪い五条の扱いなど、当然のごとく心得ていた。





敢えて、機嫌を直そうとせず、夏油とたわいもない話をして、夏油が席を外した時だった。既に日本酒は2本目を迎えて、五条はひたすらに飯とデザートを交互に食っていた。
携帯を取り出して、メールを確認していると、突然、静かだった五条が何かを煽って、ごちん、と大きな音を立てて机に突っ伏す白髪の男がいる。
私は目を瞬いて、五条が手に持っていたものを確かめると、それは夏油が飲んでいただろう日本酒だった。


「ただいま、って、悟どうした」
「日本酒煽ったらしい」
「本当かい?なんで悟……」
「知らない。ま、後は頼んだ」
「最悪だな……こいつ重いんだよ」
「だろうな」


今回は既に夏油がいるので、私は我関せずである。190cmもある大男を介抱できるのは、夏油か七海くらいだ。今回は、下手なカクテルではなく日本酒だったからか、絡み酒になることはなく秒で落ちた。
夏油も慣れたように、五条を奥に追いやって、そのまま座る。五条の手にあった猪口を奪い取って、手酌で酒を注ぎたした。


「なあ、夏油」
「なんだい」
「こいつ、本当にあの子のことなんとも思ってないの」
「さあ、私にも分からないんだよ。確証は持てない」


8年近く、名前は五条のことを一途に思い続けていた。今も、完璧に想いが消えたわけではないだろう。その8年の間に、彼女は正攻法で告白していたし、五条はそれに最悪な形ではあるが、しっかり振っていた。それでも彼女は諦めなかったし、五条は彼女の想いを知りながらからかうという酷いことをしながらも、決して肯定の返事はしなかったのである。
私たちにしても、どれだけこんなクズ諦めろといっても彼女は諦めなかったし、そういう意味では、お互いに手遅れであった。

長い年月を経て、気づけば、「苗字名前は何があっても五条のことが好き」という事実が、私たちを含め、浸透していったのである。その事実に、五条自身も圧倒的な自信を持っていたし、最悪な自意識であるが、それが過剰にならないのは、厄介なことにどこまでも事実であったからだ。
彼女は、どんなことがあっても、五条のことが好きであった。
まるで、普遍の理のようだった。

だから、当たり前のように、「あいつは僕のことが好き」という前提で会話は進められるし、自ら言って憚らない五条を嗜める人間もいなかったのである。
恋愛感情で、そばに置くつもりはまるでないくせに、五条は、あたかも彼女のことを自分のもののように捉えている節があった。
硝子や夏油がそれを嗜めたところで、五条は言うことを聞くはずもないし、彼女自身もそんな五条に甘かったのは、名前の責任でもあると思っている。

しかし、その理がひっくり返ったのである。「苗字名前は、五条のことを好きではなくなる」ことにより、彼自身の言動も今後は変わるだろう。
この変化は当たり前のことであるし、これまでが、彼女の感情に胡坐をかきすぎていたのである。

今回の飲みで、彼はまるで、自分のものがとられたかのように面白くないという反応をした。これまでがおかしかったのであるが、それはただ、自分に好意を寄せていた玩具が、離れたという身勝手な感情のみであるのだろうか。それとも。
まるで、自分から離れることは許さないというような、嫉妬のような執念すら、うっすらと感じたのは気のせいだろうか。


「どちらにしろ、悟も進まなくてはいけないだろう」
「……はっ、今更、自業自得だがな」
「まだ、名前は完璧に忘れたわけではないんだろう?」
「夏油、」


ゆるりと、面白そうに口角をあげた食えない男に、私は片眉をあげた。そんな私に、夏油は穏やかに酒に口をつける。


「何もしないさ。馬に蹴られたくはない」
「……どちらにしろ、あの子が幸せならそれでいい」
「私もそう思うよ。まあ、健気に口説いて、あの名前が絆されたんだ。ならその逆もあり得なくもない、とは思っているよ」
「……失ってから気づいてももう遅い」
「ねえ、硝子。私たちは呪術師だ。呪術師は皆狂っている。そんな人間が、本気になって手に入れられないものなんて、あると思うかい」


ましてや、あの五条悟だぞ。彼は緩やかにそういった。
御三家の五条家当主であり、人類最強と名高い人間。性格以外は全てを手に入れているといっても過言ではない。
現在数人しかいない、もう一人の特級呪術師である人間がゆるりと笑う。私は、それを見て、反吐が出るように溜息をついた。


「……泣かせるなよ」
「私は泣かせないさ」


意識を失って眠りこけている男を一瞥しながら、私は、眉間に指を寄せた。



20210531
title by 星食