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美しい欠片


宮廷にいるかもしれない。

突拍子もない考えだと、自分でも分かっていた。それを呟いたときに隣にいた木蓮すら、私を困ったような顔で見ていた。
それでも、もう私が探していないところなど、そこしかなかった。もはや、宮廷以外には国外かもしくは既に死体となって処理されているかどちらかしか考えられなかった。
しかし、流石にあの男が自由を与えてくれているとしても、宮廷に私が行くことは不可能に近い。ただでさえ、本来ならば法律により発見次第殺されていてもおかしくない私が、皇帝の側近であるらしい男が匿い、生かしているだけで、ばれたらあの男ともども極刑である。改めて考えると、何故、あの男は私はそばに置くのだろう。
考えても、答えなどない。


「馬鹿かそなたは」
「……分かってるわよ、それでも」


私の目の前で、木蓮と私が作った夕餉を食べながら
溜息をついた男は、呆れたように言った。その近くに控える木蓮もまた、私が昼に言った時と同じ

ように困ったような顔で私たち二人を見ていた。


「でも、なんだ」
「……もう、そこしかないわ。そこにいなかったら」
「いなかったら、そなたは諦められるのか」
「……分からない」


本音であった。私は、どこまで探せば、どこまで縋りつけば、あの子が生きているという希望を捨てられるのだろう。私は、何も言えずに俯いた。希望を一つ一つ潰していっているようなものだった。
黙った私を、彼はじっと見つめていることには気づかなかった。どれくらい経ったか分からぬ沈黙が包む中、彼が口を開いた。


「一度だけだ」
「……え?」
「なんだ。必要ないならいいぞ」
「いえ、一度だけ。お願い」


彼に縋りつくように見つめると、男は食べ終わった手で扇子を持ち目線を隠した。







「なぜ、私が男装しなくてはいけないのか、」
「声を慎め。ほら、他の人間がやってくる」


澄ました顔で、殆ど口を動かさずに私の耳元に寄せて言葉を吐く男を、私は見ることもなく不満を訴える。扇に隠して、男が注視している方を見ると、そこには宮女数人がこそこそしながらこちらを見ていた。それに男が慣れたようににこやかな表情を返すと、きゃあ、と声を上げて挨拶をしてざわざわしている。


「なるほど……」
「なんだ」
「いえ、私がこの格好の訳が分かった」


声を潜めて、できる限りの低音で呟く。後ろについている下男は木蓮ではなく、菫児と名乗った。宮廷内で付いているのは菫児が多いとのことだった。くれぐれも無事で帰ってきてください、と木蓮には念を押され、そんなに死に急ぎそうか、と男に聞けば、これまでの行いを振り返れ、と呆れられた。確かに、木蓮にはいつも心配で青ざめた顔をさせてしまっている気がする。
私は彼と同じ宦官の服装をさせられ、うっすらと男装の化粧ををしている。流石に男のものを着るには背が足りないから、彼はどこからか私が着てもおかしくないような官服を持ってきた。薄い水色の綺麗な服は、私には分不相応である。そもそも男装に慣れず、反抗したものの、処刑人だということ忘れたのか、と言われてしまえば、私に言葉はなかった。
また、結局この格好できたのは正解だったのだと腑に落ちる。これまでも、今も、男のそばにいればきゃあきゃあという声や好奇の眼に晒される。私がおかしいのかと思っていたが、どうやら目の前にいる男のせいらしい。彼は大層後宮の女から、人気らしい。そして、彼はそれを知らぬふりをしながら、にこやかに処世術でいなしている。性質が悪い。もし、私が下女でもなんでも女の立場でこの男の近くにいたならば、悪目立ちしてしまって仕方なかっただろう。


「無駄口叩いている暇はないだろう」


男は、私に捨て置きながら、変わらずに予定を済ませて出ていこうとする。私はそれで我に返った。
どうせ、私の顔など、女も他の男も知らないだろうから、特に正体がばれることには不安はない。ばれるとしたら、宦官の振りをしている女が紛れ込んでいるということくらいだった。
今回は、宮廷に少しと後宮に入らせてもらい、一巡する間だけ猶予を与えるというものだった。男は宦官であるが、やはり高位の人間なのか、宮廷でも一目置かれているらしい。嫌な目線もあったが、どうせ僻みや嫉みであろうから、特に気にもならない。
後宮にも宮廷にも自由に行き来できる人間であった。そのような人間は希少であることは私でも理解できる。
彼の後ろに静かにつきながら、目を広げていたものの、結局我が弟には出会わなかった。
そろそろ後宮を出てしまう。流石に下女たちが住むところに足を踏み入れるのは宦官の男でもできず、私は後ろ髪をひかれながら、出口に向かっているところだった。


「あら、玄月」
「……葵才人」


男の足が止まる。私もその男の背で足を止めた。後ろから盗み見ると、目の前には、快活な表情をした女御がいた。
足を止めた目の前の男の声が、少しだけいつもと違ったような気がした。


「見慣れない方を付き人としているのね」


私の後ろには、幾分小さい少年の菫児がいた。恐らく、大人の宦官が連れ立ってこの男と一緒にいることは珍しいのだろう。
目の前の女御は、男とは勝手知ったるような仲のようだった。
私は咄嗟に男の後ろに体を引いた。男はにこやかに笑ったまま応対をする。


「ああ、こちらは新人でして」


男は、一瞬の隙がなかったように、にこやかな顔を繕い、言葉を落とした。
この状態では、挨拶をしない事は失礼にあたる。私は少しだけ前に出て、腕を前に組み、すぐに頭を下げた。
この宮中において、宦官ではない人間が紛れ込んでいるのは万死に値する。


「ご紹介に預かりました、桂花と申します」


男が与えた名前を口にする。私には分不相応な、美しい金木犀。香り立つその花を思い浮かべて打ち消した。
偶々、男の庭には金木犀が植えられていた。ただ、それだけだったろう。
目の前の女性は、少しだけ目を瞬かせて、男の方を見て笑ったようだった。


「まあ、うふふ」


にこやかに笑う彼女の理由がわからず、私は頭を下げながら、内心首を傾げた。
それを窘めるように、男は、女官の名を呼んだ。


「……葵才人」
「あら、顔を上げてください」


彼女に言われて、私は顔を上げた。少しだけ、顔を隠したままだったが、私の不思議そうな瞳が届いてしまったのだろう。


「珍しいわね、あなたが花の名前をつけるなんて」


彼女はころころと笑った。
酷く綺麗な人だと思った。男は少しだけ苦笑いをしながらも、柔らかい表情をしていた。恐らく彼らは、顔見知りの仲なのだろう。それも、親しい部類の。
私は、彼の微かな柔らかさに少しだけ瞬き、男の後ろに控える。
この、奥底で挫けた心臓の痛みはなんだろう。ただの動悸だ。目を伏せた。


「やめてください、調子に乗られると困ります」


彼は静かに言葉を紡いだ。何もおかしいことは無い。男がかけた言葉は、新しくついたばかりの下男にかける言葉だ。


「少しくらい、褒めてあげなければ。あなたは分かりにくいのだから」
「いいんですよ、厳しいくらいで」


戯れのように見えた。落ち着き払った彼らの言葉が、遠い世界のように見える。
彼女が、私の方をみて声をかけた。ここで、反応しないのも失礼であった。


「玄月様には、大変良くしていただいています」


再度、頭を下げる。本当のことだった。


「そう。それなら良かったけど」
「甘やかさないでください。では、これで」
「また、」


にこやかに切り上げる男に、葵才人は綺麗な笑みを向けて頭を下げる。
絵になる二人を見つめ、去っていく彼女の後ろ姿をみていた。


「何ぼんやりしているんだ、帰るぞ」
「……ええ」


にこやかな笑みは消え、素っ気ない声が上から聞こえる。時間切れであった。
弟を見つけることも叶わず、私は、何かを自覚しかけた心をすぐさま殺した。


20230206
title by 東の僕とサーカス