これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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「見に行った者もいると思うが、誠凛と海常の練習試合は誠凛が勝った。今年の誠凛は去年と格が違う。お前らもこれまで以上に励み、今自分に何が出来るのかよく考えろ。今日は以上。解散!」
「ありがとうございました!」


監督の低い張りのある声にあわせて、何十人という重い声が重なった。

インターハイの予選試合がそろそろ始まろうとしている。その矢先に、海常と誠凛が練習試合を行ったらしい。キセキの世代をうちの学校同様獲得した学校同士だったが、噂では海常の方が圧倒的に有利だった。二年から初めてすぐさま帝光レギュラーになった天才の黄瀬涼太。しかし幻の六人目と言われ、存在すらもあまり知られていない黒子テツヤ。それに加えて、長年の全国大会常連校である海常と、去年新設されたばかりのまだまだ日の浅い誠凛。誰もが、海常が勝つだろうと思った。しかし、結果は負けた。その様子を真ちゃんとともに一部始終見ていた。
試合は凄まじいものだった。嫌と言うほどわかった。そして、改めてキセキの世代は化け物だと思った。真ちゃんの3Pを初めて見たときも、鳥肌がたったが、慣れてきていてすっかり忘れていた。真ちゃん以外のキセキの世代も相変わらず凄くて、すぐさま完璧にコピーしているし、変なパスをしては流れを狂わせていた。その様子を見つめている真ちゃんも、何を思っているのか終始険しい表情だった。やはり、なんだかんだ言って帝光のことを、大切に思っているのだろう。


「真ちゃーん、ボール取って」
「それくらい自分で取りにいけ」


インターハイが近づくにつれて、放課後の部活は厳しさを増し、その疲れ切った体に鞭を打つようにさらに自主練の中身も濃くなった。それに加えて日が長くなるから、部活も自主練も段々と知らないうちに長くなっていっていた。
相変わらず最後に残るのは宮地さんと真ちゃん、と俺。ひたすらシュートをし続ける背の高い後ろ姿を時折見ながら自分の練習に没頭した。天才が努力をするのに、自分が努力をしないわけにいかない。


「今日はそろそろ終わるぞー。早く片づけろ」


宮地さんはすでに自分の散らかしたボールを籠の中に入れ、体育館倉庫にしまおうとしている。それに急いで追いつきながら、モップをかけて戸締まりをした。宮地さんと俺たちは帰る方向が違うから校門からでて反対方向に足を進める。


「なー真ちゃん」
「なんだ」
「今日名字ちゃんそわそわしてなかったー?」


相変わらずクールな名字ちゃんは、俺のマネージャー勧誘もクールに受け流し、のんびりと毎日を過ごしている。その名字が、いつもより少しだけテンションが高かった気がする。何となく。最初は自分の思いこみかなと思ったけれども、お昼の時に確信した。


「だって昼のときミニトマトくれたんだぜ。名字ちゃんそれだけはくれなかったのに」


あいつは存外心が広い部分と狭い部分がはっきりしているようだ。その一つが食べ物。一緒に食べることは未だないものの、時々俺はあいつの友達と二人で食べている時に覗いてはおかずをねだっていた。
ブロッコリーもウインナーも卵焼きも魚のフライも唐揚げも煮物もチャーハンもたらこスパも、頑張って強請ったら、うんざりしながらも渋々くれたのだ。しかし、その中でくれなかったものがプチトマト。毎日絶対一つ入っているプチトマト。俺はとても好きって訳ではないけれど、久しぶりのその赤さになんとなく食べたくなって言ってみたら、弁当をさっと隠して俺に微笑む。その微笑みは温かみどころか絶対零度に冷え切っていて、目は笑っていない。あからさまなオーラで、これは渡さんという感情がびしばし伝わってきた。めちゃくちゃ食べたかった訳ではないが、そこまで強情にされたら何としてでも食べたくなるのが人間の性だ。
結局、食べることは出来なかった。奪おうと思えば奪えるほどの隙はかろうじてあったものの、いつものんびりとしていてなんやかんや言いながら折れる彼女にしては、驚くほど執着しているものだから、もし力ずくで奪った場合のことを考えると後が怖すぎる。そこまでの勇気は俺にはなかった。ただでさえ好きな奴、もしこれで口を聞いてくれなくなったら俺は生きていけなくなる。いや、たかがプチトマト一つで大袈裟だと笑うかもしれないが、それが笑えないほど怖かったのだ。あんな名字は見たことがない。
だから、今日ミニトマトをくれた出来事は大きな衝撃だったのだ。


「あれはそわそわというより、何かに気を取られていてぼんやりしていたのだよ」


さすが中学から一緒にいるだけはある。当たり前のように言ってのけた。


「そういえば今日帰り早く教室出てったよな」
「あいつが上の空だったことで思い当たるのはただ一つ。今日は黄瀬の誕生日なのだよ」
「へ?黄瀬ってキセキの世代の一人の?」
「そうなのだよ。メールの返信にまだ瑠依からおめでとうメールが来ないと黄瀬が嘆いていたのだよ」
「へー…なんだかんだキセキって仲良いんだな。てか返信ってことは真ちゃんも送ったの?!」


真ちゃんの口から黄瀬の話はちらほら聞いたことがある。特に練習試合を見に行ったときに根掘り葉掘り聞いたから記憶に新しい。その時は実力は遠回しに認めていたものの、人柄については相変わらず容赦なくぼろくそだった気がする。


「無論だ」
「へー!意外だわ!真ちゃんそういうの馬鹿らしく思ってると思ってた」


そういうと少しだけ早口で言う。自分がチャリアカーを漕いでいるから真ちゃんの顔は見えないが、きっと顔は少なからず赤くなっていることだろう。それくらいは相棒のことを読めるようになってきた。


「なっ!それくらいは礼儀なのだよ!」


結局真ちゃんは義理堅くて真面目なだけなのだ。よっぽど俺みたいなやつより素直だと思う。


「はいはい。真ちゃんはキセキのこと大好きなのね」
「ちゃかすな高尾!そんなことは一言も言ってないのだよ!」
「いーいーなー。おたおめメールとか俺ももらいてー」
「無視するな。あいつのことだ、お前が頼めばそれくらいするだろう」
「えー。できれば名字ちゃんから自主的に欲しいじゃん?誕プレとか貰ったら俺どうしよう」
「何言ってるのだよ。ちなみにあいつは俺たちに誕プレ渡すぞ」
「はあ!?まじかよー。真ちゃんずりーよ!」
「意味不明なのだよ。あいつの誕プレはプレゼントというよりあいつが楽しむために渡すようなものだぞ」
「分かってないなー真ちゃん!貰えるってこと自体が大切なの!貰えれば物はなんだっていいの!」


俺の熱弁になぜか溜息をついた。


「で?去年何貰ったの?」
「……」
「何?言えないような物なの?」
「………去年は皆同じ物だったのだよ」
「へー!で、なんだったの?」
「…二人で一日買い物して、物を選ぶということなのだよ」
「えー!めっちゃいいじゃん!」


それで終わらないところがあいつの怖いところなのだよ…と小さく呟いたのが辛うじて聞こえた。それに聞き返そうと思ったら、ちょうどマジバのところだ。


「ねー真ちゃんマジバ寄ってこー!」


腹が減った。何か食おうと自主練から思っていたのだ。真ちゃんの返事を待たず、チャリアカーをとめて入り口に向かう。何やらぶつぶつ言っていたけれど、ちゃんと俺の後ろをついてきている。適当に注文して、トレイを持ちながらうろうろと席を探していると、最近見たでかい赤髪と消えかかっている水色の頭が並んで見えた。もしかして、と近づくとあっちも気づいたのか、こちらに目を向ける。


「よー!誠凛じゃん!」
 

と、手をあげて近づけば、確かに火神と黒子立ったのだけれど、その向かいにはなぜかあいつがいて、一瞬固まった。


「え、なんで高尾?」
「え、それ俺の台詞なんだけど。なんで 名字いるの」


ソファ式の席に座っていたせいか、彼女の色素の薄い髪は隠れてしまっていたらしい。ポテトを手にとりながら、驚いた表情を見せる。


「あれ、しんたろもいる」
「緑間くん、お久しぶりです」
「……高尾、場所変えるぞ」


くるりと踵を返して違う方向に行こうとしている真ちゃんを慌てて引き留める。


「せっかくだから一緒に食べよーぜ」
「私何も言ってないけど」


嫌そうな顔しながら名字が言う。


「僕は別に構いませんよ。火神くんもきっと大丈夫です」


黒子の横を見ると火神がちょうどハンバーガーを口いっぱいほおばったらしく、言葉を発せられる状態じゃない。


「ほら!そうやって言ってくれてるし一緒に食べよーぜ。な!」
「……」


それでもなお真ちゃんは嫌そうな顔で体を動かそうとしない。


「…しんたろー。もうめんどいから座っちゃいなよ」


怠そうな顔で名字が席を詰めてパンパンとソファ地を叩く。


「ほら名字ちゃんもそう言ってんだから。すわろ?」
「高尾のしつこさは知ってるでしょ?いいから座りなよ」
「え、それってちょっと酷くね」
「…確かにそうだな。仕方ない」


その言葉であっさりと座る真ちゃんも酷い。


「で、改めてこのチャラいやつが高尾でしんたろの相棒ね」
「チャラくねーよ別に!高尾でっす、よろしくー」
「いや、今ので十分チャラいからね」
「うそだろ!」
「高尾は全てがチャラいから。しんたろのことは火神も知ってる?」
「ああ、知ってんぞ。キセキの一人だろ?」


すでに違うバーガーに手を着けている。見れば火神の前にあるトレイには沢山のペーパーの残骸があって、ぱっと見でも八枚くらいはある。どんだけ食べてんだこいつ。


「そうそう」


そういって今度は俺たちの方に向き直る。ちなみに三人しか座っていなかったくせに席は六人用で、楽に俺たちも座ることが出来た。名字の横に俺、真ちゃんの順で並んでいる。


「赤い方が火神で水色が黒子ね、…って、二人は試合見に行ったんだっけ?」
「おー、見に行ったから知ってるよ。あの海常を破った一年コンビだろ?」
「相変わらず黒子、お前は弱かったのだよ」
「相変わらず緑間くんはラッキーアイテムをかかさず持っているんですね」


シェイクをすすりながら無表情で真ちゃんの方を見る。なんとなく不穏な雰囲気になりそうで、慌ててとめようとしたら横から名字が肩を叩いた。


「あー、いいよいいよ。いっつも二人はこんなだから」
「喧嘩勃発しそうにしか見えないんだけど」
「テツは相変わらず無表情で黒いし、しんたろはツンツンだしで二人とも話すときはどうしてもこうなるの。いつものことだから気にしないで」


そういってメロンソーダを飲んでいる。当事者たちはなにやら言っているが彼女がそういうのだから大丈夫なのだろう。


「ふーん。お前はなんでこのメンツでいたわけ?」
「えーっとね、かくかくしかじかだよ」
「いや、それで分かるのがおかしいからな!?」
「ちゃんと説明するのだよ、名前」


くいっと眼鏡を上げて、じろっと名字の方を見る。なにげに真ちゃんは名字ちゃんのことに関して過保護だと思う。


「ちゃんと説明したほうがいいですよ。名前さん」
「う、テツが言うならかくかくの部分くらいなら話すよ」
「全部話せ馬鹿」


窓を見ればいつの間にか、少しだけ見えていた濃い朱色の部分は見えなくなり、濃い藍色のグラデーションに変わり、刻々と夜に近づいていた。

title by 降伏
20130407

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