これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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私の前で宮地先輩が基本的な動きをしている。さすが強豪のレギュラー、素晴らしい動きだ。
はあはあと息を整えながら私の元に走ってくる。額や首に汗を滴らせ、ジャージで汗を拭いている。


「で、なんか言うこと見つかったか」
「めっちゃ上からですね」
「うるせー早く言いやがれ」


相変わらず口が悪い。黙ってればイケメンなのに。


「先輩、万歳してください」
「は?」
「早く」


手でせかしてあげさせる。自分とは比べものにならないくらい腕が長い。さすが191センチ。思えば辛うじて先輩の二の腕に私の頭が来るくらいだ。きっとずっとちゃんと顔を見て話していたら、次の日私は完璧肩こりになっているだろう。


「先輩、ここ」


そう言って背骨の上部分をチョップする。変なところに入ったらしく、うっと声が漏れた。


「ここもう少し伸ばすの意識したら、飛距離伸びますよ。あと左足に重心がかかりすぎてます。肩凝ったりしません?左利きだから仕方ないかもしれませんけど、両足に均等に重力がかかるようにすれば、慣れるまで時間かかるとおもいますけど、上手くしたら格段に体は動くようになりますよ」


そういってゴールの方をむかせる。


「はい、やってみる」
「ここからやるのかよ」
「無理なんですか」
「くっそ、やりゃーいんだろ」


舌打ちをしながらも、私の忠告にはしたがってくれたらしく、最初見た時よりも背骨は伸びていた。宮地先輩の手から放たれたボールは、真太郎ほどではないがそこそこの高さの放物線を描いて、ゴールのリングにあたって外に落ちた。


「入らなかったですね」
「ああ…てかなんでそこ伸びると飛距離伸びるってわかったんだよお前」


唖然としていた宮地先輩は私の一言で我に返ったらしく、私に聞いてきた。


「全身の体の筋肉って、全部繋がってるんですよ。で、肩甲骨あたりの背骨近くの筋肉は足のふくらはぎの筋肉と連結してるんです。背骨の筋肉が伸びれば、自然に足の筋肉も伸びて跳躍力は上がり、そのおかげで滞空時間は長くなる。背骨を伸ばすと意識することで姿勢はよくなり、腕は上に真っ直ぐ伸びるようになりさらにボールは上に行くようになる。いつもよりボールは飛びました?」
「ああ。これまでここでシュート入れることは避けてたわ」
「特に宮地先輩は猫背気味ですからね。効果は出るでしょう」
「俺猫背か?初めて言われたんだけど」


本物の猫背ではないが、少しだけ傾向がある。いくらバスケをしている男子高校生といっても190センチ超えはなかなかいない。日本の高校生男子の平均身長はたかだか170センチを超えたくらいだ。それに加えて女子はさらに小さいのだから、日常生活ではどうしても下を向くことが多くなる。下を向いて話をするという癖がどうしてもついてしまう。


「まあ高い人の宿命ですよ」
「は?会話つながってねーよ」
「とにかくきちんとしたフォームになれば、もっと強くなりますよ」
「基礎はできてるはずなんだけどな」
「"基礎"のフォームなんてこのレベルなら誰でもできます。ここからどうやって"綺麗な"フォームにしていくかが問題なんですよ」


なぜ私たちがプロのスポーツ選手を見て、『美しい』と思うのか。それは自然に沿った動きをしているからだ。
人間は本能的に人工的な動きをぎこちない動きとしてとらえ違和感を覚える。逆を言えば、自然に近い動きをすれば美しいとらえるのだ。筋肉の収縮、骨の動き、手足の位置。頭の先から足の爪の先まで意識することで綺麗な動きが生まれる。そこに自然美があるから人間は感動するのだ。とても綺麗な動きこそ、人間の最大限の力が発揮される。それをしているから、プロのスポーツはどんなスポーツでも美しい。
ふと気づけば宮地先輩が私をみて、目を丸くしている。


「……なんですか」
「お前、噂どおりだったんだな」
「信じてなかったんですか」
「後輩の戯れ言だと思ってたわ」
「高尾が報われませんね」


ふと宮地先輩の方をみたら、後ろの方に高尾や二年や三年の部員たちがみていて、私たちの方を見てはざわざわしている。どうやら悪目立ちしてしまったらしい。ちらほらと表情が見える。その中には驚きの中にまじって、好奇の目や恐怖の目があった。
中学のときの周りの目が思い出される。私のことを理解されない。理解できたとしても納得されず、簡単に一線を敷かれる。
自分がしているであろう冷たい目をふせた。いつの間にか変わってしまったあの頃が頭の中を駆ける。


「先輩もうこれでいいですよね。借りは返しました。それではこれで」


一直線に扉へ向かう。後ろから先輩の声が聞こえるし、まだ目線が私から離れていないのも感じ取れる。けれども体育館さえ出ればこっちのもんだ。
 
私は、あの頃から結局前に進めていない。






なんだったのだろう。
宮地さんに名字がアドバイスをしていたのは、ちょうど休憩中だったからほとんどの部員に聞こえていた。響く体育館の中にちらちらと断片的に会話が聞こえる。さすがに内容まではわからなかったけれど、万歳させたり、チョップしていたりしたのは見えたし、名字が淀みなく言っていたのはわかった。そしてゴールの方を向かせる。そこから構えに入ったから驚いた。そこから打つのは、秀徳では緑間しかいなかったからだ。けれど、先輩のボールはゴールの惜しいとこにぶつかって、間違いなく先輩の飛距離は伸びた。
何を言ったのか。初めてバスケ部を見に来て宮地さんの基礎トレだけみて判断したのだから、生半可なものじゃない。もしかして自分は彼女のことを甘くみていたのかもしれない。


「あー逃げられたか…」


監督が呟く。監督も結構やり手で有名で何年も秀徳を一人で全国王者にしてきた実績を持つのに、名字に執着している。自分の知らない彼女の面に少し恐ろしくなる。


「で、お前どんなアドバイス受けたんだ」


いつの間にか戻ってきていた宮地さんに監督が聞いた。


「背骨の筋肉と足の筋肉連結によって滞空時間が延びるとか、重心の話です」
「…そうか。初めて見てその助言の選択か」


考え始める監督に大坪さんが尋ねた。


「あいつは何者なんですか。あれが元マネージャーなんですか」
「なんだ、知らんのか。名字はキセキの世代のマネージャーだけじゃない」


その言葉を聞いて皆が監督に注目する。俺の隣で真ちゃんが体を強ばらせたのがわかった。


「キセキの主将として束ねていたのは赤司というやつだ。その一番の右腕で、キセキを裏で牛耳っていたのは、あいつだ。鬼と揶揄されてたな」


一瞬皆の言葉がなくなる。そして誰かがつぶやいた。

 
「牛耳ってたって……」


いくらマネージャーといえども、ある程度選手が強ければマネージャーが選手をコントロールするのは不可能に近い。ましてや、キセキの世代という個性が突出したチームではあり得ない。
そこに、驚いたことに真ちゃんが言葉を発した。いつもはあまり話さないくせに、この時は誰に向けるともなく言った。


「俺たちを纏め伸ばしたのは赤司だ。しかし瑠依が俺たちの地盤を固めた。あいつがいなければ今の俺はいない」


キセキについてあまり話すことはなく、しかもプライドの高い真ちゃんが彼女のおかげだと端的に言っている。


「俺たちが怪物といわれるのなら、名前は紛れもなく鬼なのだよ」


何かを抑え込むようにして吐き出されたそれは、俺たちの間に消えることなく沈んでいった。





「私ね、負ければいいと思ったの。自分のチームが」


title by花畑心中
20130324
※筋肉の知識は適当です
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