これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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夏服になって、黒の制服を殻を剥ぐように真新しい白が視界を占めるようになった。制服と同時に自分の殻を破っていくように皆の素が現れていった。

白く視界がなっていくのとは反対に、お天道様は天の恵みとしてこれでもかとばかり気圧を低くする。梅雨の季節だ。
雨は好きだ。しとしとと音がする。自分のお気に入りの傘を使うことができる。なにより、体育の短距離や長距離がなくなる。
曇りは嫌いだ。湿気しかうまない。どんよりと気圧に加えて自分のモチベーションも下げる。そして授業中眠くなって睡眠学習をして、先生のご厄介になる。
降るなら降るではっきりすればいいのに。天気の優柔不断さに怒っても自分の仕事は減らない。
案の定寝てしまった授業は現国。満面の笑みで呼ばれた私は、先生に資料の片付けを命令されてしまった。短歌のなんちゃらみたいな本がざっと40冊ほど入った籠が五つ。ただでさえ国語は眠いのに、単元が短歌とはこれは寝ろと命令されているようなものだ。


「あーもうせんせ、重いっつの」


担ぎながら悪態をつくが悪いのは寝た自分だということは十分承知している。けれど、悪態でもついて自分を奮い立たせないと辛いものがある。ただでさえ重くて大きな籠は階段を下りるとき足が見えない。そろりそろりと足の感覚を頼りに下りてゆく。

(昔の方がよっぽど愛重いよな…)

今日習った短歌を思い出しながらふと思った。今では、相手に尽くしすぎると重いと言われる時代なのに、昔は当たり前のように相手のためなら死んでもいいという歌を送る。その言葉が本心かどうかは分からないが、そこまで本当に愛されていたのならこの上ない幸せなのだろうと、他人事に思う。私はそこまで人を想ったことがまだない。自分の命を捧げてもいいとまで思える相手が、果たして将来存在するのだろうか、と疑問に思った。
これまでの出会いを思い返していて、ふと一人の人物がフラッシュバックした。真っ赤な髪の毛をして他の選手より小さいくせに、ジャージを肩にかけて毅然と見据える異なった色の瞳が印象的だった。その姿を頭から追い出そうと頭を振る。
あいつを思い出したのも、きっと今日昔のことを聞かれたからだ。


お昼を食べながら、相変わらず高尾のお誘いを無下にしながら箸を運ぶ。彼は私の反応にも慣れたように手を振って教室を出て行った。どうやら食堂で食べるみたいだ。教室でありさと弁当を食べている私たちを見ることもなく緑間はすでに出ていき、そのあとを高尾が追いかけて行った。


「そういえばさー」
「んー?」


ありさが私の方を見ることもなく、世間話をする口調で言う。


「どうしてそんな頑なにバスケ嫌がってんの」
「もうバスケに関わりたくないから」


何度も何度も、高尾の前でも彼女の前でも言ってきた言葉だ。


「それは知ってるよ。だから、なんで関わりたくないのってきいてんのよ」


わかる?ホワイ?綺麗なまっすぐな瞳を私に向けながら聞く。


「マネになるのは嫌でもさ、あんだけ誘われてたら一回くらい見学行くもんでしょ」
「……マネージャーっていうのはさ、自分のチームを支えて応援するもんじゃん」
「何わかりきったこと言ってるのよ」
「私ね、―――」



あ、と思った時にはすでに遅い。階段を下りていた時に考え事をしていたのが悪かったのか。次に踏むべき足場がない、と思ったとたん体が傾く。今日は散々だなあと、そんな他人事のことを思って目をつむった。が、落ちる気配はなく、いつの間にか踏み外した足の下には床がちゃんとある。
あれ、私こんなに反射神経よかったっけ。


「……たくあぶねーな!ちゃんと前見ろ!轢くぞ!」


持っていたかごの下からひょこんと顔をのぞかせた。どうやら下から来た人が支えてくれたらしい。さらさらとした金髪が目にまぶしい。黄瀬とは違う蜂蜜色に近い金茶色だ。物騒な言葉が聞こえたが、私の気のせいだろうか。


「……ありがとうございました。持ってたから前は見えないですけどね」
「…確かにそうだな。でもきーつけろよ!俺がいたからよかったもののお前一人だったらまっさかさまだぞ」


真太郎と同じくらい背が高い。先輩だろうか。初対面で金髪で口悪いけど助けたからいい人なんだろう。
改めてお礼を言ってお辞儀をする。そしてよいしょっと持ちなおして、階段を下りて行こうとしたら、「待てよ」と声をかけられた。キムタクか。


「なんでしょう」
「……どこまで持ってくんだよそれ」
「図書室までですよ」


そういうと、一瞬何か考えるような顔をして、くっそと小さく呟いて舌打ちをした。そしてひょいっと上から腕が伸びてきたかと思えば、自分の腕が軽くなる。


「……たく、危なっかしーから持ってやるよ」


私がやっとのことで持っていたその籠をやすやすと持ち上げている。


「え、先輩に申し訳ないです」
「お前が持ってるほうが見てて気が気じゃねーっつの」


やっぱりこの人、いい人だ。


「……で、お前は何帰ろうとしてんだ?あ?」
「先輩がそれ持ってってくれるなら、もう一個持ってこようと」
「……あといくつあるんだ、これ」
「三個です」


はあ?とあきれたように目を丸くして溜息をついた。


「あー、くっそ。お前持ってこなくていーから。ついてこい」
「二人で一つずつ持ったほうが効率的じゃないですか」
「あ?話聞いてなかったのか?お前に持たせるのこえーから全部運んでやるっつてんだ」


早くついてこい、と言って舌打ちをして階段を下りていく。私がそろりそろりと時間をかけていたのに、先輩は普通に下りていく。背が高いから下が見えるのだろうか。慌てて先輩の隣に下りて行く。

「先輩やさしいですよね」
「あ?何ぬかしやがる!轢くぞ!!」



先輩のおかげであっという間に片付いた。空になった籠を重ねながら、はあ、と宮地先輩が溜息をついた。
4往復の間に世間話をした私たちはある程度のお互いの情報を交換し合っていた。
宮地先輩という金髪の三年の先輩は、どうやらバスケ部のレギュラーらしい。確かに背は高いし筋肉質だということは見た目でもわかるけれど、まさかのバスケ部。私はほとほとバスケ部に縁のある運命の下にあるらしい。まったく、いやになる。


「くっそー、もうこんな時間かよ」
「本当にすいませんでした。先輩」
「あー…いんだよ、別に。俺が勝手に納得できなかっただけだから」
「代わりに、私何かお礼します」


ほら、なんでも言ってみてください!と宝塚ばりに両手を広げてみれば、きめえと一言一蹴された。確かに、私もやってみてこれは引くなとは思ったけれども。


「…お前さー、あの緑間が頼んだほどすげーやつなんだろ?」
「どんなふうに伝わってるのか知りませんが、それほどじゃないですよ」
「で、高尾の熱烈なスカウトも毎回断ってんだろ?高尾が泣いてるぜ」
「あいつが泣くわけないじゃないっすか。確かに断ってますけどね」


 なんだか雲行きが怪しい。


「なんでも言ってみろっつたよな」
「……女に二言はありません」
「なら今から練習見に来てアドバイスしろ」
「嫌です」


即答した私に、首をぽきぽき鳴らしながら笑顔で宮地先輩が言い放った。


「今なんでもって念押したろが」
「えー、これまで高尾の散々断ってきたのに私の努力どうなるんですか」
「そんなこと知るか。最悪俺のだけでいいから」


いまだ笑ったままの先輩の顔に、ぴくりぴくりと青筋が浮かんでいるように見えるのは私の錯覚だろうか。


「……仕方ないですね。思えば命の恩人ですしね」
「そうだぞ名字。先輩のいうことは聞いとくもんだ」
「パワハラで訴えられますよ、いつか」
「そんときはパイナップルで殴る」

んじゃ行くぞ、と半ば引きずられるようにして図書室を出た。

title by 降伏
20130318

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