これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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 ピーッ
 ピーッ


至る所で何度も甲高い音が響きわたる。その度に形勢がころころ逆転するコート内を何度往復したろう。誰の汗かも分からない水滴が床に落ちるせいか、心なしか足が滑る気がする。摩擦で止める足の膝に着実に疲労が溜まっていくのを、頭の奥深くで考えながら、また体を反転した。


夏合宿がはじまったそれは、名前の通り地獄の合宿だった。海に近いこの場所は異様に光る太陽と海風のせいでどこにいようとも慣れない異質な暑さが体力を奪う。それに加えて名字と監督がメインで作った練習メニューは恐ろしかった。
派手に動く訳ではないのに、着実にいつもの練習よりも体力を削るその絶妙な組み合わせは、自分が意識しないうちに疲労が溜まる。それを狙っているのかもしれないが、そう理解しても辛いものは辛い。


ふわりと、体が舞う。反転したときに足を滑らせたらしい。かろうじて体は転倒しないが、突然に入れた筋力のせいか、脳がぐらりとかきまざった。


「大丈夫か?」


上の方から影が被さる。聞き慣れた緑間の声は、微かに鼓膜を震わせて脳に伝わる。すーっと一瞬黒と緑が混じった視界はぱちぱちと弾けて元に戻った。


「うん、全然おっけー」


脳に酸素を送るために過剰に肩が動く。


「顔色が悪いぞ」
「だーいじょうぶだって。ほら、ボール」


練習は止まっていないけれど、こちらを気にするチームメイトの雰囲気と外で見つめる視線を感じて、倦怠感を捨てるように手を振る。心配そうな顔を隠そうとしない眉間に皺を寄せた緑間をせき立てて自分も離れた。


ピーッ
ピーッ


ボールを持って瞬時に把握して手から放す。俺の前に来ていた敵役が一拍遅れて俺に手を突き出した。どすんといつもと変わらない打ち付け合い。いつもと変わらないように足に力を込める。それなのに安定しない視界。がりと一際痛んだ頭。突如せり上がる喉の圧迫感。慌てて片膝をついて口を塞いだ。


「おいっ!」


複数の声が聞こえた。その音さえも耳に刺さる。目を瞑ったその時、肩を支えて立たされた。薄目を開ければ彼女の髪の毛がさらりと動いた。


「まだ試合は続いてんの!!構わずにボールを見て!!」


女子にしては少しだけ低い鋭い声が響いて、一瞬異常な雰囲気になった空間も、緩やかに跳ねるボールの存在を見つけてまた動き出した。


「高尾、」
「ん、だいじょぶ」


一瞬下がった内臓に安心して支えられている腕から離れようとした。


「そんな訳ないでしょ!ほら、外でるよ」


眩しく光った太陽が、ちりちりと肌を焼いた。




 
一瞬収まった逆流感が嘘のように、水道を見た途端復活する圧迫感。がしりと銀色の縁を掴んで顔を突っ込んだ。 





ふわりと内臓が浮くような、それでいて体の外側はどっと疲れが噴き出して、段差にへたり込んだ。久々に練習のきつさで吐いた。


「アクエリだけど、飲める?」


ひょっこりと顔を出した名字は、俺を気遣ってか姿を消していたらしい。へらりと笑みを作るが、彼女の心配そうな顔にあまり意味はないと笑顔を引っ込めた。


「さんきゅ」


薄められたアクエリアスは程良く荒れた口内を潤す。


「……大丈夫?」
「ん、だいぶもうすっきりしたわ」
「もうちょっと早く止めるべきだった」


監督不責任だと、顔を歪めて隣で空を見上げる彼女の横顔を見ながら、こつりとペットボトルで名字の頭を叩く。


「んな顔すんなって。やっぱすげーわ、真ちゃんたちは」


むしゃくしゃする。止めなかった橙たちではなく、自分自身に。今頃変わらずに他のスタメンは練習を続けているのだろう。これまでの体力づくりをおろそかにしてきたつもりは毛頭ない。けれども、倒れるやつと倒れないやつ。その細かな差が小さく傷をつける。


「あの人たちは体の大きさが違うでしょ」


淡々と言う彼女は相変わらずで、俺の心情を知ってか知らずか、さも当然という風に飄々としている。
それでも、震える足が憎らしい。まだまだ足りないのに、体がついていかせてくれない。思わず膝を握ればどくどくと血流が打っていた。


「よし、高尾は午後はもう寝てて」
「へ?大丈夫だって」
「大丈夫じゃないの!脱水症状を甘く見ないで」


きっと睨みつけられる。その鋭い表情は有無を言わせないようで少し驚いて言葉に詰まる。


「明日から普通にするために、今日休むの」



わかった?と上目使いで睨む彼女に場違いに、可愛らしいと耳に血が集まるのを感じながら、返事を渋っているとさらに顔を近づけられる。


「返事は?」


顔はにっこりとしているのに、目は全然笑っていない。


「……わかったよ」
「…心配してんだから、皆」


ぷい、と横に顔を反らされるその表情は拗ねたようで、小さな声がかろうじて聞こえる。


「…お世辞はいらねーよ?」


目の前にいる名字が横を向いてくれて良かった。きっといい風に解釈してしまった俺は、また赤くなっているだろうから。


「んなわけないでしょ。私だって心配してる」


そう言い捨てて突然立ち上がり、すたすたと歩いていってしまう。


「おいっ!置いてくのかよ!」
「一人で帰れるでしょ!」
「最後まで送り届けてくれてもいーじゃん。俺病人よ?」
「うっさいな!早く帰って沢山食べて沢山寝るの!」


自然と口角があがってしまうのは仕方ない。
少し開いた距離で止まり、くるりと振り返った。


「頼りにしてんだから、秀徳のPGさん!」


それだけ言ってまた後ろを向いて行ってしまった。一人残された俺は、すでに温くなったペットボトルを持って反対方向へ行く。


「……真っ赤で言うくらいなら言わなけりゃいーのにな」


一人呟いた言葉に反して、俺の顔は緩みきっていただろう。

title by 喘息
20131221

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