これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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「緑間そこどけ!あいつ逃がすと練習倍になるのお前も分かってるだろうが」
「あいつは戻ってきますから。少しだけ待ってください」
「なあ、そもそも誰からの電話なんだよ、真ちゃん」


少しだけ悲しそうにした緑間を俺はこの目のせいで見逃すことはなかった。今は普通のむすっとした表情だが、一瞬だけしたその表情は、初めて名字がバスケ部と関わった、緑間があいつのことを鬼といった、あの帰りの瞳の色とそっくりだった。


「あいつがあんなに切羽詰まるのは、赤司しかいないのだよ」



その言葉は苦々しくて、自分でも分からないなりにあまりよくないことなのだろうと思った。
暫く先輩と緑間が言い争うのを宥めながら、ちらりと名字が走っていった方をみた。階段を上ってゆくのがかろうじて見えたから、緑間が言うように本当に名字は戻ってくるのだろう。
すると、彼女の色素の薄い髪が見えた。思ったよりも早い。どうやら宮地先輩たちも気づいたようで、そちらに目を向け怒鳴ろうとするが、彼女を見て眉をあげた。


「先輩お手数かけました。ところで中谷先生はどこにいるか知ってます?」
「は?お前やる気になったのかよ」


当惑気味に聞く宮地先輩を、名字は冷めた表情でみた。そのいつもとは違う見たこともない雰囲気に周りは異様に敏感になる。


「やる気にはなりましたよ一応」


その吐き捨てたように言ったそれに、背筋が不揃いに音を立てた。


「何を言われたんだ」


眉間の皺を濃くさせて緑間が問う。


「これは征十郎と私の問題だから」


そう言ってつかつかと俺たちの間をすり抜けた。彼女はあの黄瀬の時のように、周りが見えていない。とことん怒りで頭が浸食されているようだ。
少し呆然と遠くの名字の背中を見つめて、はっと覚めて追いかけた。


「真ちゃーん!俺が先生んとこ連れてくわ」











風を切って歩いているといっても歩と走とでは圧倒的に走る方が有利だ。俺は難なく追いついて、彼女の肩を強めに握った。眉間に皺を寄せてこちらを睨む彼女にへらりと笑いながら名字の隣に立った。


「眉間、皺寄ってるぜー」


とっさに眉間に手をやる彼女にすかさず両頬を横にのばした。突然の俺の行動に、目をまんまるくさせる。けれども、その俺の行動の意味に気づいたようですぐに呆れた顔をしてされるがままになっていた。
暫くして手を離すと、大分表情は緩和されていた。


「ごめんね、高尾」
「謝られるほどじゃねーよ」


職員室に行く道すがら、通り廊下のせいで一度外気に当たる。その風はもう爽やかさなどなく、夏真っ盛りの灼ける温度。お互いに熱に魘されながら距離を保って歩く。


「せーじゅーろーっての?キセキの主将なんだろ?」
「そうだよ。賢くて狡くて偉そうで見た目と中身正反対な腹黒野郎」


ひどく皮肉りながら、その言葉は棘があるようにみえて先端は丸く柔らかいが堅い隔たりがある。


「辛辣だなー、どうせお前も仲いいんだろ?」
「まあねー、でも変わっちゃったからなあ。もう二人でいるとピリピリしちゃうよ」


寂しげに笑った名字の瞳は遠いところを反芻しているようだ。その瞳は緑間も黄瀬もしていて、ちりちりとどうしようもない距離に心の奥底が焦げた。


「……なあ」


後少しで職員室。すでに見える白いプレートに、教室棟ではない別棟独特の人が溢れていないひんやりとした青さが白い床に落ちている。


「ん?」
「お前と赤司ってただのトモダチ?」


ざわつく胸を気づかぬふりしてへらりと彼女に声をかけた。ホラー映画を見たくないのに指の隙間から見たい、なんていう世間一般の例えを思い出しながら無意識に首の後ろに回した手に力が入る。
きっと勘の良い俺のことだから、ある程度の予測は当たっているつもりだ。それを確信に変わらせるかどうかだけ。
名字は大きな瞳をぱちりと一度だけ瞬き、いつもと変わらない脱力感を持った表情で遠くに目をやった。


「なんで?」
「んー勘?なんか他の奴と違うじゃん?」


なんていったらいいのかは俺も知らない。ただ元マネージャーと元主将の関係性にしては複雑そうに見えて、緑間や黄瀬よりも名前を言うときの熱が微かに熱くて、時々悲しそうに緑間が呼ぶ名字の後ろ姿が見えたから。緑間のその声には名字だけではないものまで含んでいるように聞こえたから。それに、好きな奴の好きな奴のことは、嫌と言うほど第六感まで敏感になるのだ。知りたくないのに、無意識下の推測と直感が働いてしまう。


「で、どうなの?」


歩くスピードは変わらないまま、ぺたぺたと響く白い床を進む。


「うん、あいつとはつき合ってたよ。昔」


ちらりと色素の薄い髪の毛の隙間から見えた彼女の瞳には何も映っていなかった。 


title by 花畑心中
20131002

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