これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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夏休みまでもう一月を切った、という嫌な季節。朝早いというのにすでに太陽は活動していて、七分袖から少しだけ出た腕を焼く。じりじりと元気な顔を見せる黄色い太陽に反して、私の顔はしかめっつらだ。眩しくて暑くてやってられない。そんな中でも時間に追われて自転車をいつもより早く漕ぐものだから汗は次から次へと出てくる。暑くてもいいからこの汗の量をどうにかしてほしいよ、神様。

キーンコーンカーンコーン

間延びして聞こえた鐘があと十分しかないと告げる。
すでに疲れている足にさらに鞭打って限界を極める。自転車置き場まで行ってさらにそこから下駄箱までいく。なんで私のクラスは教室と下駄箱が遠いのだろう。内心舌打ちした。普通に歩けば十分なんて軽く越えてしまう距離なのだ。走らなくてはいけないが、今日は体育に家庭科と運悪く、荷物がかさばっているから走るのにも辛い。
これもかれも、昨日黄瀬がきてバスケをしたせいだと、自分でも分かるくらいあんまりな八つ当たりをして急いで教室へと走った。


「ま、にあった」


急いで教室に入ればちょうど針はぎりぎりの時刻を告げていて先生もすでに教台に立っているが、皆がまだがやがやしているためホームルームは始まっていないみたいだ。やっと自分の席にたどり着けば、チャイムが鳴って委員の声のはきはきとした声が響き渡った。






「今日遅かったわねー」


しかも一時間目寝てたよ、と言われながらも机に頭を突っ伏す。


「ありさが夜中までききだすからでしょー?」
「あれくらいの時間普通じゃない」
「私は睡眠命なの」


もごもごと顔をあげずに言う。
昨日はあのあと結局三人の自主練が終わるまで見ていた。帰れば帰宅部の私からすれば遅すぎる時間で、そのあとご飯食べて課題して、お風呂は入ればそこそこの時間。それで寝られたらいつもと同じ時間だ。しかし、ついありさに今日あったことを言ったら詳しくとメールで帰ってきてしまったのだ。眠いといっても離してもらえず、結局納得してもらったのは日をまたいだ後だった。


「おっはよー、名字ちゃん!」


いつもの元気のいい声が近くで聞こえた。また鬱陶しい奴が来た。


「名字ちゃんうとうとしてたよなー!」
「……うっさい高尾、私眠いの寝かせて」
「そういえばさー、名字ちゃんこれから毎日部活くるんだろ?教えに」
「……は?なにそれ」
「えー、昨日監督言ってたじゃん。黄瀬以外に俺らにも全員教えろーって」


似ていない中谷先生の物真似をしながら言う。確かに言ってた気はかろうじてするし、黄瀬と残ってた高尾とか宮地先輩しか助言してないけれど、まさか言葉通り教えるまで毎日行かなくてはいけないなんてことはないだろう。


「そんなの本当にあるわけないでしょ」
「いや、それが監督はそう思ってないみたいでさ」


高尾によると、今日の朝練にわざわざ顔を出し、高尾にちゃんと私を連れてくるように言いつけたそうだ。
そもそも朝練に顧問がくることはそうそうなく、他の部員も珍しがっていたらしい。全身がこれは悪い予感がすると告げている。というか、もうすでに始まっていた。


「で、俺は今日の放課後練習につれてかなくちゃいけねーから逃げんなよ!」


そう笑顔で言い放って自分の席に帰っていく高尾に何か言おうとしたが、チャイムに阻まれる。まだ近くにいる友達が興味がないように淡々と言った。


「で、どうすんの」
「そんなの、逃げるに決まってんじゃん」


私の方を見ないまま、はあと思い溜息をついた。







チャイムが鳴り皆が授業よりも活発に動き始める時間。一斉に席を立ち慌ただしく教室を出ていくものや、まだ鞄を片付けているもの、掃除道具を出すものなどぎゅうぎゅうに詰め込まれた人と机で教室は熱気にあふれる。鞄を持ったせいで余計に拡張した一人一人が縦横無尽に動くものだからどこかにぶつかるのは必至だ。ちょうど高尾は教室にいないらしい。そういえば他クラスの子に借りた教科書を返しに行かなければといっていた気がする。これはラッキーだと、そそくさと教室を出る。それに気づいたありさが呆れた表情をしながらも手をひらひらと振っていた。




二日目。
昨日は高尾も私を連れていくことを忘れており、気づいたときにはすでに私がいなかったらしい。自分のことを棚に上げて軽く怒られたあと、今日は高尾の代わりに真太郎が連れて行く係だそうだ。先生もつくづくしつこい野郎だ。
机を運んでいた真太郎を横目にするりとぬけだし、一日目と同じように帰ろうとした。ふと様子を見ようと彼を見ればため息をつきながらばっちり目があってしまった。思わず固まるが相手が動く様子はない。首を傾げたらまたため息をつかれ、しっしっと手を振られた。
どうやら真太郎は私の思惑を分かっていたらしい。





「……ねえ名字ちゃん」
「何高尾」
「名字ちゃん来る気ないだろ」
「うん」


三日目の昼、私は怒られるよりも呆れられて頭をがしがしと掻く高尾を通して校舎を見ていた。
空が、青い。
夏の、匂いだ。




三日目。
今日はまさかの宮地先輩と大坪さんがきた。


「……なぜこんなとこにいるんですか」
「俺だってきたかねーよ。早くお前が捕まればいい話だ」


蜂蜜色の艶やかな髪の毛に恐ろしく高い身長に整った顔の先輩が一年のところに来ているというのに、周りの女子は少しだけ遠巻きにしてそわそわとこちらを見ている。それもそうだろう、ただでさえ口が悪くて有名な先輩がきて、あからさまに機嫌が悪いのだから。これは、だいぶ悪い。にこにこしながら放つ雰囲気は正反対で、その矛盾が余計に怖い。


「大坪先輩も大坪先輩ですよ。今日は一体先生になに言われてきたんですか」


蜂蜜色の髪の毛とは正反対な純日本人の黒髪が目に映る。その顔はいつもと同じよう静かで何を考えているか分からない。


「…お前をなんとしてでも連れてこいと」
「それで、嫌がる一年女子を連行しにきたんですか」


廊下に出たところで捕まえられたせいで、人が通る度にちらちらと視線を向けられる。背負った鞄とカッターシャツの間にじわりと汗をかきはじめた。早く帰りたい。


「先輩のせいで帰れないんですけど」


三年がいるというだけでも注目されるのに、さらにガタイがいいものだから余計に見られる。大事になるのは避けたい。


「お前はなんでそんなにバスケ部にきたくないんだ」
「面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからです。それにもう嫌と言うほど私はバスケ部に貢献してきました」
「帝光で、だろ」


ちらちらと脳内に赤がきらめく。いつも私の横で、優しく微笑んでくれた彼の背中が浮かぶ。あのときが一番幸せだった。皆も笑顔を浮かべて、馬鹿騒ぎして。心の底から強くなるということに純粋に向き合っていた。そんな空間が何よりも心地よかった。


「お前が何をそんな頑なになってるかは知らんが、過去に囚われすぎるのはどうなんだ」


あなた方が欲しいのは私の能力であって私ではないでしょう。そう言い掛けて急いで息を止めた。そんな言葉は、ただ私が構って欲しいと言っているようなものだ。そう思って愕然とした。
そういうわけじゃない。そんな簡単なことじゃないんだ。
そう、思い込みたいだけなのかもしれない。自分がわからない。


「私は…」


辛うじて出た言葉はどこに繋がるつもりだったのだろう。
ブーブーと、たまたま手に持っていた携帯が震える。学校が終わったからサイレントからマナーモードにしていた私のそれは、静かに電話が来たことを主張した。
携帯を見れば、そこにでている名前に驚愕した。もう何ヶ月も見ていなかった文字列に全身の皮膚が逆立つ。
なぜ、今このとき。あまりにもタイミングの良すぎるそれに怯えながら、どこかで酷く安心している自分がいた。
ぶるぶる震え続けるそれに早くでなければとおもいながら、先輩の前では出るべきではないと冷静に頭が警告を発する。
すると、掃除から終わったようで帰ってきた真太郎と高尾が全て知っていたようにこちらを見つめてきた。真太郎は先輩に味方するわけではなく、私を擁護するわけでもなくただ眉間に皺を寄せていた。


「真太郎!」


近くに来ていた彼を呼び止め、無理矢理目を合わせた。きっと今私の瞳は縋りつくような瞳をしているのだろう。それに気づいて少しだけ眉をあげた。


「あいつから…電話が来てるから」


私が握っている携帯と私を視線が一往復した。まだ震えているが、いつ止まるかわからない。瞬時に悟ったような彼は、少しだけ悲しそうに私を見た。


「行け、早く」


突き放すように言い捨てた彼を横目に、私は走り出した。
横から先輩の声が聞こえた気がする。高尾もいたっけな。けどもそれを真太郎が止めてくれているはず。人でごった返している放課後の廊下を駆け抜け。人がいない四階の階段の頂上にたどり着いた。
きつくきつく握りしめた自分の携帯はすでに震えが収まっている。それでも画面に写る彼の名前が紛れもない現実だと告げる。ほうっと息を吐いた。
ゆっくりと掛け直しを選択する。ピリリと無機質な音が響く中、少しだけ埃っぽい暑く蒸された階段に腰掛けた。その異様な空間に心臓が軋む。
もう、出てくれないのだろうか。一分も経っていないその空白が、私たちの擦れ違いなのだろうか。


「……もしもし」


ぷつりと切れたあと、さらりとした声が耳に響く。変わらないその爽やかさに、胸が疼いた。


「…征十郎、」
「久しぶりだな、名前」


耳をつんざくような光を感じて、私は瞳を閉じた。

title by 喘息
20130907

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