これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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きゅ、きゅ、と六つの足音がぽつりとなる。一人
はひたすらにボールを下に打ち付け、もう一人はひたすらに空へと飛ばせている。異常なほどの大きい曲線を描き、吸い込まれるように網の中へ、と思ったら、がこがこん、と一回転してかろうじて中に吸い込まれていった。
彼の後ろ姿をペットボトルの蓋を回しながら見ると、じんわりと蜃気楼が立ち上っているように見える。今日はひりひりと機嫌が悪いようだ。
それも仕方ないことか、と一口少しだけぬるくなった薄いスポーツドリンクを飲んだ。大量のドリンクが必要なために粉末で作られた秀徳のドリンクは、売っているアクエリやポカリよりも随分薄く甘くない。いつも一定に作られたそれはどうやって分量を決めているのだろう。それを作ってくれている数少ないマネージャーはすでに帰った。
今日はいろいろありすぎて、大幅に練習時間が少なくなった。黄瀬がダンク練習をしている傍ら、それが気になって仕方なかったのは全員だったろう。圧倒的な力量に、わかっていたことだが、改めて「キセキ」の異様さに舌を巻いた。そして、それに加わっていた彼女の一味違う異様さに、言葉にできない複雑さを抱いた。
ごくりごくりと、残りを考えずに喉に流し込む。高い天井が目に入って、それすら眩しすぎて目を瞑った。
ふと、人の気配でうっすらと目を開けた。ここには自分のほかに二人しかいないはずなのに、とても近くに感じた。


「名字ちゃんじゃん」
「よー、お疲れ様」


軽く頭を傾げてするりと入ってきた彼女は俺の横にぺたんと座り込んだ。足を投げ出してゆらゆらと弾む音に合わせて体を揺らす。


「もう帰ったのかと思ってたわ」
「んー、一応今日はしんたろにアドバイスするって言っちゃったしね」


涼太ばっかで終わっちゃったから、とセミロングの髪の毛を耳にかける。そういえば、バスケを見るときによく耳にかける。名字の隣に座る。壁にへばりつく背中が怠い。


「なんだか調子悪そうだね。真太郎」
「やっぱ黄瀬が来たからじゃね?」
「だろうねー。涼太もわざわざダンクなんてしなくってもよかったのに」


溜息をつきながらも、その目は気だるげに真ちゃんを見ていた。その瞳には何が映っているのだろうか。俺と、彼女の見ている風景は、自分が思っていたよりも隔たりがあるらしい。


「名字ちゃんさ、」
「何?」


緑間から目を離して俺を見た。その目が俺には深すぎて、息が詰まった。


「ん、なんでもねー」
「なんなのいったい」


ふっと呆れたように息を漏らした彼女の口元は緩んでいる。その風景になぜかひどく安心した。


「5度ずれてる」
「、は?」


何が、と問う前に彼女の瞳の先で理解した。いつの間にか戻されていた名字の眼は相変わらず気だるげに緑色の大きな背中の方を向いていた。


「ボールを放すときの左手の傾き加減。あれじゃ余分に力が入って逆に飛ばない」
「……真ちゃんに言わなくていいの?」
「今言ったらすんごい睨みつけられそうじゃない?」


ふふっと笑う彼女の顔は悪戯っこのように無邪気でしかない。


「しーんちゃーん!!」


俺が隣で突然叫びだすものだから、驚いてびくりと名字の体が跳ねる。それと同時に緑間の動きが止まって、ゆっくりとこちらを振り向く。眼鏡をかちりとかけなおす。眉間にしわが寄りすぎて眼鏡すら上がっているのかどうかわからない。


「左手の傾き五度外に出過ぎだってさー」
「……名前か」


彼女のほうに目線を切り替える彼の眼は橙が予想したとおり、鋭い。そのとき、名字がどんな顔をしているのかは、見なかった。
無言で、彼女を見るその瞳は相変わらず厳しく、しかし少ししたらくるりと後ろを向いてまた放り投げた。
大きな大きなカーブを描く。今日最大の大きさだろう。今度はがこがこと音が鳴ることなく、あのボールより少し大きいだけのゴールの中心を綺麗に落ちていった。


「お見事」


ひゅう、と口笛を吹いた。


「名字ちゃんってさ、なんでそんな能力持ってんの?」
「能力っていうほどそんなできたもんじゃないよ。私は計算してるだけだからね」
「それだけでも十分凄いっしょ。なんたってあのキセキに引っ張りだこにされてるんだから、さ」


最後おちゃらけて言って、名字の顔色をこっそりと確かめる。怒るだろうか。それは心配ではなく、実験。どこまで踏み込んでいいのか、どこまでが彼女の境界線なのか、測るためのシンプルな方法。


「……ほんとにね、あいつらのせいでどれだけ苦労したか」


一瞬怯んだように瞳の奥の奥が細くなった。しかしそれはすぐに戻って呆れたように無気力な表情を浮かべる。首筋にじわりと小さな小さな粒が見えた。


「そんなことよりさ、高尾はその目なんなの」


ぽーんと放られた言葉が心臓をひっかく。


「気づいたの?」
「そりゃ気づくよ、後ろにも目がついてるみたいに動きはじめが異様に早いんだもん」
「俺ってほかの奴よりちょこーっとだけ視界が広いの」
「なるほどだからPG」
「そゆこと」


彼女の無気力なくせに物憂げな横顔が憎い。こっそりと盗み見た白い肌にきりきりと不安定な動悸を刻む。すると、あ、と口を開けて声を出した。


「そういえば、昔さつきが言ってたかも。目がいい中学生がいるチームと試合したみたいなこと」
「へえ」


違う意味でひやりと心臓が冷える。ちゃんと声が出ているだろうか。今、ばれるのは避けたい。なぜかとても強く直感的に思った。


「でも誠凛にも高尾みたいに目がいい人はいるらしいから、結構いるのかもね」
「そうじゃね?もしそれが本当だったらどんだけ運いいんだっつーの」


自分でへらへらと笑い飛ばしておきながら、自分でその言葉を発しておきながら、ぐるりと喉の内側を抉った。
運がいいんじゃねえ。悪運が強いだけ。


「そうかー。まあ私も聞いただけだしね」


私の記憶違いかもしれない、とひらひらと手を振った。そこでふと思った。なぜ人伝いなのだろう。彼女はマネージャーだったはずなのに。その場で見ていなかったのだろうか。でも体調不良とかもあるか。
彼女の過去は深まるばかりで、それでも名字への想いは消える気配を見せなくて、ただただ胸が痛かった。


title by 降伏
20130721

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