これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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「ありがとございました!」


暑い熱気と吐息の塊がどしりと沈む。
皆がやがやと話しながら更衣室へ行くものや、体育館倉庫に行くものなど自由に動き始める。ちらりと扉の方を見れば、黄瀬を引っ張って出ていく名字の姿があった。


「おい、高尾。何ぼーっとしているのだよ」


真ちゃんが構わず体育館倉庫に足を向けている。


「、うん」


小走りで真ちゃんの隣にならんだ。引っ張られながらも仕方ないなあとでもいうように、優しい表情を浮かべていた黄瀬の顔を視界の隅に押しやりながら、自主練を始めた。





 
本当に今日はさんざんだった。キレて嘆いて開き直った体育館の中。真太郎の空気を読まないマイペースな練習再開に救われたのは今日が初めてだ。

とりあえず涼太のを見てやろうと、隅にあてがわれた場所でアップするところからみていた。といっても軽く準備運動をするだけだ。制服のままだからあまり動けない。近くに秀徳の二軍がいて、私たちを避けるように微妙な境界線が空中に浮かんでいた。やはり皆気になるところだろう。なんてったってキセキの世代なのだから。その目は好奇の目から畏怖の目まで様々で、あわよくば彼の技術を盗もうと瞳をぎらぎらさせているものまでいた。しかし、それは無駄足に終わるだろう。私たちがつくりあげた奇蹟を甘くみてもらっちゃ困る。


「っし、今から速攻するんでよろしく」


御丁寧に宣言をした彼を無言で見やると、隅からゴール下に移動した。先生から自由にやらせろと言われているから、ちらちらと見られるものの何か言う者はいない。少し遠くの方で宮地先輩が汗を拭きながらこちらを見ているのが見えた。
ダンダンと短く鋭い音をさせながら、涼太がにやりと笑った。バッシュがきゅっとなった瞬間、コート内で個人練習をしていた部員の間をするすると抜けていく。それは見事に無駄がなく、早い。


「ふうーん」


知らず知らずのうちに髪をかきあげた。ここまでしておいて中学と同じ強さだったら、何してやろうかと思っていたけれど、一応やっていたらしい。格段に動きは良くなっている。海常はちゃんと彼の居場所になりつつあるようだ。
あっという間に抜けたのを、皆が止まって驚いている。一人一人ボールがあてがわれているから、通常より多いボールが邪魔だが、自分を故意に塞ごうと動いている訳ではないから、涼太は余裕そうに見える。
そして最後はダンク。身長が高い彼にとっては有利だから帝光のときからちょくちょく使っていたが、率先して使っているイメージはなかった。そういえば昔面倒くさいと言っていた気がする。どうせ同じ点数ならレイアップで十分だと冷めた目で言っていたのを思い出した。
しかしこれは今まで見てきた涼太のダンクではない。


「これが火神のダンクね…」


まるっきり形が違う。前、涼太がしていたのはどちらかというと教科書に載っているような模範的な普通のダンク。それが、今はもっと型の崩れた、けれどもしなやかなダンク。力強さはまるきり違う。
いくらレイアップと同じ点数しか入らないとしても、このダンクなら威圧感は天と地ほどの差でつけることができるだろう。実際に周りの様子を見れば唖然とした表情をしている。
しかし、まだまだこれは完成形ではない。だからこそ、今私に見せたのだろうし、見たところ確かに詰めが甘い。
すうっと息を吸って、コート中央の外から声を張り上げた。


「あんたはいつからそんな遅くなったの!!力抑えるような余裕あるなら帰れ!!」


私の声に涼太が苦笑いを浮かべている。周りがこちらを見ているが、気づかない振りをした。
いくら私が見たことがない速さまで成長していたとしても、全力を出していない体の動きはすぐに分かる。隠そうとしても、筋肉は正直だ。
折り返して涼太が速攻をする。二回目で、間にいた部員が慌てて避けようとするから、避けるなむしろブロックして!と怒鳴った。邪魔してこそのバスケなのに、避けられたら練習にならない。
やはり一回目とは全然違う速さを出してダンクをした。息を整えながらシャツを出している。気づけばじんわりと私の首にも汗をかいていた。ああ、不快だ。


「涼太!!ダンク助走の足を一歩少なくして、代わりに一歩一歩を10センチ長く!!あと踏切位置をもっとゴール近くで!」


私の方を無言で見やり、ダンダンとドリブルをする。
コートを突っ切る速さは二度目とさほど差はないものの、ダンクをしたときの音が、変わった。
おおー、とざわざわと小さなどよめきが広がった。
男子にしては長いさらさらな黄色い髪を揺らして、こちらに近づいてくる。


「相変わらず鬼っすねー」
「今日はとことん機嫌が悪いからね」


腕組みをして、冷めたように言えばそんなおこらないでくださいよーと笑って言った。そんなところがふわふわして苛々を通り越して、相手を呆れさせては怒りすら馬鹿馬鹿しく思わせるのだろう。


「さすが健在っスね。名前の言葉に間違いはないっスから」
「あんなの誰だって慣れればできるよ。で、どんな感じ」
「格段に跳ぶのは楽になったっスよ」
「そっか。というかめちゃくちゃ遠くで跳んでたからね、最初」


涼太の才能は模倣だ。普通ではありえない目の良さから形を頭にインプットし、それを瞬時に行うずば抜けた運動神経がなせる技だ。しかし、あまりにも完璧に模倣できてしまうから、今のダンクは相手のそのままのダンク。つまり、火神のダンクだから、火神の体に合った踏切の位置、足の歩幅、走り方になっているのだ。いくら運動神経がいいといっても、火神ではないからどうしても体に負担がかかり、その技の威力を無意識に抑制してしまっている。
だから、私は治しただけだ。涼太に合った踏切の位置に、足の歩幅に。些細なことが巨大な威力を生む。小を侮るなかれということだ。


「でも良かったの?秀徳こんなに刺激しちゃって。わざわざダンク選ぶなんて相変わらず性格悪いね」
「そんなの偶々っスよ。これを指導してもらいたかったのはほんとっスから。それにしても他人事っスねー」


もわりと嫌なこの季節特有の湿気が降り積もる。それに対抗するように人が動けば動くほど、熱は積もってゆく。
動いていないのに、声を発するだけでじわりと滲む首やこめかみの汗や、背中にべたりと張り付くカッターシャツが嫌いだ。


「私が思い悩む義理はないからね」
「それにしては高尾っちと仲良さそうだったじゃないっスか」


名前が出たからついその姿を探してしまった。真太郎の近くで、だんだんとステップの練習をしている。


「高尾はしんたろにずっとくっついてるからね、嫌でも仲良くなるよ」


なんだかんだいいながら、今この場にいる自分の中途半端さに虫酸が走る。けれども、私には高尾たちを振り切るほど、涼太からまた逃げるほどの、自分の意志があるのかわからなくなってきていた。


「ねえ、涼太」
「ん?なんスか?」


いま、私はなにを言おうとしていたのだろうか。


「なんでもない」


何も言わない彼の優しさに、胸が痛くて仕方なかった。
 

title by 喘息 
20130701

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