これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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「ああもう、なんなの。こいつもこいつだし緑間も緑間だわ。私散々嫌っつってるのに追いかけて。ほんと腹立つ。そっとしとけよマネージャーマネージャーって五月蠅いんだよ金髪が」


ずっときつく睨みつけて黄瀬を弱々しい声でやめろといっていた姿は、今微塵もない。はあと大きな溜息をついて、自分の頭をぐしゃぐしゃとかく名字の姿があった。それににやりと黄瀬の口角があがる。


「高校では静かに過ごそうと思ってたのに、緑間と同じクラスになるわ誘われるわ高尾はしつこいわ何故か宮地先輩と接点もつわでバスケ部と関わっちゃうし!私が何のために全部推薦断って入ったんだと思ってんの!」


苛々と足を鳴らすその姿に、俺はぱちぱちと目をまたたかせた。名字は確かに口は良いとはいえない。しかしそういっても女子では普通の口調であり、冷たいといっても全然許容範囲内だった。これが、黒子が前言っていた「キセキの中で1、2を争う口の悪さ」か。うぜーみたいな、べしゃりと崩れた言葉の汚さという意味ではなく、いちいち言葉の選択が鋭く厳しい。そしてその言葉を発する言い方が、弱い奴じゃ目を潤ませるくらい異様な威圧感があるのだ。
てっきり震えていたのは追いつめられて泣くのを我慢していると思っていたのに、名字は怒りに震えていたみたいだ。これまでの我慢をすべて流すように、堰をきって溢れ出てくる吐き捨てられる言葉達にただただ部員全員唖然とするばかり。はあと横で溜息をついている真ちゃんと、にやにやと嫌な笑みを浮かべている黄瀬がただ茶色い床の上で浮く。


「なあ、真ちゃん。これが黒子が言ってた口の悪さってやつ?」 
「……そうなのだよ。こいつがこうなったら自力で落ち着くまでやらせるしかない。今止められる奴はここにはいない」


怒りを飛び越えて呆れを滲ませる。こういうことは経験があるらしく、呆れを滲ませた声には苦々しげな雰囲気も漂っていた。


「黄瀬とか止められそーにねーもんな」
「あいつがわざと怒らせたから余計止まらないのだよ。名前もだいぶ我慢していたが、挑発に負けて、そんな馬鹿馬鹿しい挑発に負けた自分自身にも苛ついているから、止めるのは無理だ」


なんだか複雑な思考回路のもとに怒りが爆発したらしい。とにかく、今名字の怒りの矛先は黄瀬一人で間違いないらしい。


「そいやさ、1、2を争う口の悪さって名字ちゃんと後誰なの?」
「黄瀬なのだよ」
「は?!黄瀬なの!こいつモデルっこ犬みたいに人懐っこく見せて口悪いのか」


っすよ、とか、っち、って付ける変な口癖はあるものの、プロフェッショナルな笑顔を見せつけてへらへらしているこいつが一番を争うなんて意外だ。


「こいつらの喧嘩は見るに耐えんものがあるのだよ。低次元で罵倒しあうから見ていてうんざりするのだよ」


そう言った真ちゃんにもっと尋ねようと口を開いたら、片方は怒り、片方はへらへらと話していた2人が、一際ぴりぴりと空気を張らせた。


「お前が勝手に逃げただけじゃねーか、こっちは誰も納得してねーよ」


がつんと今までの口調が一変する。


「あんたに口出しする権利はない。黄瀬の独断で海常なんかに行くか馬鹿」
「おまえに馬鹿なんて言われたかねーよ。馬鹿はどっちだ」
「は?あんた私に一回も成績勝ったことないだろうが」
「そういう意味の頭じゃねーし。根本的に馬鹿は馬鹿だっつってんだよ」
「うっさい黄瀬!チャラ男はチャラ男らしくへらへらしてればいいものを」
「チャラ男じゃねーよ。お前こそその臍曲がりなんとかしねーと男一生できねーよ」
「余計なお世話だわ。黄瀬こそギャーギャー言われてるもんな毎回。試合んときとかまじうるさいし」
「それは俺がもてるから仕方ねーだろざまあ。お前こそ、バスケから離れたいって言ったよな」
「そうだよ、それがどうしたんだよ」


いらいらとつぶやく彼女は腕組みをしている。背が高い黄瀬と一般身長の名字が並べば、全然見下ろす状態なのに、名字の威圧感は対等だ。


「ならなんで緑間っちについていったんだよ。本気で離れるつもりなら、もっと普通の学校だってあったはずっスよ」


黄瀬は落ち着いてきたらしく、相変わらず鋭い目を向けたまま口調が戻った。
その言葉に何も言えないでいる彼女の目はゆらゆらと奥が揺れている。確かになぜなのだろう。あまり深いことは分からないが、どうやら名字は周りに逆らって秀徳に入ったらしい。バスケから離れたかったらしい彼女が、なぜわざわざキセキの一人がいる学校にきたのだろう。


「………分かった、私に何してほしいの」


ぱあっと顔が明るくなったあと、諦めたように笑う黄瀬の表情と、突然の名字の降伏に頭がついていかない。


「え、言い争いこれで終了したの」
「ああ。結局黄瀬の勝ちだ」
「なんとなく名字ちゃんが引いたのは分かるけど、何故に引いたの」


意味が分からない2人の変わりように驚いたのは俺だけではなく、周りもざわざわと風が通る。
緑間の方を見れば、苦虫を潰したような顔に磨きがかかっている。黄瀬も、あの表情は何だったのだろう。顔を明るくさせたあとにみせた、あの苦しげな表情。自分が勝ったのに、切なげに細めた瞳は相変わらず何かを言いたげなのに、何も言えないかのように重く飲み込んでいるように見えたあの一瞬。


「……結局、あんたは教えてくれないんすね」


小さく小さく、自分がつぶやいたことすらも分かっていないかのように、放たれた言葉は弱々しすぎて、彼女のもとには届かない。


「ん?なんかいった黄瀬」
「なんでもないっス!見てほしいやつがあるんスよ!」


ついさっきの剣幕が嘘のように黄瀬は嬉々として言う。その前には呆れたように溜息をついた名字がいるが、その顔から強張りは消えていた。


「15分ね」
「ええー!?短すぎっスよ!」
「なら黄瀬はそのまま現状維持、頑張ってね以上」
「分かった!分かったっスから今更半端な助言なんていらないっスからね。本気できてもらわないと」
「分かったよ!!ああもうなんで私はこんなことしてるの!!」


くるりと振り向いて手をふって帰って行きそうになる名字を、急いで捕まえて黄瀬が引き戻す。それに嫌そうな顔を隠そうともしないで引きずられている。


「黄瀬!!名字!!」


そんなあまりにもくだらない戯れていた2人が、体育館に大きく響いた。この声は、毎日毎日嫌と言うほど聞いている。


「ちょっと待ちなさい」


2人とも大声で話していたのをやめて、そちらを見る。一人は今にも怒られることを覚悟したかのような焦りと、もう一人はそういえばとでもいうように、ぽんと手を打ってこちらを見ていた。


「そうじゃん!ふつう他校の生徒がここでバスケできるはずないじゃん。先生に追い出してもらえば良い!」


よっしゃ、と一人でガッツポーズをしている橙に、監督は腕を組んだまま言いはなった。


「いや、黄瀬にはこのまま名字の指導を受けてもらう」
「え!?先生私の味方じゃないんですか!」
「よっしゃ先生の了解得たらもうやり放題じゃないっスか!」


いきなり言う監督に動揺を隠せないのは部員も一緒だ。名字は名字で崩れ落ちているが、他の部員には今度は困惑に混ざって憤りがまじる。そりゃそうだ、わざわざ敵のチームのエースを練習させるなんて。というか、監督出てくるのおせえよ。


「ただし、名字には黄瀬ではなく部員全員に指導をしてもらう」
「はあ!?本気で言ってるんですか!?なら私涼太にも誰にもせずに帰ります!」
「いや、決定事項だ」


いつもの無表情な顔で淡々といい放つ監督は有無を言わせない雰囲気を漂わせ、しばらく何とかしようと睨みつけていたが、泣く泣く諦めたらしい。


「秀徳の監督は太っ腹っスねー!俺んとこ見た目太っ腹でもケチっすよ」


ざわざわしていた体育館に、いつの間にかダンダンとバスケ特有の重い音が響く。いつの間にか横にいた真ちゃんがいなくなっていて、音のする方を見れば、しんちゃんがゴールに向けて綺麗なシュートをしている。


「全員練習再開!!」


監督の声で、皆が動き体育館の床がゆらりと沈んだ。

title by 喘息
20130525

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