これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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なぜ私は体育館にいるのだろう。校門から出たはずだった私の体はいつの間にか逆戻りしていて、黒のハイソックスのせいで滑る体育館のワックスの効いた明るい床に立っているのだろう。そして嫌というほどの視線を受けながら、バスケ部の練習を中断させてしまっているのだろう。高尾も、真太郎も、宮地先輩も、なんとか主将も、先生も、何が起こったのかわからないみたいで、ただ私たちの方を見つめる。その刺さる視線も、展開が意味分からなくて麻痺していた。逃げようにもそんな体力はなくて、がっしりと私の腕は涼太に掴まれたまま、彼のひよこみたいに黄色い頭は私の正面で揺れている。


「秀徳のみなさん。突然っスけど、瑠依貰いに来ました。俺に、名前をください!」


やっぱり、なんで私は、今ここにいるのだろう。
 




沈黙が広がる。どれくらいの時間涼太が言ってから経ったのだろう。皆が皆、何の言葉も発さず、ただ私たちを見ている。その顔はきょとんとしていて、いきなりの出来事で皆戸惑っている。そりゃそうだ、私だって連れてこられて意味が分からないのだから。
涼太は涼太で、思っていた反応と違ったのか首に手をやりながら、あり?と呟いている。


「なんだかアウェイっスねー」


苦笑いしながらつぶやかれた言葉に、何今更当たり前なことを言ってるんだと頭を抱えたくなった。というか、そもそも私を貰うってなんだ。まず私に許可を取るのが筋じゃないのか、なんでそれを秀徳のバスケ部がいる前でわざわざ言うんだ。


「黄瀬!貴様は何を言っているのだよ!」


いつもよりも低い声に、眉間にしわを寄せて真太郎が動いた。それをきっかけに、部員がざわざわと波打ち始める。


「だからー、名前貰いに来たんっスよ」


相変わらず自分のペースを崩さずにいう涼太に真太郎は肩を震わせている。


「その言葉の意味がわかんねーんだけど」


真太郎の横に、高尾も出てくる。その顔は笑っているが、目は笑っていない。前に私が向けられた笑みだが、その時より何十倍も怖い。なんだ、高尾。美人は怒ると迫力があるというが、それは女だけではなく男にもあてはまるものらしい。いつも人懐っこい笑みを浮かべているから分からなかったが、高尾も高尾で整っているから、今の笑みは恐怖対象でしかない。
ふと、先生の方を盗み見れば、まず説明を求めるはずの立場である顧問なのに、他校の生徒の乱入を許してなお様子を見ようとしているらしい。動く気配なく、いつものように腕を組んで私たちを見ていた。


「君が高尾っちっすね。黒子っちが言ってました!」
「た、高尾っち?」
「黄瀬は身内の人間には語尾にっちとつける癖があるのだよ」


戸惑う高尾に真太郎が説明する。涼太は聞こえいないかのように普通に話しかける。


「初めまして黄瀬涼太っす、よろしくっスー」


にこにこと笑う顔はさすがモデル、どこから見てもおかしくない笑みだ。それに圧倒されている高尾の顔がちらりと見えた。


「お、おう、おれは高尾和成…って、そんなことより!名字ちゃん貰うってどういうことだよ!」
「そのまんまの意味っスよ。海常に来て欲しいんすよ」


海常、という言葉にざわつき始める。あまりにも突拍子のない言葉で皆混乱したが、黄瀬涼太は誰もが知るキセキの世代の一人。真太郎と同じく、数あるスカウトの中から選んだ強豪校に身を置く要注意人物だ。


「ちょっと、私何も聞いてないんだけど。海常ってどういうこと」
「名前はちょっと黙っててくださいっス」


私より何倍もでかい涼太の、でかい手で少しだけ後ろに押される。

 
「なんでそんなに名前が欲しいのだよ!」
「決まってるじゃないですか、マネージャーになってもらうんスよ」


今までのへらりと笑みを浮かべた表情から真剣な表情に切り替わる。空気が変わったことに誰もが気づき、ざわつきも少しだけぴりぴりした空気を纏い始めた。


「俺たちは誠凛に負けました。これ以上負けるわけにはいかないんスよ。そして、そのためには名前がいた方が断然有利だ」
「…だからわざわざ乱入してきたのか」
「乱入って人聞き悪いっスよ。俺は少しお邪魔するだけだったんスから。なのにこんな空気になるとは思いませんでした」


肩を大袈裟に下げる。


「なんで、お前がそれをバスケ部の前で言うんだよ」


高尾の顔は笑顔を貼り付けたままだが、どこかひきつっている。案外涼太の行動に高尾が怒っているみたいで驚いた。部活を中断されたことに苛立っているのだろうか。


「マネージャー貰うのにバスケ部の許可が必要っしょ」
「は?」


また皆がざわつき始める。そして涼太の一言で違和感がなんとなく解け始めた。


「何いってんの。名字ちゃんはマネじゃないけど」


高尾が驚いたように言う。真太郎は黙ったまま涼太を睨みつける。その言葉を聞いて、涼太も高尾と負けず劣らず目を見開いて驚いている。ぽかーんと口を開けて、嘘でしょうとでも言うようにぱちぱちとまばたきをした。


「は!?意味分かんないんスけど!!!どういうことっスか名前!」


ばっと私を振り返り、肩を掴む。見慣れた背丈だけれど、やはりこの身長差で勢いがあると怖い。びくっと動いてしまったけれど、どうやら涼太に気づく余裕はないようだ。


「どういうこと、ってそのままの意味だよ。私はマネをしてない」
「意味分かんないっス!なんで名前がマネしてないんスか!!まさかバスケ部に虐められでもしたんスか!?」
「五月蠅い涼太黙れ」


私の言葉に、なんとか肩は離すも何を思ったのかまた真太郎達の方を見た。大きな背中しか見えなくなったが、何となくオーラがおかしい。ぴりぴりと殺気立っている。


「緑間っち、どういうことっスか。名前がマネしないなんてあんたが許すはずないでしょ。てか、赤司っちが許さねえっスよ」
「……どういうこともないのだよ。こいつはやらないと言った。ただそれだけなのだよ」
「そんなことがあるわけないでしょーが!もしかして、秀徳は名前がマネするまでもないようなヘボいチームとか、そんなことっスか」


そう顔を歪ませて涼太が言った途端、空気が一気に変わる。そりゃそうだ、相手のホームで相手の悪口を言ってどうするんだ。私の意見を聞きもせず、好き勝手言ってしかも私のことを買い被りすぎている。うじうじと周囲で繰り広げられる、直球なようでなかなか進まない話に、私自身がいい加減いらいらしてきていた。


「貴様…、意味を分かって言っているのか」


真太郎の眉間のしわが余計に濃くなる。これまで友好的ではないものの、ただ戸惑いの空気だった体育館がぴりぴりと敵意で充満する。


「さっきから大人しくしてあげてたら、何言い出すんだ。キセキかなんか知んねえが、お前これ以上ごちゃごちゃ言うようなら刺すぞ。あ?」


いよいよ宮地先輩が出てきた。笑顔を貼り付けているその顔が恐ろしい。美人は怒ると迫力が出て恐いのは、男も女も一緒だ。


「あんた三年っスか。なら名前のこと知らなくても無理ないっスね」


少しだけ冷めたように言う。涼太はいつも人懐っこく見えるが、それは見かけだけ。こいつは自分の感情に忠実で、興味がないものには一切関わる努力をしない。何を思われても、自分はどうでもいいのだ。


「はあ?何見下したような目してんだ」


小さく轢くぞと吐き捨てながら首を鳴らす。


「なら何知ってるんスか。どうせキセキのマネージャーだったとかそれくらいのことしか知らないんでしょ」


それに反論するように口を開いた宮地先輩を宥めるように、大坪先輩が口を開いた。


「そうじゃないのか。なぜそこまで名字に拘るんだ」


主将の登場にも相変わらず態度が変わることがなく、呆れたようなため息をついている。


「先輩方はこいつの力を知らないからそんなのんびりしてられるんスよ」


段々と涼太の言葉の方向が分かって、息を止めた。これ以上晒し者になる必要はない。


「涼太、もういい」


後ろからかけた言葉は聞こえているはずなのに、尚も話し始めようとする。


「名前の力無しでは俺たちは無敗でいられなかった」
「確かに、名前の視点と助言は他のやつとはちげーよ。けど、お前らキセキが拘るほどか?」


宮地先輩が、苛々と貧乏揺すりしながら涼太を見据える。


「名前はまだ本当の力を見せていないのだよ」
「ちょっと、真太郎まで」


真太郎さえもが、静かに言葉を発す。私の味方は誰もいないのか。


「名前の力は、選手によって凄さが変わるんスよ」


これ以上言わせたらだめだ。私が、キレる。


「黙ってよ」


少し周りの部員が後ずさった。思ったより声が低かったのか。そんなこと知ったことではない。
あの時、言ったはずなのに、聞く耳をもたないこいつらに、逃げた私を追いかけ回すこいつらに、無性に腹が立った。


「だから俺たちのような選手といたほうが、こいつの為っスよ」


ぐっと拳を握る。あのときみたいに逃げればいいのに、それは嫌だと言う自分もいて、早く逃げろという自分もいる。私の足は動くことなく、言葉も口から出てくることなく、ただこいつの名前を呼ぶことしかできない。


「黄瀬、もうやめてよ」


私の声は低く、小さかった。。高尾や宮地先輩のほうなんて見る余裕はない。どんな眼で見られているか、知りたくなかった。


「やめねーよ。俺はお前を引き戻しに来たんだから。なあ、キセキの鬼」


そういって振り向くこいつの眼は私に挑発するように、怒っているように、ただ見つめている。いつもの口調を捨てたこいつに、本気だと言うことが分かる。
呼びかけられた言葉を聞いた瞬間、見た瞬間、何かが私の中で切れた。

title by 花畑心中
20140506


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