これが僕の愛です/高尾 | ナノ
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「名前さん」
「……何、テツ」


二人でとぼとぼと歩く。夜道はいくら街灯がちらほらと立って道を照らすといえども、暗いことには変わりなく、かえってその人工的な白い灯りは不気味ささえも増幅させる。
友達よりは近いような、恋人よりは遠いような、中途半端な間隔を開けて並ぶ。これが何とも言いようのない彼との関係性を表しているようだ。幼なじみでも友達でも親友でもしっくりこない、それが私にとっての「キセキの世代」


「名前さんは秀徳でマネージャーしてないそうですね」
「……うん、そうだよ」


自分のコンバースがぱこぱことアスファルトにぶつかって規則的な音を立てる。真っ黒なスタンダードな靴は夜の暗い空気と同化して、少しだけくすんだ靴紐だけが、ぼんやりと浮く。長すぎる端っこがぴょんぴょんと動いている。


「なんでやらないんですか」
「続けるほどの力がないからだよ」
「一度秀徳でアドバイスをしたそうですね」


淡々と話す彼は、中学の時から変わらない。傍目から見れば物静かだが、じわりじわりと確実に追い詰める気持ちのまっすぐさを持っている。


「なんでそれをテツが知ってるのかな」


それに反してふざけたように言う。それでも怒ることはしない。テツは私に対して怒ったことはない。どれだけはぐらかそうと、ふざけようと、呆れるか笑うか冷たくなるか、もしくは、何も言わず私を見つめるだけ。その瞳が私はたまらなく苦手でいつも逸らした。


「高尾くんがおしえてくれました」


軽いのは見た目だけではなかったらしい。
何も言わなくなる私に、彼は話を続ける。


「力がないなんてことはないことを、貴女は分かっているはずです。何より、僕たちもそんな貴女を認め利用していた」
「……私は、何もしていない」
「なぜ誤魔化そうとするんですか。赤司くんでさえ、貴女を買っていました」


テツは立ち止まって私の方をみる。その瞳は中学の卒業の時に見た。何かを吹っ切れたようで、迷っているようで、ただにじみ出ているのは前を向いた明るさだった。目をそらすことが出来なくて暫し見つめ合う。沈黙の末、目を逸らしたのは彼の方だった。


「話せないのなら、無理には聞きません」
「……」
「僕は、あの時の皆のやり方に疑問を覚えていました。だから退部し、考えた末誠凛に入ってバスケをやろうと思いました」
「…今、バスケは楽しい?」
「楽しいです。とても」


そういう彼の瞳に嘘はない。ただまっすぐに明日を見つめる光が写っている。眩しいというよりもいつのまにか自分よりも抜かしていた背丈が、あの時の頼りなげな姿からは程遠くて、何だかもう成長しない自分の背丈が悲しかった。


「良かった」


私の瞳を真っ直ぐに見続ける。私はちゃんと笑えているだろうか。大丈夫だろう、この言葉は心の底からの本心だ。
プレイヤーの中で違和感に一番最初に気づいた彼の葛藤を、私は一番近くで見てきたつもりだ。さつきは気づいていなかったろう。彼女も信じて疑わなかったはずだ。あいつらも気づいていなかったろう。もうすでに彼らは他人を見ていなかったのだから。私以外に気づいていたとしたら、征十朗くらいだろう。
テツに何も言えず、いつの間にか彼はやめていた。私の二の舞にならずに済んで良かった。彼なりに前を向いて行動した結果なのだ。本当に、よかった。


「火神はどう?」


変わらない私の口調と唐突な話に戸惑っているのか、目を見るのをやめず少しだけ間があいた。いまだにバックについているバスケのストラップだけが、あの時を思い出して懐かしくなった。


「……あの人は、青峰くんに似ています。僕と正反対の人です」


少しだけ瞳の色が揺れた。でも、それは嫌な揺れ方ではなく思い出し笑いするような柔らかな瞳。


「そっか。良かった。新しい光に出会えて、テツもバスケ続けてて」


退部届を出したと聞いたとき、もう一生バスケをやらないのかもしれないと思った。彼のバスケは強ければ強い明るい光がなければ、役に立たないものだから。大輝ほどの強い光を目の当たりしてしまえば、次それ以上の光なんてそうそう見つからないだろう。テツは本当に運がいい。


「名前さん」
「なに?テツ」


その声は真剣そのもので、そういう空気ほどぶち壊したくなってしまうけれど、それは逃げでしかない。逃げ続けてきたから少しくらい向き合わなければいけない。


「誠凛のマネージャーをしませんか」


もうすでに有能すぎるカントクがいるでしょ、とそんな分かり切ったことは言わない。


「嫌だ」


笑顔で言う。
秀徳だからじゃない。誠凛だからじゃない。真太郎がいるからじゃない。そんな小さなことではないのだ。私の問題なのだ。


「……そうですか」


それ以上何も聞かないテツの優しさが、心に沁みて痛い。


「私はもう、どこかのチームに所属することはないよ」


しっとりとした風が私を包み込んで、離れてゆく。


「…それは、僕たちのせいですか」
「違うよ」


静かに聞く彼の言葉を待たずに言う。思いの外強く出た言葉は闇に放り投げられて、吸い込まれていった。また降りた沈黙が前より痛い。


「なら、赤司くんのためですか」


さあっと血が駆け巡っては下に降りていく。
何かが冷え切るように喉が、心臓が、青くなる。


「征十郎は…」


微かに呟かれた言葉は、自分が聞いても小さくかさかさしている。何を言おうとしているのだろう。あまりにも無意識に出た言葉。その先が続こうとしない。


「名前さん!」


はっと、我に返る。心配そうに見る彼に慌てて笑いかける。


「ごめんごめん。あいつのためでもないよ」


それでもなお心配そうな表情を崩すことはない。


「あいつとは、もう終わってるから」


心配そうな彼の瞳を見つめる。暫く様子を窺っていたが、少しだけ息を吐いて目を伏せた。


「それなら、いいです」
「そうだよ。それに、あいつに私は必要なかったよ」
「そんなことはありません!」
 

テツにしては珍しく強い口調だ。これまで声を荒げることなどなかったのに、今までにない強い瞳をしている。その瞳に意外さを覚えて、気圧された。


「赤司くんには貴女が必要でした。それだけは、覚えていてあげてください」
「……分かった」


さらりと大きな風が吹いた。髪が流れ、ばらばらと頬に当たる。


「名前さんが秀徳に行ってよかったです」


テツがふんわりと風と共に笑う。その意味が理解できなくて、首を傾げた。


「なんでもありません」
「気になるじゃん」
「いつか、分かりますよ。とにかく、まだ僕はマネージャーの件諦めませんからね」


そう明るく行って歩き出してしまう。突然すたすたと歩き出すものだから、びっくりしてもたつく。


「ならないっていってるじゃん!」
「なんとかします」
「テツって前からそういうところあるよね、変に精神論な頑固なところ」
「名前さんの頑固さにはかないませんよ」
「いや、テツの方がカタブツだからね」
「なら名字さんは石頭ですね」
「それ、悪口だからね!!」


真っ暗な夜道をぎゃーぎゃー騒ぎながら歩く。私たちの声以外響かない空間が、変にくすぐったくて楽しい。まるで、昔に戻ったみたいで、他の奴らともこんな風に変わらないでいられたいと思った。

title by 花畑心中
20130414

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