むしむしと空気が重い。教室よりも人口密度が圧倒的に低いはずの、たった一人でいる生徒会室でも変わらずに湿気は蔓延る。制服の下から滑り込むもあっとした空気はそこから逃れることを知らずに、じっとりと肌と服を密着させる。 外も太陽は顔を出さずどんよりと低い雲が立ちこめて、余計にやる気をそぐ。 山のように積まれた書類を一瞥して、見てないふりをして時間を確認した。あとちょっとで時間だ。やる気がないまましても仕方ないと、私はこもった生徒室を抜け出した。
両手に冷たい袋をぶら下げながら、少しだけ開いた重い扉を、両手で引っ張ってあける。何年も使い古された体育館の扉は、中はそんなでもないのに錆びついてざらざらと音を立てる。自分の分だけ開けて中に滑り込むと、外とは比べものにならないくらいの湿気が私に襲い掛かる。 汗と熱気と怒号と弾音がひっきりなしに響き渡る。私が入ってきたことに気付いているのは、傍らに立っていた顧問くらいだ。
素早く走る選手を見守る。バスケに関して何も知らない私でも、この学校は並大抵の力じゃないことがわかる。素早く動く体、素早く飛ぶ合図、どこまでも計算して一人ひとりが動いている。その中に、見知った金髪を見つけた。あ、と思う間もなくその頭はさらに大きな黒髪で隠される。大坪だ。ばちばちと動き回っていた選手がふっと、止まった。止まったといっても一瞬だが。選手たちの視線を見ると、空にボールが浮かんでいる。
「…たっか」
自分では到底届きそうもないところを、綺麗な放物線を描いて、すぽりとゴールに入った。ゴールにぶつかることなく、ほんとにすっぽりと。
「…すっご」
そのゴールで、監督が笛を鳴らした。すると、皆動きをやめて走ってこちらに来た。自分よりも大きな選手が来るものだから、地味に恐怖だった。
「あー、今日の練習は終わり。クールダウンしがてら生徒会の動画忘れずになー」
はい、と揃った声を発する。それすら空気を揺らした。
「よー宮地」 「…お、お飾り生徒会長」 「うぜえドルオタ」 「はあ?お前刺すぞこら」 「刺してみろパツキン」 「相変わらず女とは思えねー口の悪さだな」
そういってぎりぎりと頭を掴まれる。
「いいいい痛い痛いわ宮地頭頭つぶれる」 「おー潰す気だかんな」 「うわひっどすいませんしたさーせんした宮地様」
それでもなお手を緩めようとしない宮地の手をどうにかして外そうとするも、レギュラー獲得した三年バスケ部男子と帰宅部女子で、190p超えの身長から150p後半しかない私がかなうはずもなく。
「それくらいにしておいてやれ」
鶴の一声だ。
「…くっそ」
少し逡巡してやっと手を放してくれた。
「大坪おおおお!ありがと!」
そういいながら駆け寄ろうすれば、宮地に首根っこをつかまれて頭をはたかれる。
「なにすんだ宮地!」 「ちったあ反省しやがれ」 「あ、宮地。差し入れ持ってきた」 「スルーかよてか何、差し入れ?」
ステージに避難させておいた袋をダッシュで取りに行く。あ、まだかろうじて溶けてないみたいだ。一応コンビニの店員さんに大量の保冷剤貰ったかいがあった。
「ほれ、アイス」 「…みょうじにしては気つくな」 「それくらいするさ一応会長ですから」
そうしゃべっていると、元気な声が聞こえて振り向く。
「宮地さーん!なまえ先輩カノジョっすか?」 「誰がこんなやつ、高尾轢くぞ」 「え、それってひどくない私に対して」 「うるさいのだよ、高尾」
赤いカチューシャをした黒髪男子と、その横に引きずってくるようにして宮地と同じくらいの大きさの綺麗な緑色をした髪の毛をもつ男子がやってきた。
「高尾じゃん。お疲れー」 「あざっす先輩!え、差し入れっすか」 「は?お前ら知り合い?」 「あーメル友」 「毎日愛を育んでるんすよねー!」 「あほなことを言うな高尾」
相変わらずひっでえ先輩!でもそんな先輩あいらびゅー!と馬鹿なこと叫んでるなと思ったら、宮地に羽交い絞めされていた。それを見て見ぬふりをして緑色の生徒に話しかけた。
「君が、緑間くん」 「そうですけど、なんでしょうか」
かちゃり、と眼鏡をあげて私に尋ねる。包帯でまかれた指はすらっと細くて、きれいな顔をしている。男らしいというよりは女っぽい本当に綺麗な顔だ。
「お汁粉好きな緑間くん」 「…そうですけど、それが何か」 「高尾からよく聞いてるよー。ということで、小豆バーね」 「……はあ、ありがとうございます」
私がぐいっと箱の中から取り出した小豆バーを渡す。黙って受け取ったが、その顔は心なしか嬉しそうだ。
「小豆バー、好きだった?」
一応、緑間くんのために買ってきたんだけど。あ、いやだったら他のもあるよ。というと、いいえ、と
「大好物です。ありがとうございます」
そういって軽くお辞儀をしてくれた。
「そんなー勝手に私が買ってきただけだから。気にしないで。喜んでくれてありがとう」
そういうと、後ろから突然はたかれる。なんだと思って後ろを見ると、何やら不機嫌そうな顔をした宮地がいた。近くには少しだけ疲れた笑みをへらへらと浮かべた高尾がいた。
「おい、勝手に話進めんな。俺のは」 「宮地はこれね」
そういってアイスを手渡す。
「ぶっほパイナップル!!」
後ろで爆笑している高尾がまた頭をはたかれる。
「宮地はパイナップルパイナップル言ってるから、パイナップル好きなのかなと思って」 「……まー、好きだけどよ。」 「けどなに。それ限定商品なんだかんね。一番高いんだから」 「そういいながらちゃっかり自分の分確保してんじゃねーよ」 「いいじゃーん私も食べたかったんだから」
絶対おいしいよ、といいながらがさごそと袋をあさる。
「…まーいいか」 「ん?なんか言った?はい、高尾は小豆バーね」 「えー!なんでっすか俺もなまえ先輩とおなじやつがいいー!」 「我儘いうな。パインはもう完売したの。あんたは緑間くんとおなじやつね。いいでしょ、緑間くん大好きなんだから」 「いや、好きだけども、好きだけども!俺は先輩のが」 「黙って食え高尾刺すぞ」
なんか物騒な言葉を言っていたが、日常茶飯事なのでスルーだ。
「んじゃ、アイス配ってくるわー」
もあっとした梅雨の空気も、負けないほどに皆熱かった。
title by 降伏 20130311
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