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胸糞悪い夢だった。何度も、何度も、同じ夢。夢だとわかっているのに、眼前に突きつけられるそれに逃げる術はなく、ただ、その時間が過ぎるのを耐えるしか方法はなかった。いつもいつも、一人になる。傷つけられる。置いていかれる。曖昧なままのその夢は、ただ不快感ばかり体に残していく。早く終われ、そう願いながら。
いつも、真っ暗闇の中、ただの概念としてぼとりぼとりと、嫌な感情を植え付ける。早く逃れたいのに、逃れられない。
無様に藻掻いても、自分しかいない孤独。ただ、何もかもに目を逸らして蹲るばかり。
そこで目を覚ますのを待つばかりだったのに。
今回は違った。
ふわりと、黒い霧が晴れていくように、一筋の光が見えた。それを掴むように、縋るように、手を延ばす。必死で。

ふ、と目をあけると、背中が濡れて気持ち悪い。それでも、いつものような胸糞悪い心臓の塊は抱えていなかった。
自分の手に得体の知れないものを感じて首を捩る。
声を出さなかったことを褒めて欲しい。目を瞬かせて脳も一緒に覚醒した。
俺が寝ているソファの空いている部分に、器用に頭を乗せながらあいつがぐっすりと寝ていた。あいつの片手が何故か俺の手にすっぽりと包まれて握っている。
何故、俺はこいつの手を握っているんだ。
まさか、

自分がこいつの気配に気づかなかったことと、握りしめた手の事実の困惑を棚に上げて、なんでこんなところにいるんだとか、無防備に寝ているこいつもこいつだ、とか、呆れた溜息を吐き出した。
前もこんなことがあった気がする、ともう思い出せない既視感を感じながら、同僚だった時より伸びた髪をぼんやりと見ていた。
すうすう、と思いのほか近い場所にあるこいつの間抜けな顔を眺める。

どれだけそうしていただろう。
我に返って目を瞬かせる。俺が手を離せばあっさりとそれは外れ、一回り小さな白い手がころんと布の上に転がった。
また呼吸を吐いて体を起こす。何も知らないような顔で、地べたに座り込んでぐっすりと眠っているこいつの体に腕を通してそのまま立ち上がる。慣れた自分の家を電気を付けずに徘徊する。すでに俺の本来のベッドはこいつのものになっていた。横抱きにした女の頭が俺の胸にもたれかかる。温かな吐息が当たってむず痒かった。
寝室について乱雑に掛け布団をどけてこいつを転がす。間抜けな顔はそのままに起きる気配のないこいつに、本当に公安だったのかと疑問すら覚える。それを抜きにしても、男の同居人がいる前で余りにも好き勝手し放題ではなかろうか。そんな関係性を築いたのはお互い様か、と他人事に思う。
むにゃむにゃとしながら枕にしがみつくこいつを見て途端に馬鹿らしくなった。乱暴に掛け布団をかけて離れようとすると、何かが引っかかって離れられない。見たらシャツを器用に引っ張っている女の腕が伸びていた。そのまま近くの端まで転がってきて引っ張る。


「本当にお前寝てるのか」


思わず小さく呟く程には力が強い。そのまま引っ張られて体勢が崩れベッドの上に倒れ込んだ。


「おい、」


彼女の顔が近くにあって思わずそのまま離れようと体を起こそうとするのに、今度は女の方が、俺の手を両手で包み込む。顔と顔の間でそんなことをされて、俺は驚きを隠せていなかったと思う。


「一緒に寝たら怖くないでしょう」


ぼんやりとふわふわした声でそんなことを言い出す。思わず目を瞬かせて女を凝視した。うっすらと辛うじて開いているような開いていないような目をして、ゆるりと微笑んだ。


「寝ぼけてるのか」


おい、と声をかけても手を添え握ったまま目を閉じて、すうすうと先程までの寝息しか聞こえなくなる。
つい顰め面をして何度目かの息を吐きだす。


「……朝起きて驚いても全てお前のせいだからな」


俺のせいでは断じてないし、今更もう、何もかも、馬鹿らしい。
二人でも十分余裕のあるそのベッドに、久しぶりの柔らかさにすぐに頭は重くなる。


「……けんじ……」


けんじって誰だよ、と突っ込む気力もないまま、意識はとぎれた。

次の朝目の前の人間の叫び声で起きて頭をはたくだとか、全ての記憶が案の定ないだとか、少ししたら一転して今更一緒に寝るのになんとも思わないしせっかく良いベッドだしあんなところで寝てるから夢見が悪いんだとか言われるハメになるだとか、けんじというのは女の弟で小さい頃によくそうやってあやしていたとか、こいつに小さな弟扱いされたのは癪に障るだとか、色々感情が忙しないことになるとは知るはずもない。


20180921
title by Rachel