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酩酊状態で、賭けに乗った、そんな私。
たかがそんな軽口で、自分の籍をかけてしまった、そんな愚かな私たちの話。
何かあったら財産ぶんどって海外にでも逃げようかしら。
日本酒に侵された脳内はうまく機能していなかった。





そんな私でも、一欠片の理性は残っていたらしい。
わたしの強い希望で1か月、様子を見るための同棲、同居を試運転で行うことにした。
目の前の元上司、今では対等の関係である契約者は、今すぐにでも籍を入れても何ら変わらないだろうという顔をしていたのを必死で言いくるめた。そういう所どうかと思う。やってみないと分からないだろうし、結婚だぞ。幾らこちらの感情は平静であっても、戸籍が変わるということの重大さをこいつは分かっているのか。書類上、配偶者になることによるできることってめっちゃ増える。その分不利益もあるけれども。だからこそ、せめて一か月は住んでみる必要はある。というか一か月でも短すぎる。スピード婚。うわ。相手は相手で、「意味ないだろうけどな」って言ってた。意味あるわ。正直半信半疑だし。好きなように過ごさせてもらうが、お前が私に耐えられないっていう可能性もあるんだぞ。それだったら離婚すればいいって話だけど、そんな簡単な問題じゃないぞ。組織壊滅してから何事もグローバルになった???○んまでっかの環境の先生みたいに宇宙規模で考えてない???そりゃ宇宙規模で考えたり生死レベルまで引き上げてしまったら大抵のことあっても生活していけるだろうさ。
でも私は、そんな生活は送りたくない。

職場から近いのと、部屋が広いということで降谷さんの家に転がり込んだ。我慢するのは互いに体に悪いから、好き勝手過ごしていいと言われた。ベッドも抵抗なければ自由に使えと言われた。本人は最近はベッドではなくソファで寝ているらしい。ベッドだと寝すぎるし、部屋まで行くのも面倒とか言ってた。だいぶやばい。簡単すぎる説明を受けて、いよいよこれから好き勝手過ごして、相手からお前は無理って言わせてやる。ざまあみやがれ、って言ってやる。とおかしな方向にベクトルを決め、一か月という私にとってはホテル生活、開き直って楽しんでやる気でいた。

合鍵を渡されちょこちょこと最低限の荷物を入れつつ、自分の部屋より広いところでくつろぎ始めて気づけば3週間。
あいつが「意味ない」って言っていた理由がわかった。


「あの人全然帰ってこないじゃん」


大きなテレビの真正面のソファに寝そべりながら、缶ビール片手にチータラを放り込んだ。
テレビは、録り溜めたドラマを延々と流している。
自分で言うのもなんだが、自分の適応力がカンストしてると思う。元上司の家でこんなに自分勝手に寛げる人間って、ひと握りしかいないと思う。
ある意味顔を合わせないから余計楽なのかもしれないけれど、3週間も経てばすでに冷蔵庫は私の私物とかしているし、ブルーレイレコーダーも多分私の方が使っている。どの家電も最新なのに、全然容量余っているブルーレイレコーダーを見て、録画魔な私は信じられない思いだった。
私が使っている部屋よりも広く、私が持っている家電よりも最新式で、シンプルな部屋は、気にしない人間にとっては余りにも簡単に入り込めてしまった。
ベッドも、最初は客用布団を引っ張り出して寝ていたけれど、余りにも使われた形跡のないふかふかなベッドと、姿を見せない家主に馬鹿馬鹿しくなって使わせて頂いた。庁内の仮眠用ベッドを使ってると思えば何とも思わない。


「思いの外快適すぎてどうしよう」


2本目の缶ビールを出しながら思う。
あいつにぎゃふんと言わせてやるつもりだったのに、モデルルームみたいな部屋に心奪われているのは私ではないか。
厳密にいえば、顔を合わせないだけで時々あの人は帰ってきているらしい。夜物音がしたかと思えば、洗濯機がごろごろしている音が聞こえたこともあるし、起きたらソファに見覚えのない毛布がかけられていたこともある。でも顔を合わせたことはない。
どうやら組織が壊滅し潜入捜査官ではなくなっても、忙殺ぶりは健在らしい。
私は今は基本的にやや残業週休二日の真面な部署にいるので、とても他人事のように何も感じていなかった。

このまま本気で結婚するのだろうか。最早、あの夜のことさえ嘘のような気がする。いや、酔っ払った勢いで何か勝手に仮契約書を書いた覚えがある。法的拘束力はない、今思えばちゃんちゃらおかしいし互いに頭がいかれていた。この状態が続くのなら、あいつと結婚するんじゃなくて、まじでこの家という財産と結婚するのだろうか。

缶ビールを煽りながら、ドラマに集中しかけた時だった。
玄関から電子音がした。続いてぱたりと扉が開く音がする。
まさか、と思いつつ、ソファから体は動かず缶ビールを再び煽る。
リビングの扉が開いた。ソファから振り向いてその音を確認する。


「うわ、」
「……い、たのか」


きょとん、と辛うじて目を見開いた久方ぶりに見る男の顔は、酷く窶れていた。


「え、いない方が良かったですか」


何その驚いた顔。結婚提案したのお前やん。思わず心の中で突っ込むも、眉を顰めただけで終了した。


「いや、良かった、それで、いいから」


疲労が重なった過労死ギリギリラインを幾度も見てきた私であったが、久々にみるその顔は矢張り人間がするものではないな、と違う部署に移ってから改めて思う。
小さなボストンバックを肩に担いで、言葉を吐き出すのもいちいち辛そうで、ライフゲージが赤くピコピコ光っているのが目に見えるようだった。
それでも根底にある性格というものがそうさせるのか、体を引きずって消えたと思ったら洗濯機の方からどさどさと布を落とす音がする。再び入ってきた時には上着もどこかに捨て置いてネクタイも取り払われていた。


「あの、何か食べます?」


思わず声をかけていた。前ならかけなかっただろう。多分私は、人間の心を取り戻した。


「は?」
「いやなんでもないです」
「何かあるのか」
「……白米と味噌汁ならすぐ用意出来ますよ」
「食べる」


顔死んでる状態で、奥底から出す「は?」は本当殺られると私でも一瞬思うからやめて欲しい。
もう単語の応酬である。体を引きずって冷蔵庫を漁ろうとする彼に、流石にビールを飲んだ華金謳歌している酔っ払いが動いてやろうと、手で制して座らせる。
味噌汁といっても冷蔵庫に入れてあったものだから、どちらかというと冷や汁だ。温める時間も手間も面倒くさい。今日は偶然具材も冷めたままでもいけるだろう。というか食べるといいながらこの体調で味なんて分かるのだろうか。腐ってなきゃいいだろう。
最近マイブームの輪切りにしたズッキーニと油揚げが具材のお味噌汁をそのまま器に盛って出す。ズッキーニは冷めても十分美味しいことを発見したのだ。明日の分も多少残ったことを確認し小さな鍋ごと冷蔵庫に戻す。ご飯も冷凍ご飯チンだがないよりはマシだろう。
ぼんやりと座って首を鳴らしている彼の前に出して、私は再びビールの缶を引っ張り出してソファに戻ろうとする。


「……ありがとう」
「は?え?いいですよ別に。後片付けは自分でやってくださいね」


この人からの感謝の言葉なんて、明日は槍でもふるのか。
まあ朝まで置いておいたら自分のと一緒にやってやるが、慈悲はそこまでだ。
人によっては、寝る前に片付けられてないと嫌がる男いるよねー。そんなに嫌なら自分で洗え。全部やって欲しいなら家政婦を雇え。
見知らぬ人間に蹴りを脳内で入れながら、ドラマをまた見始めた。

彼が味噌汁に口をつけた瞬間、目を見開いて生気を取り戻し、冷蔵庫の鍋まで平らげ、お椀を掲げながら、こいつと結婚するなんてトチ狂ったことを呟いているなんて私は知らない。



20180827
title by Rachel