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何も覚えてなかった私が、目覚めて突然あの男の顔が真正面にあって、驚きすぎて叫びながら思わず足で思いっきり蹴って外に放り出したら、そのままの勢いで頭をはたかれて完璧に体が覚醒した朝。
寝惚けて私が降谷を引っ張ったらしく、弟の名前を出されたので弟と間違えたのだろうといえば複雑な顔をしていた。
色々驚いたことはあれど、よく考えてみればそもそもこの人のベッドだし、二人でも十分の広さだし(金持ちめ)、全然互いに寝れていたので別にここで寝ればいいのではないか。仮眠室と変わらなく無いですか、と言ったら、何故か額に手をあてて深くため息をつかれた。解せない。












「食べないのか。毒は入ってないぞ」
「……分かってますよ」


懇意にしている店なのか、対して警戒もせずに前菜を食べ始めた目の前の男を見て、私もナイフとフォークを手に取り、ルッコラと桃に突き刺す。

何故こんな所にいるのか。そんなもの私にもわからない。
真っ白なテーブルには、静かにコースの料理が運ばれてくる。
目の前の男は髪型などは変わらないが紺のスーツを着ているし、私は私で退勤後拉致られ放り込まれた服屋で身ぐるみ剥がされ、気づいたら深緑のレースのワンピースを着せられ、ヒールも仕事用ではないベージュの上品な靴をあてがわれた。値段は知らないが絶対に安くはない。怖い。
連れてこられたのはどこかのビルの最上階にある展望レストラン。普段いくようなレストランではないことはすぐに分かる。顔パスのようで慣れたように入っていく降谷についていくしかできず、案内された場所は隅の奥の方だが一面ガラス張りに面した特等席の一つだった。そこから東都の夜景が一望でき、真ん中には東都タワーが見える。確実に一流レストランだということが分かった。席代だけで金が取れる。
奥に彼が座り、その真正面に私が座る。慣れたようにワインを選ぶ様を見ながら、頭では理解できない事柄と、冷静な現状把握が飛び交っていた。
年はあれど奥に彼が座ったのは、その場所は後ろが壁に面しており、そこなら死角を潰せるからだ。一番店内を見晴らし良く見ることができ、刺客にいち早く気づける場所。全面ガラス張りに面していたとしても、ただの夜景が見える場所ではなく、このビルと同等もしくは高いビルが見る限り近くに存在しない。唯一高いのは東都タワーだが、遠すぎる。ざっと目測で1000ヤードは離れているから、超人じゃない限り射撃される可能性も限りなく低い。
料理だけでなく、防犯面でも使い勝手のいい場所だという事だ。
場所の分析は出来ても、目的は皆目見当がつかないまま、私は促されるままに料理を口に運び、余りにもたわいのない世間話をこの男としている。
なんの目的があって私を連れてきたのか、何も想像ができず、普通の顔で食べ進める男の顔を見ていたら馬鹿馬鹿しくなって考えるのをやめた。食事はとても美味しい。
なんだかんだあっという間にコースは進み、後はデザートだけになった。
全ての食器類が下げられ、テーブルの上はナプキンだけだ。


「なあ、」
「なんですか」


肩にワンピースを合わせ直しながらそう言う。もう思考回路は閉じたのだ。ただ私は食事をしに来ただけで、何か買収されようが、契約されようが、利用されようが、それとこれとは別。今の私は何も弱みを握られていないはず。当たり障りのない会話は何も産んでないはず。
目の前の男は肘をテーブルについて、形だけはいい顔の前で手を組み、何故か真剣な顔をして考え込んでいた。


「もう1ヶ月以上経っているのに気づいているか」
「……ああ、その話ですか」


そう、一ヶ月のお試し期間はとうにすぎていた。過ぎていると言っても一週間くらいである。
帰ってくるようになったといえども忙しそうだし、私は職場にも近いし快適な空間だし、考え無しに色々持ち込みすぎて最早自分の家に戻しに行くのも面倒になっていた。このまま話しさえなければ籍を入れないままずるずる同居人もして過ごしてもいいかもな、なんて勝手なことを思っていた。
どうやら、私と正反対な性格である几帳面な降谷はそうはいかないらしい。愈、破談通達か。そちらが言い出したことなのに白紙に戻されるのはなかなかに癪に障るが、そう仕向けたのは私だ。いうなれば、今日の食事は手切れ金みたいなものか。私はあえて堂々と好き勝手していたから、同居人のストレスは半端ないだろう。
ブルーレイレコーダーに残した録画どうにかして私の方に移せないかな、なんて考えていた。


「はいはい、最新電化製品と職場の距離を手放すのは惜しいですが」
「は?何の話だ」
「え?この契約結婚かっこ仮を白紙に戻してくれっていう話でしょう」
「何を言ってる」
「は?」


ゲンドウポーズをしていた男が私の方に目を向けた。


「俺はもう、お前なしでは生きていけない」
「は???????」


いきなり何を言い出すのだ、目の前の男は。さも真剣な顔で、まるで一世一代の告白のように。は???????それはもしやプロポーズでは?何故私にそんな言葉を?幻聴かな?鳥肌が立つわ。確かに同居人として生活はしていて真っ向から怒られたことも不満を言われたことも無い気がするが、かといって好かれる要素もないし、好かれている訳が無い。今更どうして、好かれる?
人間の感情なんて理解不能だから、こんな男でもころっといってしまうことがあるのだろうか。それが私を?犬猿の仲の私を?損得利害関係でしかありえない私を?
は??????こいつ頭おかしいな?


「は?????降谷さんヤバい薬にでも手を出しましたか?マトリに検査でもしてもらいます?」
「出してない」
「私のこと好きなんて言い出すの頭おかしいとしか」
「お前の味噌がないと生きていけない」
「…………………は?」


目の前の男は至極真剣に私を見つめている。


「お前の糠も味噌もないともう生きていけない体になった、どうしてくれる」
「………いっぺん野垂れ死んできたらどうですか」


馬鹿馬鹿しい。こいつ違う方向にぶっ飛んでたわ。確かに私の味噌も実家に分けてもらった糠も大切な宝である。


「一度知ったら元に戻れない」
「死んだら味覚リセットされるかもしれませんよ」
「死ねばもう食べられなくなる」
「冗談ですよ、気持ち悪いわ!」


なんだこいつは。本気なのか。
そんなに食にがめつい男だったか。
いや、そんなことあったわ。上司の時から定期的に私がご飯を作ってたのはどうしてか。自分でも自己管理の時によく作っていたらしい。こだわりが強いだけでなく、頑固な男である。こうと決めたら、どんなことをしてでもやりとげる。そんな男だったではないか。


「俺から持ちかけた話だ。元から白紙に戻す気などさらさらない」
「うせやん」
「しかもその上あの味噌と糠だ。俺は何としてでも手に入れる」
「えぇー」


少し引くわ。案の定だわ。


「一ヶ月住んでも俺の目に狂いはなかった。お前が一番利害関係の上で都合がいい」
「はあ」
「お前だって満更でもないだろう。適応能力は俺より酷いぞ」
「五月蝿いですよ」
「既にあの時に、俺達は契約したんだ。今更違えるのか」


は、と鼻で笑って私を見る。その顔が心底憎らしい。


「あの時は、」
「言い訳か。情けない」
「あんたね、」
「女は二言でもあるのか」


手を解き、今度は頬杖をついて余裕綽々で私を嘲笑う。
私が一番気の障る方法で、挑発してくる。わざとだとも分かっている。それでも、癪に触ってしまう自分に腹が立つ。
眉間に皺を寄せて男を睨んだ。


「ほんと嫌な男だな」
「お前も大概だよ」


外面だけはいい男。中身は悪魔だ。鬼だ。蛇だ。狙った獲物は逃がさない。それを私はよく知っていたはずだ。それが今回は、私の「立場」であっただけ。後は味噌と糠。将来高血圧になってセーブを言い渡されてしまえ。
隙を見せた時点でとうに私の負けだったのだ。契約をしてしまった甘さ、目の前にぶら下げられた餌に食いついた愚かな魚。
私はその目からはずし、溜息をついた。


「あの時の話は有効でしょうね」


一瞬きょとん、とした表情をしたが、すぐに私の言葉少なに指し示した事柄を理解したらしい。


「当然だ。一生をかけて、お前を全力で守る」


私は不思議な心地で、真剣な顔でいう男のそれを聞いていた。
この男は、数多の女に好かれる要素を持っている。そしてそれを自覚し、時たま利用するくらいの器用さと冷徹さも持っている。選択肢など私の何倍もあるのに、こいつはあっさりとそれを投げ捨てようとしている。

この男の熱烈な告白を、どれだけの女が欲しがっているのだろう。
他人事のように考えていた。
それをこいつは下心なく、ある意味欲求に正直だが、何も抱いていない女にその言葉を簡単に吐く。そして私も、平坦な思いでそれを聞いていた。
なんとも間抜けな会話だ。
何もかも、馬鹿馬鹿しい。
私は深く息を吐いた。


「はあ。私の負けです。女に二言はない」


その言葉に満足げに笑う男の顔を、私は一生忘れないでおこうと思う。


「よし」
「……はあ」
「そういえば、」
「まだ何かあるんですか」


目の前の男が、何か忘れていたようにがさごそと何かを取り出した。


「…………ん?」


目の前に置かれたのは、深い真紅の天鵞絨の箱。幾ら縁遠い生活をしていても、さすがに私でもこの箱が何を意味するのかはすぐに分かる。
ぱかり、と開かれたそこには、燦然と光を集めて輝くダイヤモンドに縁取られ、緩やかな婉曲を芸術的に描いたモチーフの、指輪であった。


「え……嘘でしょ」
「婚約指輪だ」
「いや見ればわかる。それは分かる。でもなんで?なんでこの関係性で?」
「所謂前金的な?契約成立の証として。一つくらい持っててもいいだろう」
「いや普通一つで十分ですから。てか前金って。高すぎでしょ」
「人生賭けてるんだ。安いもんだろ」


常に命を晒してきた人間の言葉は酷く重く聞こえた。
いやでもだ、でもやばすぎる。ちょっと待て。
さらりと出されたものを、直視できないような見たいようなでもやばいのは十分伝わるような、目を瞬かせて眺める。


「……え、CHAUMETじゃないですか。え、やばい」
「お前好きだろ」
「好きですけど。てかなんで知ってる。だから値段やばいって分かってます?!」
「俺が買ったんだから知ってるに決まってるだろ」
「うわやばいこの人の感覚やばい。CHAUMETはやばいでも本当に綺麗さすがCHAUMET」
「結婚するお前も大概だけどな」
「何か言いました?」


もう途中からあまり聞いていなかった。ケースを手に取りしげしげと眺める。
ハイジュエリーの中でも私はCHAUMETが一番好きだ。あのナポレオンの妻ジョセフィーヌが愛した伝統あるジュエリーブランド。婚約指輪の最高峰といえば、ハリーウィンストンとも言われるが、私は断然CHAUMETが好きだった。もし、いつか、差し出される時がくるならば、CHAUMETだったらと夢見たこともなくはない。それが今、この瞬間叶っているのだ。叶わないと思っていた。というかそもそもハリーウィンストン程ではないが、CHAUMETも立派なハイジュエリーだ。様々な値段設定はあるが、明らかに真ん中に置かれているダイヤモンドの大きさがおかしい。その周りにも小さなダイヤモンドが品良く散りばめられているその数。
宝石って多すぎてもギラギラしてて私は好みでないと思っていたけれど、本物は数多くても綺麗なんだな、品が落ちない、それどころか上品さは増している。うわ本当に綺麗。これを誰が選んだかは知らないが、私の心はどストライクだ。
いや現実に戻れお金の問題だ。確実に最低ランクのものではない。最高に近いレベルの指輪。それを私なんかに出せるこの男の収入と価値観怖い。もしかして私やばい人と契約してしまったのでは。


「……降谷さん、来世は結婚詐欺師になれますよ」
「あ???」


犯罪者扱いされて地獄の鬼のような顔をする男を見ても、今の私には何も怖いものはなかった。
そうして私たちは正式に、夫婦になる契約を交わしたのである。



20190923
title by Rachel