今日は働いたと思う。久々に酷使した体の倦怠感を実感する。
若干頭痛のする頭を持ち上げながら起きたのは朝五時半。なかなか昔の習慣というのは抜けないものだ。昔はもっと早く起きていたが、これでも遅くなった方。ひっそりと外に出ればまだ肌寒く、目が段々と冴えてきた。 昨日サッチに交渉して置いていただいた、長年の日課である愛しい糠床に空気を入れるために厨房にいくと、すでにサッチがリーゼントを完成さして準備をしていた。軽く挨拶を交わしながら、ぐにゃぐにゃと糠床を混ぜる。そこで数人のコックさんたちと料理の手伝いをしつつ、人が増えてきたらあまり勝手の知らない私がいてもうまく回らないだろうと、辞退させていただいた。ぐるぐると鳴るお腹をごまかしつつ、私はふらふらと外に出た。 外に出てよくわからず歩いていると、洗濯物が山盛りに扉付近になっているところがあった。よく見ていると段々とそれは中に消えてゆく。そっとその扉の中をのぞき込むとそこはランドリーだった。沢山のドラム式洗濯機が音を立てて回っている。それを器用にやっていく大柄な男たち。きっちりと役割分担されたその作業工程は美しかった。 覗いているのを発見され、怒られるかと固まったら、私のことは知っていたのかフレンドリーに話しかけられほっとする。 「何か手伝うことはないか」と言ったら、しばし考えたウルハさんという人は、昼からこれ全て干すから暇だったら来なさいと親切に言っていただいた。ここの海域は真昼から夕方にかけて晴天が続くから、朝早くに急いで干さなくても十分に乾くのだそうだ。それまではひたすらドラム式で洗っているようで、その人たちにまた挨拶をしながら探検をした。 よくわからないなりに歩いていたら甲板に出た。昨日は沢山の椅子と机が宴のために並んでいたが、全て片づけられ未だに酒の匂いが漂う木の床をせっせとこすっている若い人たちがいた。そこにはエースも居て、寄っていくと今日はエースの隊が後かたづけの係らしい。ここでもきっちりした分担に感動した。 そのままブラシを渡され掃除していたらじゃれつかれ、笑っていたらいつの間にか空中に放り投げられ イゾウさんと朝飯を食べた。
うん、そんな感じだ。 朝ご飯を食べながら(久々の和食に泣きそうだったそれにフランスパンのサンドイッチも食べたけど)、イゾウさんが「昼からあけとけ」というので、仕事が入っていると伝えると眉を釣り上げられにらまれた。ランドリーのおじさんたちの事を言ったら額に手をつき呆れられ、あまり勝手にいぬっころがうろちょろするなと怒られた。いぬっころ、って私犬?首を傾げつつも、反論するほど馬鹿ではなかったのでとりあえずそれを聞いて笑いをかみ殺していたマルコの朝ご飯のバナナを奪ってやった。 昼の選択物干しを渋々了承してくれたイゾウさんは 私がせこせこと働いている中後ろからぷかぷか煙管を吸っていた。それが絵になるのが酷く悔しい。 その後またお昼ご飯を食べて(ミートソーススパゲッティだった。なんだか毎食美味しくて天国みたいだ。サッチにそんなことはいってやらないが)、その後はイゾウさんに連れられ船内の基本的な構図、禁止区域、約束事項などを叩き込まれた。私は如何せん考えなしに動きすぎらしい。自分的には考えているつもりなのに。 ステファンというこの船のアイドル的存在の彼とじゃれつつお昼寝してしまったら、イゾウさんに叩き起こされ、今度は16番隊の皆さんに挨拶をした。姉御!となぜか言われたので違うわ!と返しておいた。イゾウさんが持っている隊だからもっとインテリ的な狡賢いタイプが多いのかな、と思ったら寧ろ優しくて素直な子が多かった。子、って思う時点で私年か!そんなことを考えていたら何故か頭はたかれた。読心術が使えるのだろうか。
「おい」 「……イゾウさん?」 「寝るには早くねぇか?」 「ちょっと朝から張り切りすぎた……」
そう、私はそんなことを考えながら自室ですでに眠気がおそってきていた。脳内日記の完成だ。
「おまえは馬鹿か」 「イゾウさん何のようですか。見てのとおり馬鹿なんでちょっともう眠りの国に……」 「なら酒も飲まねェか」 「お酒なんて昨日たらふく飲んだじゃないですか」 「おまえさんから奪った酒だとしてもか?」
その言葉を聞いてかっ!と目が覚める。それにくくっと笑うイゾウさんはもうスルーだ。
「え!飲ましてくれるんですか!?」 「まあ眠いのならしゃぁねェなァ。俺一人で飲むとするさ」
そのまま踵を返して去ろうとするイゾウさんの手を必死で掴む。
「全然眠くないです今から空飛べるくらい元気ですほら飲みにいきましょう!」 「ははははっ!空なんて元気でも飛べねェだろうが」 「言葉の綾ですよ!残しといて下さいよ!絶対!」 「短時間でこいつ飲むほど馬鹿じゃねェよ。甲板で待ってらァ」
こんなにいい酒はゆっくり飲まねェともったいねェ、と言って片手に持っていた酒を肩にかける。
先に行ってしまったイゾウさんを尻目に、急いで厨房に行き、驚くコックさんたちを横目にごそごそと中から茄子と胡瓜を引っ張り出す。残りストックは少ないが、今回の酒のつまみには変えられない。包丁とまな板を貸してもらい、すとん、と切ってゆく。急いで皿に盛って駆けていった。
月明かりに照らされて、海を見下ろしている彼は酷く綺麗で、思わず後ろから声をかけるのを躊躇って立ち止まる。すぐに私の気配に気づいて後ろを振り向いた。女化粧に似合わない胡座をかきつつも、妙にその釣り合いが心をざわつかせる。
「おせぇ」 「これでも急いで来たんです」
からころと音を立てる木の音に混じる涼やかな鈴の音。イゾウさんの隣に座りながらゆらりと波打つ紫色の海を見た。
「おまえさん、漬け物なんて持ってやがったのか」
箸で器用に持ち上げる腕は、白くて綺麗だ。すっと細められたその瞳にも慣れてきた気がする。 とくとくと琥珀色の酒をお互いに酌し、おもむろに上げる。両手で支えて飲むそれは、大層甘くて辛いのに喉を焼かない。優しい味だった。それまでにも何度も故郷の酒は飲んできたというのに、酷く懐かしくなる。けして派手ではなかったが、独特の華やかさを持ち、独特の毒気を含んだその穏やかで混沌とした故郷。 思わずその故郷の衣装を着続ける彼に目をやると、何故か彼もこちらを見ていた。それに驚いて目を瞬かせると、ふっ、と笑って酒に戻した。
何か話すだろう、と思っていた。酒の感想でも言い合うと。しかし、ただ無言でゆっくりと飲み続ける。それがこの酒の効能なのだろうか。もしかしたら、彼も同じように故郷を思い出しているのではないか、とそう思った。そんなに多く注いだ訳でもないのに、時折つまみに手を伸ばしながら、時間が止まったようだった。
「お前さん、昔話でもしてみな」
彼の声に驚いて見上げると、海を眺めたまま酒を呑んでいる。穏やかに過ぎさるその光景が酷く綺麗だ。 彼にはいつか、私がなぜ間違えて殺そうとしてしまったのか、そのわけを言わなければならないと思っていた。あまりにも、間違えたでは済まない内容だから。なんとなく、イゾウさんのこの言葉はそのことを遠まわしに促しているようにも聞こえたが、今話すにはデリケートな問題でもある。
「……お酒が不味くなるかもしれませんよ」 「お前さんの話くれェで不味くなるような下手な酒じゃねえだろう」
にやりと口角をあげて私にすっと視線を寄越す。私は小さな深呼吸をして海を眺めた。
title by へそ 20150323
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