酷くたゆたう欠伸をかみ殺しながら外にでる。眩しいくらいの太陽はすでに天高く上り、じりじりと船舶を焼く。時折出会う部下に挨拶をされながら、ゆらゆらと朝の一服と称して紫煙を吸った。
「イゾウ、今起きたのか」 「生憎昨日一人で酒盛りしたらこんなザマさ」
コーヒー片手に甲板から何かを見下ろしている。それに習って、手すりに凭れると、下では今日の当番はどこだったか、ゴシゴシと朝からブラシでこする音がする。十人くらいが長い柄付ブラシをもって水を流している。それにまじって長い黒髪を一つ無造作に団子にしながら磨いている女がいた。
「今日は何番隊だっけか」 「二番隊じゃねえかい?あいつはそんなことしらずにやってるだろうがなあ」
いつの間にかエースが来て、どかんと体当たりされている。それに怒って水をかけている様子は見ていて餓鬼だ。周りの部下にも笑われてやがるのを見ると、昨日今日であまりにも早いとけ込み方だ。 ショートパンツにTシャツというカジュアルな格好でブラシに顎を乗せながら笑っている様子にふと眉があがる。 あんな風に笑うのか。これだけの海賊に囲まれながら堂々と立つ姿は凛とした椿のよう。それでいて綻ぶ笑顔は幼い。
「……イゾウ?」 「あ?どうした」 「いや、なんでもねえよい。そろそろ朝飯いかねえと食いっぱぐれるよい」 「俺は和食なんだから変わんねえさ」 「いや、あいつが食べてねえから、連れてってやってくれ」
ぐたぐたと走り回る二人に合わせて、すでに周りにも掃除どころではなくなっている。昨日の宴にもかかわらず、元気なことだ。
「おめェの前に食うのは申し訳ないんだと」 「……へェ」 「それがワノクニの習慣か?」 「習慣って言うよりは、性格ってのがちけェかもな」
知らないうちに身につく遠慮という作法。俺はとうにというか故意になくして楽しんでいるものだが、される側になってなんだか懐かしい。やりすぎ感も漂うそんな礼儀が良くも悪くもワノクニの性格だ。 上から覇気を飛ばせば、エースがこちらに気づく。
「おー!イゾウー!」 「エース、そいつをこっちに寄越しな」
そういうと、エースは何を勘違いしたのか笑顔を見せ、あいつの首根っこを掴んだ。
「いっくぞー!」 「……は?」
マルコが首を傾げた瞬間、エースは振りかぶり、そのまま女を空中に投げ飛ばした。高々と上がったそいつはふわりと浮きながら、一番間抜け面をさらしていたように思う。 一瞬空に止まったと思ったら重力に従い落ちてくる。そこでやっと我に返った女は、目を見開きながら体を縮めて叫んだ。
よっ、と足を手すりに引っ掛け女を引っ張る。胸にどさりと重みがかかる。
「……え?」 「おい、大丈夫か?」
胸に抱き留めたままこいつの顔をのぞき込んだ。 ぱちりとした目に真っ白な肌。 そういえば、きちんと見ていなかった気がする。 さらりと前髪が額を横切った。
「え、あ、ありがとうございます」
自分の今の状態が分かったのか慌てて降りようとするのをがっちり止める。
「おい!!エースの馬鹿が!!!一般人投げ飛ばすんじゃねえよい!!」
横で下に吠えるマルコを見ながら、ゆっくりと口角をあげる。 その意味が分からなくて女は首を傾げた。意外と小さい女だ。
「離してやってもいいが、するとお前はまた下に逆戻りだぜ?」
自分の置かれた状況が分かったのか周囲をぐるりと見回す。足を手すりにかけたままの状態は、所謂身を乗り出した状態で、俺の太股に乗っかっているこいつを離せば下に真っ逆様だ。それに気づいたのか、うきゃ!と猿みたいな声を出して自分の襟を掴んだ。ふわりと髪の毛の匂いがする。
「………って、この足戻せば私降りられますよね!?」 「ああ?命の恩人に向かってなんて言い草だ?」 「いや!ありがとうございます出来れば降ろして頂けると!」
慌てたようなその顔を見るのは随分と見がいがあるもんだったが、渋々降ろしてやる。ころん、と昨日自分がやった下駄の鈴が微かになった。
「朝飯でも行くか」 「行きましょう!おなかすきました!」
俺の前を歩く彼女はまるで犬のよう。振っている尻尾が見える。そこにエースが上ってきて謝っているところを無視されていた。
「仲良くやっているようで安心したよい」 「たかが昨日今日の話だろ?仲良くもないさ」 「お前を殺そうとしたっていう話から少しは心配するもんだ」 「ああ……俺が会ったのは殺気立ったあいつが最初だからなァ」 「……想像できないねい」 「そうか?今のあいつはさしずめ……犬だな」 「犬?」 「いぬっころみてェで苛めがいがありそうだ」
自然と上がった口角に、小さくため息をついたマルコには気づかない振りをしてやった。
title by 愛とかだるい 20150217
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