銀河道中膝栗毛/イゾウ | ナノ
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訳が分からず連れてこられた所は医務室だった。ぼさりと落とされ、ナイスバディなナース服を着ている(のだからナースなのか)お姉さん方が目に入った。
瞬きしているうちにてきぱきと船医さんと思われる方が私の足を持ち上げる。慌てて椅子にしがみついていたら、突然呆れられた。どうやら私の足の裏は、この数日間裸足で過ごしたおかげでいろんな所が切れて化膿しているらしい。そういえば海に入ったら痛かった。


「このまま放っておいたら足腐ってたよ」


まじでか。てか私気づいてなかったのに連れてこられたってことはあの人が気づいていたのだろうか。
ちらりと後ろを見るといたはずの着物さんはいなかった。
痛い消毒液をこれでもかとかけられ、ぐるぐるに包帯をまかれた。その後ナースの皆さん方に囲まれてあれよあれよとお風呂に入れられ服を着替えさせられた。
マキシ丈の着古したワンピースを適当にきていた私は、私よりも背が高いナーシャというナースのオレンジ色のワンピースを着せられた。中の下着はまさかの紐だ。紐なんてきたことないわ。「マルコ隊長から話は聞いてるわ!」とキラキラした目で囲まれて、着せかえ人形にさせられた挙げ句、これに落ち着いた。
ナーシャが着たらミニスカワンピになるらしいが、私が着たら健全な膝丈ワンピになった。小さい者の悲しい性だ。
靴だけがどうしても決まらず、ぐるぐる巻きされた白い私の足は、一番酷い部分が所謂指に近いところに肉球部分らしく、ヒール禁止令が出た。ナイスバディなナース達は殆どが恐ろしいほどの高いヒールを履いていて、ぺったんこな靴がないらしい。靴が海に流され裸足で過ごしていたから、私の靴はない。かといって裸足で過ごすのもどうかと言われて手持ち無沙汰に座っていたら、後ろからぬん、と紫煙の匂いが漂った。


「終わったか」


ナイスバディなナースと匹敵するくらいイゾウさんも色っぽい。おかしいな、私ワノクニ出身だがそんな人いるっけな。


「イゾウ隊長!靴だけ困ってるの。私たちヒールしかなくって」


婦長さんのレティとナーシャだけになる。他のナース達もそわそわとドアの後ろで動いているのが分かる。これだけ色っぽかったらそりゃオモテになるだろう。私の頭上で行われるやりとりにぼんやりしながら丸窓から見える海に視線をやった。


「おい」
「はい!」


振り向くとまた手を引っ張られ、俵抱きされる。
いや、あの自分で歩けますって。


「ちょっと!」
「じゃあ服はまた届けさせるわね」
「ああ頼む」


そのまま外に出て行くが、私またこの状態で船を歩くのか。


「自分で歩けますんで」
「足怪我してんだろ。素直に甘えとけ」


言葉は優しいが顔はめちゃくちゃ笑ってやがる。もうこの人に近づいたらいいことない。


「あ、マルコ」
「……いい場所にいるねい」
「そんなこと言うなら助けてよ!」
「イゾウを敵には回せねえ」
「んなことねえよ」


この会話で力関係は歴然だ。あれ、マルコって一番隊隊長って言ってなかったっけ。私を抱えているこの人が何番隊隊長かは知らないが、敵に回したら厄介なことはわかった。


「ああイゾウ、ナマエの部屋割りはお前の部屋の隣だよい」
「ああ?」


うわ、腕に力入った痛い。


「そこしか空いてなかったんだよい。我慢してくれ」
「いや私雑魚寝でいいです」
「それはオヤジが許さねえ」
「……チッ、仕方ねェ」


これまで会った人の中でこんなにも舌打ちが怖かった人はいただろうか。
マルコと別れ私はいろんな人からチラチラと視線を向けられるものの、意を介さず悠々と歩く。揺れる振動の度に内臓が圧迫され辛い。頭も下にあるから血が上ってぼーっとする。


「ついたぞ」


ぼんやりしていた耳にその言葉が届いた瞬間、ドカっと音がして木の扉が開き、中に放り込まれた。


「うっ、いった!」
「ここがお前の部屋だ。隣が俺の部屋な」


面倒くさそうに吐く言葉はそんなに怖くないのに、床に転がっている私が起きあがってみれば、ぽんぽんと運び込まれていたらしい私の鞄から荷物を勝手に出している。


「ちょっと!何してんですか!」
「あ?何か文句あんのか」
「……いや、ありませんけど」


あの蛇のような細い目を向けられたら何も言えないじゃないか。
かろうじて入っていた二日分くらいの服はベッドの方にほっぽりだされる。それを見て何かが諦めに達した私はぐるりと部屋を見回した。
棚とベッドがあるだけの簡素な部屋だが居心地は悪くない。一人で過ごすには十分すぎる部屋だ。女だということで気を使っていただいたのかもしれないと、有り難く思う。いつの間にか女の姿に戻っていたイゾウさんがひょいひょい取り出した服を畳んでいると、「お!」と一際大きな声がする。そちらに目を向けると、にんまりと口角を上げた状態でしげしげと瓶を見つめてた。


「あ!それはだめ!」


急いでそれを取り返そうとするも、するりとその腕は避けられる。


「お前さんなんでこんなもん持ってんだ?こいつァ、幻の逸品じゃねェか」


手を離そうとしない彼が持っているのは茶色の一升瓶。たぶん私と彼しか本当の価値は分からないだろう、そして喜ぶ人もまた然りだ。

ワノクニの酒はこの広い世界ではなかなか手に入らない。何百何千何万という島があるだろう中でたった一つの小さな、鎖国気味な島で作られる酒なのだ。質まで求めたら一生口に入らないといっていい。
そんな中で私は、ワノクニの酒の中でも指折り数える幻を手に入れたのだ。それを手に入れた時にはもう死ぬかと思った。
ある島のどうってことない酒屋で、主人はその価値を知らなかったらしい。偶然手に入れたワノクニの酒だが、わざわざ他の島の奴が頼むこともなく倉庫で眠っていたのだ。凄い剣幕の私に若干引きつつ、易々と譲ってくれたのだ。
それまで大事に大事にとっておいた酒だ。この価値を知らない奴に、普通の酒と思って飲まれちゃたまらない。しかしこんな風に価値が分かる人に会うなんてことは考えてなかった。
まるで愛おしそうに見つめるその横顔に、私の危機感は最高潮だ。


「あの、そろそろ返していただけると……」
「そういえば、おめェには俺を殺しかけたっていう前科があるよなァ」
「……ソウデスネ」
「普通だったら刃向かってきた奴は息の根止めるんだが、おめェが生きてるってことはどういうことかわかるよなァ?」


なんなら、あの場で撃っちまっても良かったんだ、なんてえらく綺麗な顔で吐き出す。
そんな表情は女を落とすときにつかえばいいのに。


「……私が生きているのはイゾウさんのおかげです」
「そうだよなァ?お前さんは俺にたんまり借りがあるもんなァ?てことでこれは貰う」
「そんなああああ!」


私のこれまでの努力が。


「恨むならてめェの言動を恨みな」


それを言われたら何も言えない。ああ、泣きそうだ。

20150216
title by 愛とかだるい

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