銀河道中膝栗毛/イゾウ | ナノ
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ああ、神様どういうことでしょう。

ぐらりとゆれる木の床の上、直立不動で手を挙げて、私の視界に映るのは、ぼやけて見える黒い銃と、にやりと笑う着物の、女。
背の高い体をかがませて、私と視線を合わせるその腕は綺麗な白だが、どことなく骨ばっている。
外野から、何してんだ!と叫ぶ声が聞こえるが、そんなものどこ吹く風で私の脳天に銃口を突きつけている人物は、綺麗な真っ黒い瞳をすっと細めた。


「……覚えてねぇか?」


高く結った艶やかな黒髪が静かに風に吹かれて、赤の簪を揺らす。姿に似合わない低い声に右脳と左脳が混乱した。


ああ、神様仏様、私はなぜこんなことになっているのだろう。

海で女一人旅。
そりゃあ清廉潔白とは言わないが、お尋ね者になるほどのことはしてこなかったつもりだ。
雑用とお情け程度のチップで乗せてもらった商船が運悪く沈没し、自分の僅かな荷物に縋りながら漂っていたら、無人島に辿り着いた。
真っ青な空に穏やかな海と砂浜。
これからどうしようと、呆然としながら覗いた森の豊富な食料と、釣りをして手に入れた海鮮で数日を過ごした。すると二人の人間が流れ着いた。
拾ってみたら、海賊だった。


「おいイゾウ!ナマエは俺らの命の恩人だぞ!」
「うるせぇ、ちったあ黙っていやがれ」


癖っ毛の髪の毛を揺らしテンガロンハットを被っていた男が叫ぶと、面倒くさそうにもう片方の手で銃を一丁取り出してぶっ放した。ゴンという木が裂ける音と火薬の臭いが鼻をつく。喧噪が一瞬で静かになる。どんな様子か顔を動かす余裕は毛頭なく、目前の人物は平然としたまま片方を元に戻した。

拾ったのは、大の男二人で、上半身裸でテンガロンハットを首にぶら下げた若者に、金髪の奇妙な髪型をした目の細い男だった。なにかしらで海に飛ばされ溺れ死にかけていたところを私が助けたということらしい。偶然そのとき焼いていた魚を差し出したらエースといった男は、とてつもなくいい顔をして一瞬でそれは骨になった。
そこからエースには懐かれ、もう片方の年上に見える金髪は最初警戒していたが、私も同じ境遇だと納得すると普通の態度になった。マルコと名乗ったその人は、ぱちぱちと爆ぜる火を三人で囲みながら自分達は海賊で、しかも白ひげ海賊団の隊長だと言った。言われてみればそのマークが大きく体に彫られていた。
とにもかくにも海賊の割には危害を加えなさそうな二人と数日過ごし、助けが来るというから私もついでに助けて貰えることになったのだ。
命の恩人だと大層なことを言われ(ただ食料と調味料を与えただけ)、断ろうにも有無を言わせない二人を眺めていた。
意外に海賊は義理堅いらしい。
天下の白ひげの船に乗るのは気が引けたが、商船か何か来るかもしれないと待っていた一週間と数日、船の姿は影も形もなかった。この静かだが終わりのない生活を抜け出すには二人に甘えるのが一番手っ取り早いらしい。
大きな船が着いて、船頭には大男から小さい青年までずらりと並んでいた。野郎ばかりで圧迫感が凄い。するすると降りてくる梯子をぴょんぴょんと私の荷物を担ぎながら行くマルコとエースに挟まれながら乗った。


ここで、冒頭に戻る。

額につけられた金属が冷たい。


「……まあ、やられた方が覚えてるっつーからなァ」


にやりと口角をあげるが目は笑っていない。蛇に射竦められたように、私は目を逸らすことさえできなかった。というか、その言葉はまるで私が真ん前の貴方に何かをやったみたいだ。白ひげの人に何かをするほど恨みもないし度胸もないし馬鹿でもない、はずだ。


「分かってねェみてェだな」
「え……あの、え?貴方みたいな綺麗な女の人に私なんかが」


そこまで言って前の人の機嫌が一気に悪くなった。それと同時に周りもぴんと冷え込んだ。どうやら私は何か地雷を踏んだらしい。
ぐり、と銃口が額に押さえつけられ後ろにつんのめりそうになる。
かちりと開く音がした。

いや、まじで、私、死にたくない。


「……お前の空っぽな脳味噌にぶっ放したらちったあ記憶が戻るかもなァ」


とんでもなく恐ろしいことを言うと、突然顔を近づけ、結った髪の毛をばさりと下ろし、ぐいと手の甲で唇の紅を拭い去った。その乱暴さに着物が少しはだけて肌が見えた。筋肉質な胸板に、鋭い目。綺麗な顔は変わらないが、それは紛れもなく、


「……おと、こ」
「あァ」


艶やかな髪が肩から落ちる。
このすっと細めた目と顎。


「……あああああああ!!!!」


思わず叫んだ。
顔が近いまま至近距離で叫んだものだから、前の男はうるせえ!とごつんと額の銃で突いた。うっ、となって倒れ込む。前の野郎は肩に銃を引っかけ私を見下ろす。


「え、イゾウ、ナマエの知り合い?」


空気の読めないテンガロンハットが呟いた。


「知り合いなんかじゃねェよ」


私から目を離さずにめんどくさそうに言った。先ほどまでの殺気は消えたが、目はただただ面白がっていて嫌な予感しかしない。


「俺を殺そうとした女だ」


なあ?なんて同意を求めないでほしい。紅が少し滲んだ唇は、酷く艶美で男のくせにずるい。私の記憶が一気に真ん前の男と結合する。にやりと笑う口角に、周りの空気が固まって殺気が立ちこめる。
私は結局また手を上げることになった。



20150214
title by へそ
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