※『シロクマだけが生きのこる』の降谷視点。
久々に登庁したら、あいつが笑顔で迎えた。明日は槍が降るのか。思わず背筋に寒気が走ったら、とても笑顔で書類を押し付けられた。
「なんだこれは」
「あなたの仕事です。そして私は今日午後休とってもいいですか。いいですよね。申請しておきましたから」
「は?勝手に」
「では、よろしくお願いします、降谷さん」
余りにも笑顔で言うものだから、気持ち悪すぎていつもなら切り捨てるものも切り捨てられなかった。それ程異常。
「……あいつ変なものでも食べたのか」
「決算の時期も重なって、徹夜続きにここに引きこもり状態ですよ。なんか銀行に行きたいらしくて」
「銀行?」
「しなくてはいけない手続きがあるとかで。最近の口癖が『銀行行くために有給取る』とか言う程には」
そう言う風見も酷い隈だった。まあ、特にあいつはこの部署の中でも俺の次に休みが潰れているから、恐らく皆も何も言わないのだろう。そういえば夜は情報共有だったな。なんだかんだ、食事を二人でするのにも慣れてきている自分がいる。悔しいが、舌に合うのだ。
「降谷さん、科捜研の方がお越しです」
「ああ、応対する。白石、お前もだぞ」
山積みの資料のまま、席を立った。
昼休憩で新人達が昼飯を買ってくるのを待っている間、缶コーヒー片手に一息ついている時だった。
「お待たせしましたー!」
「おう、ありがとう」
皆が牛丼に群がる。
「なんか近くで事件起きてるらしいですよ」
「殺人か?」
「立て篭もり銀行強盗だとか」
誰かがテレビを付けた。いつもは消音になっている音量をあげる。
「渋谷の電光掲示板ハックして、犯行声明出してるらしくて、ネットでも外でも大騒ぎしてるそうで」
座るのもそこそこに箸を口で割って皆食べ始めようとしていた時だった。
画面にLIVEとつけられ、渋谷のスクランブル交差点が映される。
「また犯人のメッセージが流れる模様です!」
アナウンサーの興奮した声が聞こえる。大画面いっぱいに荒い掲示板が映された。
「今度は人質も一緒のようです!女性が人質にとられています!」
アナウンサーの声が遠くになる。どこかでぐしゃり、と紙コップが落ちる音が聞こえた。部屋が静まり返っている。
「……風見、あいつどこの銀行行くか知ってるか」
「……帝都銀行の、本店に行くと言っていた気がします」
覆面の犯人に乱暴に掴まれていたのは恐らく後ろ手。手を拘束されているのだろう。少しだけ乱れた髪で顔が隠れており、目と口にガムテープが貼られていた。
無言で携帯を取りだし電話をかけるが、出る気配はない。皆それを異常な静けさで凝視していた。
幾ら顔半分が判別出来ないとしても、ほぼ毎日会っている同僚の顔を見間違うはずもなかった。
「……あいつは何してるんだ」
思わず頭を抱える。皆呆然とテレビを見ていた。
「人質に、なってますね、白石さん」
ぼけっと見ていた細山が呟く。
「皆できる限り早く昼飯をかっこめ。こうなると報告をせざるを得ない」
「「はい!」」
「俺はとりあえず刑事局に連絡をする」
今日はいつ帰れるだろうか。折角半休とっておいてあいつは何に巻き込まれているんだ。身の心配よりもまず、溜息が出た。