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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -
この女はなんなのだろうか。始まりは初めて俺がこの店に来た時だった。
ポアロでバイトをするようになったのを機に、セーフティハウスを引っ越した。別に不便はなかったが数年経つこともあったし、前の家は結構遠かったので、近すぎない場所で家を探した。近所にはコンビニとスーパー、小さな個人でやっている弁当屋がありそこそこ便利だと踏んだ。弁当屋も周囲に会社が点々とあるお陰かそこそこ繁盛していそうだった。
新しい土地ならば、色々試すのも楽しいものである。徒歩圏内のそこに行くのは必然だった。
初対面、俺は一生忘れないと思う。手作り感のある種類豊富なお弁当からひとつ選びペットボトルのお茶と一緒にレジに持っていった。レジは一つだけだった。年ではないが、学生ほど若くはない女性が担当していた。てきぱきと手を動かしてレジに打ち込み、代金をいいながらこちらを見た。すでに片方の手には同時進行で弁当を持っている。彼女は俺の顔を見てあんぐりと口をあけたのだ。その驚愕さたるや。持っていた弁当が彼女の手から落ちてひっくり返った。それで我に返ったのか、「すみません」と謝罪し、新しい弁当に取り替えてくれた。その時に、何か声をかけるべきだったのかもしれないが、そそくさと仕事をこなすのに加え後には列が出来ていた。そのままその不可思議な初対面は終わってしまったのである。



弁当が美味しかったこと。場所が家の近所だったこと。そのたった二点だけで俺が常連になるのは自然なことだった。商品が常に固定ということはなく、季節や物価によって毎日弁当の中身は適当に変わっていた。その弁当は店の裏に併設されているキッチンで50代くらいの夫婦と、近所のおばさんたちの手で作られていた。良く分からない化学調味料は使わず、昔ながらの家庭の味で、大量生産は出来ない。それでも味が良ければ客は来るもので、いつも売り切れ必至の盛況だった。個人の弁当屋にしては珍しく、昼時だけではなく朝から夜までやっていた。朝は近所の米屋がおにぎりを置いて行き、夕方はお肉屋さんがコロッケを売りに来ていた。金曜日はパンも売られていた。そんな昔ながらの近所の支えでその弁当屋は営まれていた。そのレジを担当しているのが、あの女だった。いく度にあの女がたった一つのレジにいるのだから、恐らくパートなのだろう。初対面のことを俺は忘れたわけではないが、その女は何事もなかったかのように仕事を全うしていた。嘘を吐けない人間なのか、二回目も少しぎょっとしていたが、三回目からは平静を装って淡淡と仕事をしていた。装っているのが完全にばればれだった。
以前にどこかで会ったことがあるのかと記憶を辿ったが、そんな覚えもなく、身辺調査のついでと重点的にその女を調べたが特に不審な点は見当たらなかった。家もこの近くのアパートで、セキュリティも最新なものではない。妙齢の女性が住むにしては、些か心細くも感じる建物だった。



幾度となく通っているうちに、その違和感も薄れてきたときだった。
仕事後、ふと近くを通りがかったのでそのまま飯を買って帰ることにした。考え事をしながら、自身の領域内にいたから少し油断していたのかもしれない。夕方のピークも過ぎたのか、店内に客は一人もいなかった。黒のコートに帽子を目深に被って、そそくさと弁当を選ぶ。もう残り少ない。籠にぽんぽんとお茶と弁当を入れ、ついでにコロッケもいれた。そしていつものようにレジに置いた。


「お会計八百四じっ、!」


袋に入れながらレジを動かし顔をあげた時だった。
口をあんぐりとあけて凝視する。


「あっ、えっ、あかいさっ」


俺は思わず目を見開いた。目の前の女も負けず劣らず目を見開き顎が外れそうになるほど口を開けていたが、自分の失態に気づいたのかしまったとばかりに口を手で押さえた。血の気が引いていた。
だが今更取り繕ってももう遅い。確かに今、俺はベルモットの変装術によって火傷の痕がある赤井秀一の顔になっている。寧ろ今日の仕事はそれで奴を知っている人間の反応を見るためだった。まさかこんな所でそんな反応を見るとは思わなかった。
一気に初対面の反応も蘇る。俺も赤井も知っている人間など只者ではない。女は知っていることを知られたくはないのだ。余計に怪しさしかない。目の前の女を凝視するが、女は逃れるように手を動かしてそそくさと袋を俺に押しつけた。引き攣りすぎた笑みは痛々しい。どこから潜り込んだ鼠だ。
口角をあげて口を開こうとした途端に、奥からかけられる間延びした声。店主か。
ばっと後ろに振り返ったその顔は救いに縋るかのような必死な形相だった。
その手を逃げられないように掴む。ひっ、と息を飲む音がした。こんなわかりやすい人間が何故俺と赤井のことを知っているのか。そして恐らくそれが良くないことだということも知っている。女の調書は完璧だったし、裏も取れている。事実は嫌な方向に向いているが、何故か俺の直感は作動していない。害を加えるような強かな人間にも思えない。


「は、離して頂けると助かります」


精一杯手を振りほどこうとしているようだが、男と女の力の差だ。びくともしない。


「さつきちゃーーん、牛乳持ってきたー」


間延びした声で自動ドアが開いた。つなぎを着て中年の男が入ってきた。手には臙脂色のケースに入った瓶の牛乳が重そうにぶら下がっている。


「っち、」


軽く舌打ちをして手を離し、自動ドアが閉まる前に外に出た。
今の状況で聞き出すのは不利だ。







翌日、忙しくなる前を狙って午前中に訪れた。今日はただの安室透だ。中に入るといつもいるはずであろうレジには違う人間がたっていた。


「おはようございます。今日は白石さんはお休みですか」


笑顔を貼り付けて問う。店主の奥さんらしい。


「そうなのよ。今日は珍しく風邪ひいたみたいでね?昨日から少しおかしかったんだけど」
「そうなんですか」
「無理しなくていいわよっていったんだけど、明日には治りますからって気合い入れてたわよ」


苦笑いしながら頬に手を当てる奥さんは信じきっている。逃げ出したのだろうか。タイミングの良さに勘ぐりながらも一切その思考は表には出さない。


「何か用事だった?」
「ええ少し。でも改めることにします」
「そう?もしかして彼氏さんかしら?」


突然きらりと光る奥さんの目にこれはやばいとアラームが鳴り出す。


「いえ、そんなものでは」
「またまたー。皐月ちゃんも隅におけないわね!皐月ちゃんちすぐそばだし、ついでにお見舞いでも行きなさいよ!」
「いや、」
「あっそうだ、ついでに差し入れ持って行ってあげてちょうだい。あの子一人暮らしだし」


こうなるとなぜこの年代の女性は押しが強いのだろう。店を放り出された時には沢山の弁当と飲み物が入ったビニール袋を抱えていた。
じとり、とその重さに腕が沈みながら、思考を考え直す。確かにお見舞いと称して昨日のことを問いただすのは絶好のチャンスなのではなかろうか。本当に体調を崩しているともしれないし、いくら女性だといっても、今自分にとっては厄介分子でしかない。逃げられる前に、確認するのも大切である。というか、本気で逃げるんだったらもう逃げ出してるだろうな。俺だったらそうする。

と思いながらも、家の前に来てしまっていた自分が複雑である。というか、これ間違ったらストーカーじゃないか。
呼び鈴を鳴らせば、奥からくぐもった声が聞こえる。






title by 愛とかだるい