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「ごめーん!その日空いてないんだ」


私の前の席に座っていた彼女が顔の前で両手を合わせる。本当に申し訳なさそうなあおちゃんに、私は笑って首を振った。

兄が水族館のチケットを貰ってきた。なにかの記念キャンペーンらしく無料のチケット。しかし兄は水族館に興味が無いらしく、そもそも仕事でスケジュールを合わせられないらしい。タダで行けるなら嬉しいだろ、とぽーんと私に回ってきたものの、その2枚のチケットの有効期限は今週の土曜日まで。
絶対お兄ちゃん貰って放置してただろ。
それでも、水族館が好きな私としては、タダで行ける水族館は捨てがたい。でも2枚しかないから、もう一人しか誘えない。
そして、数少ない友人の一人であるあおちゃんを誘ったものの。残念そうに謝ってくるあおちゃんは何も悪くない。
渡すのが遅かった兄が悪いのだ。
さてどうしよう。水族館に付き合ってくれそうな友人は、すでにアイドルのライブやら塾やらで予定が埋まっているのを知っている。2人で行けて、尚且つ突然の誘いにも乗ってくれる友人。あれ、いなくない?
いっそ新一くんとか連れていこうかしら。哀ちゃん行ってくれなさそうだしな。小学生にまで縋ろうとした思考回路を遮ったのは黒髪だった。


「どうしたんだよ」


影が重なるように、黒羽くんが私たちをのぞき込む。自然と顔をあげた。


「今週までの無料チケットがあってあおちゃん誘ってたの」
「青子今週親戚の集まりだろ」
「そうなの。だから無理なんだけど……。他の子たちは?」
「誘えそうな子たちはみんな予定入ってるんだよね」


うーん。本格的に新一くんが有力か。ここで黒羽くんを誘えば、違うのだろうけれど、そう易々と誘えたら、苦労もしてない。うーん。うーん。


「いっそのこと黒羽くんとか、空いてたりしない、よね?」


冗談っぽく笑って誤魔化した。だめでもともと。もともとだ。少しだけ目を見開いた黒羽くんがいた。やっぱり、だめかな。二人きりだしな。


「あ、っと快斗は、」
「やっぱり無理だよね」


あおちゃんがどこか焦ったように言葉を紡いで、それに慌てて言葉を重ねた。変な空気にはしたくない。あくまで冗談。あわよくば。
ばん、と机に手が置かれた音が響いた。


「行く」
「え?」
「行こーぜ。チケット勿体無いし。俺空いてるし」
「ほんと?」


自分で誘っておいて、ぽかんと口が開く。真剣な眼差しの黒羽くんに少し戸惑う。


「まじ」
「……あおちゃん来ないけど」
「なんでそこで青子出てくんだよ」
「ほんとにいいの?」
「いいって言ってんだろ」


あおちゃんの方を見ると、なにかを言いたいような言いたくないようなよく分からない顔をしていた。


「で、どこ行くんだよ」
「水族館」


彼は一瞬息が止まったかのように見え、あおちゃんは薄く溜息をついたように見えた。











いよいよ土曜日になった。昨日から決めていた白いワンピース。もう色々と迷うからシンプルにした。リュックを背負って、靴は歩きやすい黒のニューバランス。女の子の欠片がそんなない。それでも歩きやすさの方が大事だ。無理はしないことにした。黒羽くんのことだから、こちらが無理をしてると多分すぐ気づいて気を使わせてしまう。
あおちゃんは、最後まで少し心配そうな顔で黒羽くんをみていた気がする。けれども、黒羽くんは黒羽くんで我関せずと何かに必死になって考えているようだった。「絶対に行くから」という気合い十分の言葉をメールで貰い、私は無駄に色々と考え込まないことにした。

現地集合で待ち合わせ、10分前に到着すれば彼はすでにその場で待っていた。


「ごめん、待たせた」
「まだ待ち合わせ時間前だろ」


笑って彼は私の謝罪をなくした。そういえば私は黒羽くんの私服を見るのは初めてだ。
やっぱりスタイルが良いのだなと改めて思う。適度にある上背と、股下の長さ。シンプルな格好ながら、それがとても似合ってるのはポテンシャルの高さのせいなのだろう。


「行くか」
「うん、」


自然に隣に並べる権利を、今持ってるということに私はどきどきしている。
隣に並ぶと、学校でだってしていたことだけれども、やはり二人きりというのは、とてもむず痒くて、そわそわする。
私の好きなようにしていい、と笑って言われたので、私たちは一通りまわることにした。ここの水族館はサメとホッキョクグマとペンギンが看板になっている。最近はクラゲやチンアナゴも人気らしい。青い深海のようなちらちらと揺れる光に照らされながら暗がりの中を歩いていく。家族連れも多く、人の塊になんとなくついて行ったりはぐれたりしながら進んでいった。水族館の青が好きだ。よく分からないカニや真っ黄色な熱帯魚。私は黒羽くんと来ているという重大案件と同じくらいに、水族館を楽しんでいた。
小さな水槽が沢山あるエリアで、順番が回ってきて真ん前に陣取れた赤い熱帯魚の前で私は子供のようにきらきらと目を輝かせていたと思う。


「黒羽くん、綺麗だね」


そう隣にいるはずの彼に声をかけたら、思った場所にはいなかった。きょろきょろと後ろを振り向くと、彼は少し離れた場所で私の方を見ていた。子供たちが来て、少し離れた水槽前にはすぐに人だかりができる。
暗がりの中でも、彼のスタイルの良さは隠れないなあと他人事のように思った。
水槽から少し離れたところに立っている彼の横に行く。


「黒羽くん、近づかなくていいの?」
「ああ、ここからでも見えるから」


私が彼の隣に立って水槽の方をみても、小さな熱帯魚はきらきらとガラスに反射が映るだけで良く見えない。


「私コンタクトでもはっきり見えないよ」
「視力2.0あるから」


ポケットに手を突っ込んで彼が笑った。


「ほら、折角だから見てこいよ」
「、うん。ここのはもう見たから私は大丈夫。もし黒羽くんも良かったら次行こうよ」


標本エリアで骨と戯れ、クラゲとカブトガニをぼんやりと眺める。明暗の差に目が忙しい。私と彼はのんびりと他愛ない会話をしていた。クラスにいる彼は、いつも友達に囲まれて和気あいあいと賑やかな中心にいるから、少しだけこの緩さが珍しく感じる。あおちゃんをからかっている彼も、先生から追いかけられている悪戯っ子の彼も、今はいない。
しかし、だ。確かに今私の前ではとても穏やかで、それでいて気遣いの塊である彼は、会話を絶妙な按配で盛り上げてくれている。会話の中は別段おかしなところはないが、彼の視線が少しだけ気になるのだ。話す時には相手を見る、というコミュニケーションで大前提のその技術を彼が持ってない訳はないけど、それにしても相手を見すぎじゃなかろうか、とか、魚よりも熱心に他の植物とか、骨とか、説明文とか、よく見ていないだろうか、とか、自意識過剰の恥ずかしい内心と、私的客観視点で私はぐるぐると気になっていた。水族館が大好き、という自分以外の価値観を知りたい、今。家族以外で来たことがなかったから、他人がどんな風にレジャーを楽しむのか私は分からない。笑ってくれているけど、どこかさらっとしすぎていて、皆こんなものなのだろうか。
元々私が無理やり誘ったようなものだから、余計に心はぐるぐるしていく。それでもそれを真っ向から指摘する勇気もなくて見ないふりをした。













title by リラン