×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



他愛の無いガールズトークをしながらあっという間に時間が過ぎる。私立の帝丹高校に通っているらしい。米花町が校区内だとぼんやりと思った。そこで仲が良い女の子たちの話を聞きながら、若いなあと他人事のように感じた。気づいたら日は暮れていて、何故か紳士的に送っていくよと言う彼女をやんわりと躱して、その場で解散した。そのまま私はふらりとよく使う隠れ家の一つである安全な電気回線のあるビルへと立ち寄った。そこであの糞上司の命令を淡々とこなしていく。逆探知されるようなへまはしないが、それでも保険をかけて逆探知されても情報が漏れない場所でハッキングをする。

一段落して欠伸をしたら、辛うじてある小さな小窓は真っ暗で、部屋を見回せば当然のようにノートパソコンの上にぶら下がっている小さな豆電球以外は真っ暗だった。腕時計で確認すればすでに夜だ。この命令今日中だっけ、とぼんやり思いながら、痕跡を消してそそくさと跡にした。
外は夜の匂いに包まれ、パンプスで横断歩道の白線を踏んだ。喧騒もどこか秘密と甲高さを漂わせて、明るいネオンサインを思い出す。サラリーマンとすれ違う。この時間に登庁する人間も少ないよな、と思いながら、目に付いた明るいチェーン店に入った。









「ただいま戻りましたー」


間延びした声でドアを開ければ、そこには昼よりもかなりだだ広く思える私の部署だった。ブラインドを下げずに真っ暗な外に晒されながら、煌々と蛍光灯は部屋を照らしている。人はいなくて、ファイルと書類とパソコンで埋まったデスクが並べられていた。パンプスの音が粗雑に鳴り響く白い床を気にせず歩く。ホワイトボードが何枚か重ねられている隣で、薄い茶髪がむくりと揺れた。


「遅い」
「はいはい降谷さんもう夜ですよ」


いつもなら一人二人いてもおかしくない時間帯だが、午前中言っていたように珍しく皆を定時で帰らせたらしい。
彼は頭をくしゃくしゃとかきながらばさりと書類の山を机に置いた。その顔は酷く疲れて、他人に見せていたきりっとした顔は露ほどもない。本当、外面だけはいい。私の前では猫を被らないのだから、多分私人間扱いされてない。溜息を吐きながら、荷物を雑多に机に置いてブラインドを閉めた。


「はいは一回」
「………おっさんかよ」
「あ?」
「何も言ってません」


大分疲れが溜まっているのか首を回しながら椅子にもたれ掛かっている。まあ最近、私も代理といいながら警視庁の方に出ているからお互いカバーするので精一杯だったな、と麻痺していた疲労が出てきそうで慌てて脳の思考回路を閉じた。ポケットからUSBを取りだして、彼の机に落とした。


「もっと丁寧に扱え」
「それくらいで壊れないですよ」
「そういう問題じゃない」


相変わらず苛つきながら彼は四つ目のパソコンを取り出して差し込んだ。


「言われた通り、FBIの調書引っ張ってきましたよ」


ウイルスは恐らく無いですが、一応気をつけてください、と声をかける。何も反応せず上司はパソコンを起動させてファイルを開き始めた。英語で書かれたその調書は実にあっさりしたものだった。


「そしてこれが警視庁にあった赤井の調書です。楠田陸道に関しては案の定FBIの方では名前すら出ませんでした。こっちの方は一応あったものの事故死とあるだけで詳細な事柄を知るには無理があるかと」


持ち出し厳禁の書類の複製品が閉じられたファイルを隣に置く。昨日今日で大分仕事をした気がするが、それで褒めるものは自分以外いない。やっている事は犯罪である。幾ら国のために動くという大義名分の公安だと言えども、かといって法律に触れていい訳では無い。表向きは。これまでの所業を一から逐一照らし合わせたら罪状は幾らあっても足りない。自国だけではなく結果他国も同様であるが。そもそもFBIが秘密裏に日本で行動しているのも、然るべき所に通告すれば、国際問題に発展する事案である。お互い様だ。ペットボトルのお茶を飲みながら、上司を盗み見た。舌打ちをして、画面上に目を走らせている。


「……やはりいなかったと仮定するべきなのか」


誰にともなく上司が呟いた言葉を拾う。異常なほど執着を見せる彼に大きく振り回されながら、現在の状況を憂いた。
楠田陸道が組織の下っ端で、FBIに接触しているという組織側の上司の意見を参考にするなら、それについてFBIから一切出てこないのもおかしい。赤井の生死関わらず、何かを隠していることは確実であろう。とこのくらいこいつなら考えに及んでいるだろう、と眉間の皺を見ながら、もう一つの荷物のことを思い出した。


「あ、」
「なんだ」


がさごそとビニール袋をやり始めた私に、目線をあげずに問う。虱潰しに書類と画面を見つめている彼はどうせ気が済むまで睨んでいるはずだ。


「牛丼買ってきたんですけど、食べます?」
「食べる」


ああ、なんて私心優しい部下なのだろう。
有名なチェーン店の牛丼特盛二つを、片方を自分の机に置き、上司の方に突き出す。目線を挙げないまま、手を差し出す降谷が憎らしい。もうすでに9時を回っていた。
人がいないから広く見えると言えども、おそらく一般的な部署よりは小さい。少人数のチームに合わせて、その分部屋も細かい。向かい合わせになって列になっている座席は、一番奥が憎き上司で、その斜め向かい前が私だ。最初は視界に入れるのも嫌だったが、今では上司の横や真正面ではなかったことに安堵するという妥協を覚えた。ちなみに、降谷の正面、私の横の席は昔は人がいたが異動して人数が減ったことにより、そこは空きとなっている。降谷と私の書類関係がそちらにはみ出している。


「生卵ー」


お疲れ自分、明日からも頑張れ自分。些細な時々の贅沢の一つである。まだなんとか温かい牛丼にぶっかけようと、ステンレスの机の角にあてた。


「は?お前俺には?」
「ないですよ」
「なんで」
「え?」
「え、じゃなくて」


書類からやっと目を離し、蓋を開けて箸を割った上司がさも当たり前のように言った。私は心底不思議そうな表情でこたえる。


「だって降谷さん前卵かけご飯嫌いって言ってたじゃないですか」
「いつの話だ、俺は別に嫌いじゃないぞ」
「前家で適当に出した時ですよ」


三徹か四徹の上司と偶然出くわし、家で卵かけご飯でも食べます?と声をかけたらいらない、と死にそうな顔でそう言われた気がする。


「だから、あの時は嫌いじゃなくていらないと言ったんだ」


苛苛しながら私を見ているのに気付き、私も冷めた目で視線を返す。これは、早めに割った方が得策だ。
彼がぐちぐちいっているのを横目に、打ち付けた卵をそそくさと割った。


「……お前!」
「そもそも牛丼買ってきてあげたことに感謝してください。あ、後で代金請求するので」


なんだかんだ言って私、上司に対して甘い気がする甘やかしている気がする。と思ったので、ぐしゃぐしゃと白米と混ぜながら、もっと厳しく!自分に優しく!を心がけようと思った。


「どういう生き方をしてきたら、そこまで他人を舐められるんだ」
「別に私が舐めてるの降谷さんだけなんで大丈夫です」
「本当にいい加減態度治せ!」
「降谷さんが治したら考えてあげますよ」


箸で指させば、箸で人を指すな、と舌打ちをされた。私だって普段指すことなんてない。上司に対してだからこその特別扱いである。注意されるのは相変わらずだが、どんどん親父臭くなっていると思う。いつかもっと良い場面で言ってやろうと思う。


「そういえば、今日世良真純と会ってきました」
「せらますみ……?」
「赤井の妹です」


この情報を渡すのも、よく考えれば上司に甘いのか。甘い甘い。反吐が出る。


「なっ!なんでお前がそんな奴と」
「別件で知り合いまして、今では仲の良い友達です。で、小言は後でスルーしますからその顔やめてくださいご飯が不味くなる」


ただでさえ降谷と二人で食事する機会がやたらと多くてうんざりしているのに、いつでも飛びかかってきそうな顔をしないでほしい。食事くらい美味しく食べたい。


「どういう経緯で会ったんだ」
「それは降谷さんに関係ないでしょう。赤井に関しての確認だけなので情報は無いですが聞きますか」
「価値があるかは俺が決める。早く言え」
「世良真純は、赤井のことを死んだと言っていました。恐らくFBIからは殉職の知らせが家族に通達されていると思われます」
「それを信じているのか」
「そこまでは分かりません」
「だが、FBI自体は赤井について他人には死んだことにしていることは分かった」


牛丼を食べながらぶつくさ言っている上司に向かって、もう一枚ファイルを投げた。


「要らないかも知れませんが、一応世良真純のざっとした調書です。現在、帝丹高校に通っています」
「帝丹高校……」
「あなたが弟子入りした探偵の娘も同じ高校ですよ」
「分かっている」


いちいち癇に障る上司である。


「そういえば苗字、お前もっと上手くやれ。出来ないなら潜入先で関わるな」
「私だって関わりたくて関わってる訳じゃないですよ。寧ろあなたが矢鱈と関わってくるんでしょうが安室透」
「呼び捨てにするな!」
「降谷さんこそもっと殺気消した方がいいですよあの少年に疑われますよ」


気持ち悪いと感じたあの小さな少年は、何者なのだろうか。


「江戸川コナンのことか」
「コナン?とんだキラキラネームですね」
「あの子は鋭い」
「それは分かりましたよ。それ以上に」
「それ以上に、なんだ」
「………何者なんですか、あの子」
「さあね」
「気持ち悪い」
「……苗字がそこまで言うのは珍しいな」


心底意外だという顔をしたあと、ふっと鼻で笑った。


「何かしらFBIと関係があると踏んでいる」
「…まだ小学一年生ですよね?」
「ああ」


違和感しか感じなかったあの子が、そんな余りにも荒唐無稽な繋がりをもっていたとしても、有り得ることかもしれないと思ってしまう。その時点で、彼は異常だ。


「直観だけはよく当たるからな」
「だけは、ってなんですか失礼な」


顔を顰めたら、不細工だなと上から見下ろされ千円札を一枚置いて部署を出ていった。

20160921
title by Rachel