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山積みになっている書類を憂いながら、本日は警察庁の自分の席で溜息をついた。警視庁は非番だ。先日の探偵事務所での一件で、二次被害として、あの少年が残党に連れ去られたが、三つ巴ならぬ四つ巴というやつか、あらゆる方向からのサポートで、些かやりすぎな状態で人質は解放。残党も捕まった。何故自分の車を大破させてまでのパフォーマンスをする必要があったのか、と渋い顔をして警視庁に置き去りにされた報告書を思い出した。おそらく毛利小五郎に信用されるための演出だったのだろうが、それにしても度が過ぎていやしないかと、上司の顔を思い浮かべた。
こちらでも、書類が溜まっているのは変わらない。チームから上がってくる書類や経過報告書を品定めしていく。


「湯川ぁー、ここチェックし直しー」


椅子をぐらぐらと動かしながら、後ろにいる人物に書類を返す。だらけた口調に、風見が呆れた顔をした。


「了解っす!」
「そういえば細山は?」
「今日はあいつ非番です」


何故か申し訳なさそうに言われた。椅子をクルリと回転させてだらしない姿勢で聞いたその格好を元に反転させる。


「非番か」
「苗字さん休まず働いてるのに……」
「それは関係ないでしょ。寧ろ非番なら堂々と休みなさい。だから私もこんなぐうたらしてるの」


本当は、上の者が休んでいないのは良くない。律儀な者にとっては、それを後ろめたく思ってしまうからだ。潜入捜査をしている降谷、現在警察庁と警視庁の二足のわらじを履いていることに加え、その降谷のサポートをしている私は、言ってみれば休みというものがない。それは仕方ないことだ。


「お前はいつもそんな調子だろうが」
「それ相応の仕事はこなしているからいいのよ。それより風見!あんたも休んでないでしょ」
「降谷さんが忙しいのに休んでられるか」


ほら、このような堅物が出来上がるのだ。


「そういうのが良くないんでしょ?」
「そうだぞ、風見。休むのも立派な仕事だ」


声のする方に振り向けば、書類を片手にチャコールグレーのスーツを着た上司がたっていた。


「降谷さん!」
「お前、大分残業が続いているそうじゃないか」
「そうですが……」
「今日は定時で帰れよ。いいな」
「、はい」


その後もてきぱきと部下に指示を出していく。空気が一気に変化した。久々に見る上司のスーツの色が脳裏をかすめたまま、その姿を見るのは久しぶりだと下らないことを思う。パソコンのスクロールをやめて、シャットダウンする。顔を突き合わせている彼らを確認しながら鞄を手にとり立ち上がった。何も言わずに部署を出ていく私にさすがに不審に思って誰かが声をかける。しかし、私はすでにドアから出てしまった後だった。










「名前さん!」


人混みをものともせず声が遠くから響いた。スーツ姿のまま、彼女の方に手をあげる。彼女も変わらない無邪気な笑みを浮かべ八重歯をのぞかせている。変わっているのは帽子を被っていないくらいか。年の離れた実の兄から貰ったという、形見。になってしまったはずである。青色に近い紺色のブレザーを着て、緑色のネクタイをした短いスカート姿は、彼女がつい先日まで海外にいたことを思わせないくらい馴染んだ日本の女子高生の姿だった。人混みを掻き分けて駆け寄ってくる姿は、とても、愛くるしい。


「久しぶりだねえ」
「そうだな!久しぶりー!」


見てくれと言わんばかりに手を広げて、無邪気に笑った。高校生姿で会うのは初めてだ。元々知り合ったのはアメリカで、つい先日、バイクで人の頭を殴っているところに遭遇した。


「本当に高校生してるんだねえ」
「僕のことなんだと思ってるのさ!」


短いプリーツスカートが懐かしい。
先日警察が駆けつけた際には、すでに人質であったあの少年は解放され、犯人は意識がなかった。普通に事故を起こしていた彼らに、目暮警部は呆れて怒鳴りすらもしなかった。私もため息をついた。小言はねちねち言われながらも、事情聴取を行った。その時に再会したのだ。アメリカ方式の熱い抱擁を交わされ、アメリカにいたと思っていた彼女は最近日本に帰ってきていたことを知る。赤井秀一が死んだ後のこのタイミング、と抱擁されながらよぎった。
この子もこの子で変わっている。僕っ子で、兄にでも仕込まれたのか、截拳道はかなりの腕前だ。アメリカで変な奴に絡まれた際、躊躇なく倒していた。恐ろしい。

どこか食べに行こうと、私は紺のジャケットを羽織ったまま彼女と歩き出す。ファミレスに行きたい、という不思議な彼女に促されてどこにでもあるようなチェーン店に入った。遠慮しなくていいと言ったが、本当にここでいいらしい。その分何頼んでもいいよ、と言えば目をきらきらさせて頼み始めた。彼女が楽しいのならそれでいいとしよう。私はサラダとハンバーグセットを待ちながら、何故か頼みまくって一番最初に来たいちごパフェを目の前で食べている彼女を見つめた。


「それにしても、名前さんが警官してるとは思わなかったよ!」
「言わなかったっけ」


言わなかったよ、とクリームを付けながら私を軽く責めた。それに覚えてないと、曖昧にへらりと笑みを返す。彼女には、日本の公務員ということしか教えていない。覚えていないわけがない。あえてそれしか情報を言っていないのだから。あの現場にいたものだからもう誤魔化しは効かないが、その分普通の警官だと疑っていないようだ。それもそれで都合がいいか、と納得する。良くも悪くも、今回の研修は役に立っているのかと冷めて思う。
真純は偶然会ったと信じているのかいないのか、今更それはどうでもいいとセットのコーンスープに口をつけた。旅行に来ている一般人の振りをして、彼女に近づいた。それは公安の仕事でもなんでもなく、恐らく私の命を繋ぎとめただろうと推測した赤井秀一について知るため。完全なる私事である。本名を教えたのも、赤井秀一の妹だから無駄に隠すのも逆にやり返されるのではないかという考えもあったが、最終結論は私事であり別に危険な理由で近づいている訳では無いからだ。こんなプライベートな繋がりが、まさか役に立つとは思わなかった。


「私も驚いたよ。日本に帰ってきてるなんて」
「まあ色々知りたいことがあってね」
「そういえば、今日は帽子持ってないのね」


お兄さんは元気?と平静を装って突いた。丁度サラダとハンバーグがやってくる。彼女の前にもピザと豚カツ定食という異色の組み合わせがやってきた。ここで動揺を見せる彼女ではないと分かっているが単純な確認作業。そもそも赤井秀一が死んだことを知っているのか。FBIが赤井についてどう考えているか分からないが、恐らく死んだ場合親族には殉職の知らせくらいはいくはずだ。私の上司は気持ち悪い程の執着で赤井が死ぬはずはないと豪語しているので、それに従って証拠を探している真っ最中。もし、赤井が生きているのなら、それはFBIが画策したものか、単独での計画なのか、もしくは偶然奇跡的に生き残ったのか。安っぽいチーズがのびて彼女の手が慌てた。


「ああ、兄は死んだんだ」


あっけらかんと、彼女はぐしゃりと付け合せのキャベツを咀嚼した。思わず、私は素で彼女を見つめた。以前からの付き合いで、彼女が兄を溺愛しているのは嫌ほど知っているつもりだった。そんな彼女がこうも呆気なく、死んだことをさらけだすのか。


「そ、なの。ごめん、変なこと」
「名前さんが気にすることないよ。危険な仕事してるのは分かってたし」


それはFBIだからか。それでも。危険な仕事について知らない振りをして言及することは出来なかった。いつの間にか、私の方が絆されていたのか。嘲けるように上司が吠えた。表情筋、視線、手の動き、声音から、おそらく彼女に伝えられたのはそれが全てであり、彼女が知っているのも恐らくそれが全部だ。それを信じているかどうかは別として。出会いは偶然じゃないが、もうすでに、私はこの赤井の妹に情が人並みに湧いているのだろう。私の赤井の認識は、上司ほど偏っていない。むしろ、FBIという敵の敵であるのだから、嫌悪を向ける程ではない。それが味方になり得るかは別問題だが。
私は彼女を助けることも味方になることも出来はしない。だが少しでも、真純の世界が優しくあればいいと、目の前の少女を見つめて思った。


20160917
title by Rachel