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目暮警部たちの最後尾について入った現場は、思った以上に狭かった。ビルの2階に位置するこの部屋は、無機質な事務部屋。茶色い重厚なソファが置かれ、それが客人を迎えるものと知る。銀色を纏った部屋は硬く、ガタイのいい初老の男性と、高校生くらいのおそらく娘、そしてやけに離れた小学生くらいの息子?、それに色黒で明るい茶髪の若い男がいた。ソファに座っている女性も若い。そこに目暮警部を含めた警官3人と、鑑識が入ったものだから、酷く窮屈で息苦しい。広さよりも、硬質さが苦手だ。

トイレで発見された遺体を一瞥し、鑑識に任せる。表向き拳銃自殺と考えて動いているらしいが、みるからに一緒に身動きが取れないでいた若い女が重要参考人である。娘の父親らしい、探偵が甘いことを言っている。それを聞き流しながら、私は高木の話を耳にいれつつ、視界の端で動きを辿る。なぜあの男がここにいるのか。男は男で、この事件の概要に鋭く目を光らせている。茶髪の猫っ毛を纏っている男は、それと共に小さな少年の方も注視していた。
思い出した。男が今バイトをしている喫茶店の住所だった。探偵という得体の知れない職業と兼業しているらしい。にこやかな笑顔を時折浮かべながら爽やかに見える声で話す男は、酷く気持ちが悪い。早く立ち去りたい。あいつが、絡んでこないうちに。


「なぜここに彼がいるんだね」


元警察官だという、毛利小五郎に目暮警部が苦虫を噛み潰したように言う。どうやら、すでにあの男は警察と接触済みなようだ。それにしても、この毛利小五郎という探偵は、本当に探偵なのだろうか。頓珍漢なことばかり言っている気がする。


「ところで、彼女は誰ですかな。見ない顔だ」


懇意であるようで、私について聞かれる。目暮警部が余計なことを話さないうちに、笑顔で対応した。


「最近異動してきまして。苗字と申します」


違和感を覚えない程度の最低限の情報提供で終わらせる。若いだなんだと言っているがスルーする。上司が潜入しているこの場で、私の情報はリスクでしかない。
少年と上司が、何かを若い女性に聞いている。それを見遣りながら内心眉をあげた。言動全てが、事件の証拠をそれとなく集めているようにしかみえない。子供らしさに隠れて、聞いているそれはまるで、少年の方が探偵のようだ。

毛利の近くにまた増えた、と目暮警部が嘆く。女の若い探偵がすでに周りをちょろまかと動いているらしい。それに反応する上司に、内心舌舐りする様子が容易に想像できる。一瞬目が合ってしまった。その一瞬の鋭さは、爽やかさから一変し、ただの獰猛な獣だ。獲物が増えたと喜ぶ、野蛮な獣。背筋に悪寒が走った。それは恐怖ではなく嫌悪と歓喜。ぬるま湯に浸った私に轟を穿つような、それは全身へと駆け巡り脳内へと広がる。知らず知らずに、甘ったれた情けないものになりかけていた。そう、私は誰だ。野暮ったい濃灰に隠れた身体は誰のモノ。心臓を埋めたのは、何に対して。全ては、我が国へ。すべては、


「どうしたの、お姉さん?」


下からの幼い声にひゅっと息を吸い込んだ。しゃがんで笑顔を作る。胸に入っている手帳が熱い。


「何もないけど、坊やこそなんで?」


眼鏡越しの目を、わざと興味深げに覗き込む。私に声をかけてきたのは、偶然か、それとも何かを感じてなのか。敢えて片鱗をちらつかせて警戒させるか、柔らかく懐に入るべきか。刹那の逡巡が永遠のように思えた。


「だって、怖い顔してたよ?」


何の裏表のないように見えるあっけらかんとした笑みに絆されそうだ。


「こんな場面で笑っていてもおかしいでしょう」
「そうだけど、お姉さんが考えてたこと、この事件のことじゃないでしょ?」


首をかしげてさも不思議そうに尋ねる。


「事件のことよ」
「違うよ。僕分かるもん」
「どうしてそう思うの?」
「安室の兄ちゃんの方見て一瞬だけ怖い顔したんだよ。どうして?」


彼の表情は柔らかく、石が罅割れるような錯覚を起こした。
ああ、この子は、どこかおかしい。
なんで、皆、当たり前のようにこの子の存在を受け入れているの。


「さあ、無意識なんじゃない?あの人安室さんって言うんだ」
「知らなかったんだ。僕、お姉さんの知り合いかなって思っちゃった」


笑みを張り付かせた攻防、圧倒的に私の方が不利だった。口を開いた途端、頭上から声が落ちてくる。


「どうしたんだい、コナンくん」
「このお姉さん、安室の兄ちゃんの方見て怖い顔してたんだ。どうしてなのかなって思って」


二人の笑顔が気持ち悪い。茶髪が揺れた。また冷や汗が流れる。何を言われるのかたまったものじゃない。


「そうだったんですか、全然気づきませんでしたよ」
「見てないですよ。この子の勘違いじゃないですかね」
「僕見たもん!」


少し声を張り上げた少年に、周囲も少しこちらに注意を向け始めた。とても良くない。私と男の接触を無駄に記憶させたくはなかった。


「もしかしたら、知り合いに雰囲気が似てたからかも」
「知り合い」
「昔の先輩に、すっごく嫌な人がいてね。その人を思い出しちゃったのかもね」
「へえ、そんな人がいたんですね」
「すいません、安室さん。気分を害してしまわれたかも」
「いえいえ、僕は気づきませんでしたし」
「すみません。それにしても、君は些細な事によく気がつくんだね。さっきの質問もそうでしょう?」


自分に見せつけてきた上司の笑顔は、どこも笑っていなかった。この餓鬼、と舌打ちを心の中でしながら、半ば自棄糞になって問うた。私も君も、道連れである。


「え、そうかな、そんなことないよ」


突然挙動不審になる子供の態度に、意外に感じる。ここをつつかれると困るのか。突っ込みすぎるのは、自身をも危うくさせると、ここまでにしておくが、分かった事は、少年自身、隠したいことがあるということだ。
もしかしたら、お互い道は似ているのかもしれないと、適当にきりをつけて立ち上がる。話は収束に向かっていた。


20160711
title by Rachel