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目が覚めた時地獄は白いのかと思った。まるで天国みたいだと、死の世界は白いのかと酷く冷静に分析したあと、喧騒が耳に入ってこれが地獄と天国の差かと、また適当な分析をした。段々と目が慣れてくると、それがよくあるような天井の白さで、近くにいた男が声を上げて私を呼んだ。視界に入ったその顔は最後の記憶にある声よりも低くない、聞きなれた風見の声であった。風見を呼ぼうと口を開くもひゅうひゅうと息しか出ない。無理をするな!と大声で叫ばれナースコールのボタンを押した。そこで私は初めて、自分は生きているのだと自覚した。
キング牧師みたいな恰幅のいい医師が呼ばれ、簡単な検査をしたあと問題は無いとおざなりに言われた。回復を待つだけの患者に対しての安堵からくる雑さと、よく回復したという呆れも入っていたように思う。風見によると、私は生死をさ迷い、なんとか一命は取り留めたものの意識が戻らず、植物状態が続くかと思われたらしい。内臓の損傷が酷く血液を流しすぎたせいで一時はもう助からないとまで宣告されたらしい。それを無理やりつなぎ止め意識が戻ったのは奇跡であると言われた。それをどこか他人事のように聞いていた。


「ほんとに、お前は運が良かった」


目の下に隈を作って、珍しく脱力していう風見に驚く。そして、それほどまでに心配させていたことに申し訳なく思った。最後の記憶を思い出して、聞こうとしても声が出ない。満足に動かすこともできない口では、伝えることも難しい。それでも、何かを聞きたがっていることは分かったのか、色々と聞かれ微かな首の動きで是非を伝える。


「ああ、お前を見つけたのはな」


風見によると、すでに公安が私を見つけた時には病院に運び込まれ処置を受けた私だったそう。はぐれた後に、召集をかけたが私だけ連絡が取れず血眼になって探していたら、私の携帯から電話がかかってきたらしい。病院の名前と私のフルネームを言うやいなや切れたそうだ。
名前も名乗らなかったから何も分からず、調査しているが他国であるここで確定するのは難しいと思われた。一番の情報源である私にも聞かれたが、首を振った。私が覚えているのは、緑の目をした男ということだけ。

本当に助けられたのだろう、と私は不思議な感情だった。確実に私はあそこで死ぬ運命だった。いや、助けられる運命だったのかもしれないが、確実に狭間を彷徨ったのだ。きちんと治してリハビリをすれば後遺症も残らないらしい。それも奇跡だと、医師に呆れられた。思いの外丈夫な体だったらしい。
風見がひたすらに、良かったと安堵していると、ばたんと扉が開かれる。個室のこの部屋ではよく響いた。十分に動かせるのは眼球だけだという状態で、私は酷く彼がいきり立っているのが分かった。ベッドの側に近づき口を開いたと思ったら、案の定怒鳴り声が響いた。風見が宥めようとしたがあまりの剣幕に止められないでいる。騒ぎにすっとんできたナースも目に入っていない。この人には。満足に動かすことも反論も出来ないから、私はただ甘んじてそれをぶつけられる他なかった。


「おまえは!!!馬鹿か!!!」


どれだけ迷惑をかければ気が済む。お前のせいでどれだけ周囲が無駄な働きを要したか。なぜ逃げなかった。お前の無駄な生きざまが何を齎したか分かるか。何のために俺達はここに来たのか。思い上がるな。一遍死んでこい。次々と出てくる罵詈雑言。もはや説教ではなかった。抑えなければ胸に飛びかからんばかりの剣幕であった。ここまで激昂した上司も珍しいと、まだ朦朧とする頭で受け取る。


「聞いているのか!!!」


なんと理不尽なことを言うのだ。目しか動かない状態で酷なことを言う。


「降谷さん、苗字はまだ意識が戻ったばかりですしそのへんで、」
「五月蝿い」


風見の声が一蹴される。


「早く治せ。そしてお前の失態を取り戻せ」


酷く冷めた声で吐き捨てる。上から見下ろされた瞳は鋭く灼熱のように熱い。
私はただ感情もなく見つめた。彼と私は出会った時から最悪だ。最悪という言葉よりももっと酷い。


「お前を助けたお人好しにせいぜい感謝でもするんだな」


彼は去り際にそう吐き捨てて、部屋を出ていった。ナースも呆然として、若干怒りながら部屋を出ていった。残された風見はため息をついた。ため息の代わりに私は浅い息を吐き出した。









「えー、何ですって?もう一度報告し直せ?」
『ああ、明日までに』
「私の調書が甘いって言いたいんですか」


不機嫌さを隠さずに言う。肩と顔で携帯を挟みながら、鞄から予備を取り出して便器に座った。


『もう一度詳しく洗い直せと言ってるんだ。特に検死した警察病院の資料とFBIの資料をな』
「わかりましたよ」


楠田陸道と赤井秀一が死んだ際、検死したのは警察病院であった。特に赤井に関してはFBIがわざわざ頼んで行っている。それに関しての資料を調べ直せというのは、資料を盗んでこいと言っているのと同義だ。暴虐無尽な上司にため息をついて、足に手をかける。


『お前の方から喧騒が聞こえるんだがどこにいるんだ』
「駅のトイレですが何か」
『そんな状態で電話しているのか』
「失礼な。ストッキングが破れて履き直しているだけですよ勘違いしないでくださいセクハラ野郎」
『寧ろこっちが被害者だ口を慎め』
「部下に対してなんて口調ですかパワハラで訴えますよ」
『お前がまず上司に対しての言動を直せ』


そもそもこんな時間に悠々とかけてくるあちらが悪い。今は殆どのサラリーマンが満員電車で四苦八苦する通勤ラッシュ。大学生が持っていたじゃらじゃらしたストラップに引っ掻かれ、せっかくのストッキングが破れた。それだけでも朝からげんなりするのに、こいつの声を聞く羽目になるとは最悪だ。降谷は最近バイトを始めたらしい。潜入捜査だと分かっているが、あまりにも不似合いすぎて笑う。いや爆笑した。しかし、おそらくこの朝の時間の戦いには縁遠くなっていると思うと心底嫌になる。


「用件はそれだけですか。私はあなたと違って忙しいので」
『ああ、時間を取らせてすまなかったな。それでは茶番でも頑張ってくれ』


私の嫌味にも涼しい声で嘲笑う。いつものことだが心底腹が立つ。遠慮なく通話を切り、鞄に押し込んだ。片手で履き終わったパンストを整えてパンプスに足を入れる。時計を見たらぎりぎりだった。仕事が増えたことを見ないようにして、警視庁に向かった。


遅刻寸前で滑り込んだ私は、少し笑われながら席についた。朝礼をし、各々の席に戻っていく。始業まではまだ少し時間があった。すると案の定、前にいる人物から声を掛けられた。


「ねえ、名前。由美が紹介しなさいってしつこいわよ」
「えー、なんのこと?」
「とぼけても無駄よ」


頬杖をついて私を呆れたように見た。彼女は警察学校の同期であり、良い友人だがそれ故に誤魔化しはきかなかった。


「もうだいぶ前のことじゃない」
「由美にはつい昨日のことのように思い出せるみたいよ」
「ただそこにいた同僚が勝手に出ちゃったって美和子にも言ったでしょ」
「私はそういうことにしといてあげるけど、あの子は許さないでしょ」
「そういう嫌がらせして楽しむ奴なのよ」


溜息をついた。まだあの件について疑っているのか。いい子なのだが、恋愛が絡むとどうにもめんどくさい。


「まあ、頑張りなさい」
「本当にそうなんだけどね……」
「由美にはきかないでしょ」
「うん、分かってた、私にはわかってたよ……」


嘆く私に、ご愁傷さま、と美和子は笑って書類に取り組み始めた。私もパソコンを起動させる。
茶番であると分かっているが、別に環境自体は悪くなかった。仲の良い美和子がいて、おおらかな上司に恵まれ、警察内部にしては珍しい純粋な正義がきちんと動いている係だった。むしろぬるま湯に浸ってしまいそうだと、周りは知る由もない二倍の仕事量をこなしていることは棚に上げて欠伸を噛み殺した。表面上、私は他部から他部へ研修という名目できているので、公安での仕事は免除されていることになっている。しかし実際問題、家と警察庁と警視庁のトライアングルなルーティングで仕事をこなしていた。公務員でもブラックだと、無駄なことを考えながら書類をこなしていく。周囲は私が警察庁からきているということは知らない。知っているのは上司である目暮警部と美和子だけ。そしてこの期間内は表向き、警視庁刑事部捜査一課強行犯捜査三係の警部補。美和子と同じである。現場に出ることがあったとしても、私はその肩書きを名乗る。元々が私服警官だと巷で言われるほどの所属なので、殆どの人には不審に思われない。


「高木くん、この資料なんだけど」


コーヒーを飲みながら視線を上にあげれば、高木巡査部長を呼び寄せ、何かを言っている美和子。この二人が付き合っていると思うと、不思議なようなお似合いなような変な感じである。学校時代から競争が凄かった美和子を射止めたのが、こんな優男だなんて。だからか、ともどこかで納得する。
もう少しで昼休憩だ。忙しいものの、今日はそこまで忙しくない。至って平和な日常である。そんな頻繁に事件が起こっていても問題であるが。昼休憩だ、と待ち遠しく思うなんていつぶりだろう、と最初来た時は思った。あっちでは、昼休憩という名の上司との喧嘩であった。それもそれで異常か、と珈琲を啜った。
穏やかな時間は、すぐに壊れた。電話音が鳴り響き、それを目暮警部がとる。神妙な顔で頷いたかと思うと、電話はすぐに戻され立ち上がる。


「米花町5丁目で加害事件が発生した。苗字は私とともに現場に急行。鑑識に連絡後合流するように!」
「「はい!」」


反射で立ち上がる。お昼は遠のいた。なんだか最近不謹慎だと思いつつ、後に続く。目暮警部が言った言葉に、今更ながら何か引っかかりながら。米花町、って最近どこかで読んだ気がする。それも、こっちの仕事ではなく、本来の仕事である書類の中で。
嫌な予感がしながら、私は黙って現場に向かう他なかった。

20160630
title by Rachel